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【第4面】 (5)

 *

 

 私が到着したのは、強力な敵が溢れる、地下何階層にも及ぶ長大な洞窟だった。攻略本に地図が載っているのは、この洞窟までだ。

 なお洞窟の次、つまり攻略本の最終ページには、「ここを抜ければ魔王城だ。万全の装備で臨もう」などと書かれていた。

 進むにつれて、フロアは広大になっていった。自然の洞窟のものではない水路や橋、あるいは異形の顔を象った巨大な石像などがお目見えした。ちらちらと燃える青い色の火が、大理石の柱に連なっている。誰が灯したものなのかは知らないが、永遠に燃え続ける火だろう。陰気でありながら華やかな意匠は魔王の威光を誇示していた。目的地は近かった。

 フロアの最深部に到達……壁面に邪神じみた巨大な像が彫られ、その口がトンネルになっていた。このトンネルは、ただの一本道にみえて、「内部で次元のねじれが発生していて、魔王の住む冥府へとつながっている」のだ。これも攻略本情報。

 トンネルを抜けた先は、

 

 光だった。

 

 明るい空間。

 宙に魔王城が浮いていた。

 私は既視感を覚えた。マグリットの石のような空中の巨岩。浮遊する巨岩の最上部には城らしき建造物がある。空中庭園という形式は『箱庭』に似ている。ただ、一瞥で捉えられない巨大さの『箱庭』と比べ、魔王城は随分とスケールが小さなものと言えた。ダーク・マスターの二つ名には合わなかった。闇は光に憧れるものなのか。――そういう適当な風刺を言わせる月並な仕掛けなのか。

 この空間は巨大だった。ぼんやりした明るい空に全体が囲まれていた。雲も太陽も無い、ただミルクのように白いだけの空。本当に空だろうか。天幕を内側から見ているようでもある。

 地面も空と同じくのっぺりしている。どこまでも続いており、360度の地平線を作り出している。地面は鼠色で硬く、かさかさしていた。

 私は、ハッとして、足を止めた。

 この質感は、『箱舟』ではないだろうか。

 そう気が付くと、ここが『箱舟』の上であり、その中心点上に魔王城が浮かんでいる空間の構造が推測できる。不自然な360度の地平線、なにより地面の質感が『箱舟』の独特のものだった。

 私が『ゲーム』に存在しないはずのデータであるためか、『箱舟』の磁場からは以前の吐き気を受けなかった。

 私は浮かんでいる城の真下に向かって歩く。空だと思ったものも、本当に巨大な天幕かもしれない。ただの白一色なのは不自然だった。

 真下に立つと、それほど高くない魔王城の底が、一部円形に開いた。円形の石材は音もなく降りてきて、私の前に止まった。私が上に乗ると、丸い石は底の暗い穴に向かって上昇した。何のことはない、階段と同じである。

 暗く玄妙な内部だった。

 隧道や階段があったが、ふつうの洞窟とは一線を画していた。

 煌々と灯る暗い光。

 ずっと遠くで鳴っている囂々という音。

 どこかで歯車や蒸気機関が動いているような、重厚な低周波音。

 敵はもう出てこなかった。雑魚敵では魔王の発する毒気に耐えられないのだろうか。

 やがて私を出迎えたのは、すべての面に扉がある立方体の部屋だった。

 私は、あることを直感した。試しに、地面のドアを開け、下へと降りてみた。

 すると、下も同様の立方体の部屋だった。下の部屋には、上の扉から降りて来たという構造になる。

 やっぱりそうか。これは無限ループのようだな。

 私は下へと向かう。ずっとずっと、下へ。無限ループでは一方向を保つのが秘訣なのである。

 けれど妙だな。私は魔王城の底から侵入したはずなのに、下へ行けるとは。まあいい。どうせ、無限ループだから、空間がおかしいのだろう。普通に考えると上へ登っていきたいところだが、私は反対の下に行き続けた。進みたくなるのとは逆の方向が正しいということはままある。それに、上が魔王の玉座だとしても、私は先にユイを助けたい。アスカとの戦闘のビジョンでは、魔王のフロアにはユイは居ないようだった。離れた場所から当たっていく必要がある。

 三十三枚、扉を越えたところで、不安が頭をかすめた。戻れなくなるのではないか。すでに戻れなくなっているかもしれない。私はここで干からびるのだろうか……。

 一度ゲームオーバーになった身なのに不安が沸くとは、おかしかった。

 つまり、不安は、単に錯覚的なものなのだ。

 進んでいるのに同じ景色が出てくる違和感。単なる閉所恐怖的な感覚。恐怖は肉体的な機能なのだろう。私は「抜けられない無限ループはない」ということを、ちゃんと知っている。黙々と、下に進んだ。扉の数を数えるのは、心を落ち着かせてくれた。

 522枚目のドアを降りた時、違うフロアに出た。低い天井の隧道だった。湿っぽく、黴くさい臭いがした。はじめから鳴っていた囂々という音が、かなり近くなった。一本道の向こう側が、ぼうっと光っていた。音も、そっちからしていた。

 陰気な隧道はやがて終わり、空間が広がった。暗い円形のホールのようだ。床の材質は、冷たい光沢のある石に変わっていた。見たこともない石だ。靴底から硬さが伝わってきた。

 ホールには気配は無い。ホールの中心は、周囲が深い溝で囲まれた、丸い舞台状の地形だった。舞台からは、何本もの金属製のロボットアームのようなものが生え、アームの先端からのワイヤーで、何かを縛り付け、吊るしていた。私は、それを見上げた。黒い大きな塊だった。いびつな紡錘形をしていて、直径は数メートルはあった。黒い血管が絡まり合ったような気色悪い表皮で覆われていた。表面の質感や光沢は真っ黒な重油に似ていた。

 ダンジョンに響く音の正体は、この塊だった。怪物の喉のような不気味な音を内部から発していた。よく見ると、血管状の表面は、まさに血が流れるように、ゆっくりと膨張と収縮をしていた。そして、血管らしきものの隙間からは、消えそうな燠火のような、かすかな光が漏れていた。……何かの生物だろうか? 舞台上には、タールの塊のような盛り上がりが幾つもある。年月によって垂れたのだろう。

 私は、溝の外側を歩き、ホールを見て回る。異様なホールだった。中心の物体もだが、ホールの外側には、私が通って来たような隧道がたくさん並んでいた。だから、どれが入り口とも出口とも明確には言えない。そして、ドーム状の天井、物体の真上には、物体の直径よりやや小さいほどの穴が開けられ、上へと伸びていた。このホール全体がふいごのような構造を連想させる。天井の穴は、どこに向かっているのだろうか。

 私はその時、吊り下がっている物体の一点に、ほかと異なる箇所を見つけた。

 黒の中の白。

 生気を奪われ、石膏のような体の色になった、ユイがいた。

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