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【第4面】 (8)

 何が起きたかは判った。私は、ゆっくりと振り向いた。

 魔王がむくりと巨体をもたげた。胸から上は無い。手も失っている。ひとりでにカラダが起き上がった。傷の奥がピンク色に発光し、心臓のように脈打っていた。

【お前は確かに魔王を倒した。見事なものだよ。魔王を倒したのは、これで100人目だ。】

「100人目、ですって?」

【そうだ。ほめてやろう。お前は魔王を倒した。我は頭脳と手を失い、致命の傷を受けた。もはや戦闘不能。今一度戦っても、同じように、お前に敗れよう。だがそれでも、お前がしたのは、我を倒し、ユイを開放したに過ぎぬ。】

「……『ゲーム』の説明では、魔王を倒したらクリアのはずだけど?」

【そのとおりだ。本当に魔王を倒すことができるならばな。】

「何を言ってるの? あなたは倒されたでしょう?」

【エンディングは未だ到来しておらぬ。それはなぜだ勇者よ? なぜ魔王を倒したお前は、エンディングのファンファーレを聞かず、饗宴に列席できぬのだ?】

 顔のない肉体の化け物が言葉を発していた。ユイは恐怖で私にしがみついた。

【勇者よ。お前は強かった。最強と言ってもいいだろう。――そして最強の勇者は新たな魔王となる。】

「何ですって?」

 バン――! 破裂音がした。魔王のピンク色の肉が割れ、中から、それが顔を覗かせた。

 肉に埋もれ、ニタァと笑ったのは、アスカの顔だった。

【勇者は魔王を倒せない。なぜなら魔王とは「最強の勇者」の意味だからだ。】

 どういうこと――とは私は訊かなかった。

 魔王が説明するだろうと思った。

 私はこの結末を、シナリオの一つとして、予想していた。このシナリオでは魔王が「勇者を絶望の淵に突き落とす」ために説明が行われる。『ゲーム』の真の世界観が明かされるのだ。

 アスカの顔は、だらしなく口を開け、口を動かさずに語り始めた。

【勇者よ、お前は、魔王と勇者が別種の生き物とでも思っていたのか? 愚かな勇者よ。だからお前は、勇者だったのだぞ。】

 以前のアスカとは、似ても似つかなかった。顔は生気が消えていた。目玉は乾き、虚ろだった。まばたきも一度もしない。原形を保ってはいるが、死骸そのものだった。魔王という肉塊に乗っ取られた芯棒。そんな存在に成り果てた。

【勇者とは魔王への叛徒アンチに過ぎぬ。実際にセカイを征圧し支配する魔王に比べれば、勇者の行為は児戯に等しい。勇者とは魔王に逆らうだけの存在。粋がっているだけの小僧に過ぎぬ。怒りと力のままに剣を振るうしかできぬ。新しいセカイの描画もできぬし、むろん呈示もできぬ。魔王はなぜセカイに存在している? セカイを支配しておる? 答えは明瞭だ。魔王は強いからだ。セカイを支配する力を持つからだ。セカイでの最高の力を奮う者、それが魔王なのだ。強大な能力を僻んだ「勇者」どもが、嫉妬のあまり「魔王」と呼んだに過ぎぬ。魔王は『ゲーム』内最強の存在だ。最強の存在を倒したならば、その勇者こそが最強。ゆえに、魔王となる。】

 ぞぞぞ。

 肉が変形し、広がり始めた。この不定形な肉体が、魔王というプログラムの真の姿だった。魔王の肉はアスカから強制的に離れようとしていた。癒着していたアスカの肉は無残に剥がされてゆく。

【勇者ショウブよ。我とひとつになれ。もはやアスカは最強の勇者ではない。お前こそ魔王の肉をまとうにふさわしいわ。】

 私は魔王に訪ねる。

「あなたを倒した特典が、新しい魔王になるという事なの?」

【そうだ勇者よ。これがゲームクリアの唯一の結末。魔王になった者のみが真のクリアを知ろう。お前は魔王としてゲームセカイに君臨し、セカイ最強の力を行使するのだ。魔王の玉座は快感ぞ。魔王を倒したお前は味わったはずだ。】

 たしかに、魔王を倒した時は、下賎な快感があった。

 それは私が求める快感ではない。

【もうお前はゲームの全てを支配する者だ。ログインもログアウトも必要ない。ログインの残機を心配することもない。お前は、最強だ!!!!!】

 違う。

 ゲームの全てを支配する者ではない。自分より強い勇者が現れた時には、アスカのように捨て去られる運命。

 これが用意されたエンディング。クリアの報酬は魔王として『ゲーム』に君臨すること。それは永遠性をもつ報酬。「倒されなければ」という留保付きで、永遠に、君臨できる。ゲームセンターの格闘ゲームやコインゲームでは、ゲームの継続がゲームの報酬である。それと同じ結末。

 これもまたクリアの一つの形だろう。

【さあ、わが肉に触れよ。さすればわれらは一つとなろう。案ずることはない。我を倒したアスカはわが肉に嬉々として両手を差し伸べたものぞ。お前はアスカを上回った。名実ともに最高位に達した。】

 私は、手を差し出す、――ように見せて、引っ込めた。

 演出だ。『ゲーム』には演出が付き物だ。

 この結末は予期していた。魔王を倒した者が居ないということは、つまり、魔王を倒した勇者が魔王と入れ替わるためではないのかと。魔王が「最強の勇者」の呼び名であることは、ちょっと考えればすぐに気付くことだ。

『ゲーム』に熱中させられていなければ。

 そして、今までのプレイヤーは、熱中させられてしまった。

 本当にこれがクリアと呼べるだろうか? 私は満足してはいない。むしろ、現実世界に対するのと同種の胸糞の悪さを感じてならない。

 私は『ゲーム』に入った時のガイダンスを思い起こす。

 

【当ゲームはリアリアのセラピーを目的とするゲーム課程プログラムです。プレイヤーは冒険を通して己を精錬し、リアリアを克服していきます。リアリアの完治に至った者だけが、ゲームをクリアするのです。】


 そう言ったはずだ。

 一方、カウンターは、こうも言っている。

 

【ゲームクリアは魔王を倒した時点です。指定ログイン回数以内にクリアしましょう。】


 二つの案内は矛盾している。

 

 前者ではリアリアを完治することがゲームの目的そのもの。ゲームのクリアはリアリアの完治をもって完了する、と見ることができる。

 後者では魔王を倒すことがクリアとされている。今、魔王が言っている、この結末だ。リアリアの治癒に関しては触れられていない。

 魔王を倒すことは、リアリアの治癒とは関係ない。

 たとえばアスカは魔王を倒すことだけを考えていたように見える。リアリアの治癒のことなど、口にもしなかった。

 一見では気付かないが、ガイダンスで語られた二つのクリアは意味が異なっている。同じ意味に見せ掛けて、内容がずれている。

 私がガイダンスの時に覚えた一瞬の違和感は、このズレの感覚だった。

 二つのクリアのうち、どちらかが誤っている。それが言い過ぎなら、『ゲーム』の真の姿を見えにくくするノイズだ。リアリアを治すことと、魔王を倒すこと、二つをうやむやにして『ゲーム』を進めると、クリアの意味を間違えることになる。

 私は考える。どちらのクリアが、本当にクリアにふさわしいか?

 リアリアを治すことか。

 魔王を倒すことか。

 ゲームの目的がリアリアの治癒なら、ゲーム内の存在である魔王もそれに従うはずだ。魔王を倒すことは、リアリアの治癒に直結しなければならない。すなわち、リアリアが治った者に対しては、魔王は歯が立たないはずだ。私は現に魔王を倒した。リアリアは完治に向かっていると感じてもいる。

 後者が正しければどうか。魔王を倒せばクリアということなら、リアリアの治癒云々は関係ない。リアリアのままでも魔王を倒すことは可能だ。その場合、前者の言明はノイズだ。このクリアが正しいクリアであって、私は魔王となる。魔王になる結末に従うことが、私のゴールとなる。

 しかし私は後者のクリアが正しいとは思わない。

 魔王になるという報酬には、私は満足していない。

 自分が『ゲーム』に来た経緯を振り返る。私は「現実世界」というもの全部を見切り、投げ棄てて来た。

 あるいは、ゲームオーバーになったのに『ゲーム』に帰還した経緯を考える。ゲームオーバーは終わりではないと信じた。コンティニューがあるはずだと信じた。『ゲーム』全体を俯瞰した。疑った。

 二つに共通するのは、「あるセカイを超えようとした」ことだ。

『ゲーム』に来た力。

 敗れても帰還できた力。

 根源の力は、そこにあるのではないか?

『ゲーム』に来た初心を忘れ、永遠に『ゲーム』に安住することは、現実世界の暮らしに満足することと同じだ。私はそんな事はまっぴら御免のはずだ。だから魔王として安穏と暮らすのも御免だ。魔王になるという報酬は、ゲームの構造自体を変えるものではない。むしろゲームの安定と存続に加担する。

 ゆえに私は、前者の「リアリアの治癒」こそ本当のクリアであると結論する。

 すでに私はクリアしている。

 魔王の言うクリアは偽りだ。魔王は私のクリアを決める権利はない。真のクリアという点からは、魔王はノイズとなる。……いや、[魔王-勇者]という世界観での闘争自体が、ノイズだったのだ。

 魔王を倒した勇者は、新しい魔王になる。その循環は『ゲーム』の安定性そのものだ。現実世界と同じく、永遠に続く安定性だった。……私は、めまいがした。

 この構造自体に終止符を打とうと、思った。

 永遠に魔王を生み出すゲームを、消し去るのだ。

 私が、それをしなければならない。

 私は、現実世界を棄て去って、『ゲーム』に来たからだ。『ゲーム』をクリアした私は、『ゲーム』を棄て去り、『ゲーム』の外に出る。それは私の義務だ。ココロの底で仄暗く燃える欲望を感じた。

【どうした勇者よ? なぜ、手を伸ばさぬ? お前は最高の誉れに浴するのだぞ。いいだろう、お前が来ぬならば、こちらから行こう……。】

 魔王の肉は完全にアスカから分離した。アスカは正視がためらわれる姿で地面にくずおれた。生きていないかもしれない。肉は両手を広げるような形をとり、私に近付いてくる。

 クリアしたのに『ゲーム』が終わらない。こんなに糞なことは稀有だ。まるで、のびたラーメンをすすり続けるような、単位が貰えない講義に出続けるような、醜いイベント。「現実」が侵食してくる。この『ゲーム』もすでに現実と変わらない。

 このままでは、私は魔王と合一し、新魔王としてゲームセカイを睥睨する存在となるらしい。なぜそうなってしまうのか? そうなるようにプログラムが組まれているからだ。

 ゲームの全ての流れを司る決定論的プログラム。それが魔王だった。このローズピンク色の肉なのだ。私にとってはこれは邪魔だ。除去しなければならない。ならばどうする? 倒すか? もう倒している。倒しても新しい魔王を誕生させるだけだ。

 他に何かあるはずだ。この魔王を倒さず、どうにかする方法。クリアしたのに終わらない『ゲーム』を終わらせる方法。

 私は闇雲な思い込みで言っているわけじゃない。

 魔王は登場時にこう言った。

【我こそはこのゲームのマスターである。ありつづける。ただ其れのみ。】

 このセリフには違和感があった。

『ゲーム』の外の世界が示唆されているのだ。魔王は外の世界を知っているか、知らないならば魔王は外の世界から打ち込まれたデータだと推測できるのだ。魔王というプログラムには、『ゲーム』の外の世界に関連するデータが織り込まれている。

 そのデータに働き掛けてみれば。

 もっと端的に、『ゲーム』を終わりにさせる自爆プログラムのようなものが内蔵されていれば。

 私は考える。アタマを雑巾のように絞り、考える。

 そして一つの方法を考えついた。

「ショーブちゃん!? 危ないですよぅ。逃げてください。取り込まれてしまいます!!」

 肉が壁のように立ち上がり、私を囲み始めた。

 まだ完全に覆われていない、その隙間から、私はユイを突き出した。

「……ショーブちゃん!?」

 愕然と、ユイは私を見た。しかしユイを悲しませはしない。さんざん寂しい思いをさせた。隙間から見える私の顔は、「魔王ごときに負けるわけがない」というストレートな自信に満ちていたはずだ。

「もしダメだったら、ユイ、あなただけでも逃げてね」

 肉の壁が、閉じた。

 密閉空間になった。流動する肉柱が迫った。ぞわ、と私の首筋にくっつき始めた。私はもう元の形態をとどめていない肉を見詰め、考えていた行動を取った。

 魔王への土下座である。

 考えてみたのだ。本当に力と知恵のある勇者が居たとしたらどうするだろうかと。きっとその勇者は魔王へのアンチ行為に粋がったりしないだろう。その勇者は本当に力があるからだ。魔王に勝るとも劣らず、力があるからだ。だから勇者は魔王に言うのではないか。「協力しないか、魔王? 一緒に世界を平和にしよう。私達二人が力を合わせれば、きっと世界は良くなるはずだ。頼む。考えてみてくれ。勇者からの願いだ」――と。真の勇者なら、そうするんじゃないだろうか。私からすれば、仮にも勇者なら、そのくらいする。してほしかった。魔王に頭を下げられないで何が勇者だ。私はそう思うのだ。

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさいっ。・・・・・・・・・」

 私は謝った。頭を床に押し付け、一心に謝った。なぜ謝るか分からない。理由なんていいんだ。言葉なんて何でもいい。私はこうしなければならないんだ。私の思いを伝えるには、こうする以外に無いんだ。私は懸命に謝り続けた。ひたすら謝った……!

 魔王の肉が、ぶつりと音を立てた。

 肉は、私から離れた。

 うず高く集まっていき、一つの形になった。椅子のような形だった。

「ショーブちゃん!」

 ユイが駆け寄った。私は、集中しすぎた反動で、貧血状態になった。頭がくらっとした。それでも魔王化は避けられたことは分かった。別の何かが起きようとしていた。

 魔王の肉は、整然とした形をとり、つやつやとした光沢のある塊になった。

 何かの形。生物というよりは、筐体とでも言える形だった。内部は脈動し、眩しい白い光を放っていた。

 やがて、その筐体に、ある変化が起きた。

 上部が蓋のように開いたのだ。

 中には長方形の器械が入っていた。

 カウンターのミニチュア版のような器械だった。

 そのカウンターが点灯し、ゆっくりと文字を示した……。

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