【第4面】 (2)
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病院から歩いて五分くらいで大学の西門に着いた。ほんとうに近くにあったのだ。
私の服は、ヒジリが元の格好に復元してくれていた。Gカウンターを向けると、患者衣だったモノが、私の服に変わった。「情報置換機能」というものらしい。『ゲーム』に慣れた私には、もう驚きはなかった。
メインの門は閉まっていた。だが、夜間でも研究で出入りする人間が居るため、脇にある小さい門は開いていた。
「どこまで行くの?」
私はヒジリに聞いた。今ばかりは、ヒジリとの時間よりも、ただちに『ゲーム』に行きたい気持ちが強かった。そして、根拠もなく、私は自由に『ゲーム』に行き来できる気がしていた。ゲームオーバー以来、一種、麻痺しているような状態が続いている。時間の感覚も、ココロやカラダの重さも、ほとんど消えていた。現実というフィールドが『ゲーム』と繋がっている感じがした。
「少しだけ、付き合って。あたしのお気に入りの場所。君を連れて行ってあげたいの」
ヒジリは振り向いた。オーバーテクノロジーの、ハンマー然とした機器を手に、キャンパスを歩く少女。夜の色にまぎれ、誰にも見咎められない。
ヒジリが自分で何かを希望するなんて珍しい。少しだけと言われ、私は首肯した。
そこには、すぐ着いた。キャンパスの真ん中くらいに位置する比較的新しいビル。ここの一階のカフェテリアにはよく来た。mkmlと一緒にサンドイッチを食べたこともある。
ヒジリは普通の入り口ではなく、この時間に締まっていない半地下の通用口のようなところから入った。中は薄暗い。夜のせいではなく、この建物はいつも薄暗い。ピラミッドの中のようだ。
私達は、幾度も幾度も階段を昇る。新しく大きいビルだけに階段も長かった。
やっと、階段が終わるフロアに来た。
あたりがボヤッと明るくなった。
全面ガラス張りの最上階。
私はいつも一階にしか来たことが無かった。
フロアの半分は、閉鎖されていたが、百八十度近い景色を見渡すことができた。ビルが高いから、夜景が遠くて大きい。フロアは白々と照らされ、控え目な照明にも迫る明るさがあった。
ガラス沿いに背もたれの無い長いベンチが並んでいた。景色を見ることを意図して置かれているのだろう。
「いい所ね」
「どうぞ、座って」
ヒジリは勧める。私は頷き、腰掛けた。すると、台詞を準備していたようにヒジリは言った。
「RTが言っていたことだけど、『クリアが一人も出ていないゲーム』に君を招待したこと、すまないと思ってる。あたしは、そんな『ゲーム』だとは、……知らなくて」
「気にしてないよ。忘れてたくらい」
私は笑って言った。そんなこと、気にしていない。むしろ『ゲーム』では多くのことを学んだ。『ゲーム』を通してヒジリと知り合えた。私とは全然違う明るいキャラの友達もできた。その友達はこれから助けに行く。そして、もしクリアができたら、三人で現実で雑談してみるのも悪くない。たとえば、ここにコンビニ弁当を持ち込み、夜景を見ながらとか。
かりに『ゲーム』から今度は戻る事が無かったとしても、私は満足だ。現実で過ごしているよりも、随分、有意義だった。――なにしろ、私は現実世界では、やることが何も無いから。(笑)
「むしろ、『ゲーム』ができて、良かった」
そのおかげで、私は現実より、多くのことを学んだ。
じつはそれは、ただ一つのことなのかもしれない。私はそれをもっと正確に知りたくて、『ゲーム』にまた向かおうとしている。現実世界にはついぞなかった充実を、わたしはいま、カラダ一杯に満たしている。この、現実世界に存在するカラダに。
「今は、解るのよ。私は『ゲーム』が好きだったんだって。そういう『ゲーム』を途中までやっちゃったからね。だから、続ける以外にないよね? ここまで来たら、最後まで行ってみたいからね」
あいかわらず、私は、現実世界には興味の欠片も無い。
なのに、言ってることは、まるで現実世界のフツウノニンゲンみたいだ。最後マデ頑張リマス。ひねりも歪みもユーモアもなかった。
でも、それでもいい。ジブンがやりたいことに、ひねったり歪んでいる暇はないのだ。ただ打ち込むだけ、没頭するだけ。ただ、やればいい。
ユイのように。
やっと私はハッキリ気が付いた。
私は、私がやりたいことをやりたいのだ、と。
「じゃあ、そろそろ行かなきゃ。いい場所教えてくれて、ありがとう」
私はベンチを立った。階段のほうへと歩き、ふと、立ち止まる。
もしかすると最後かもしれないから、ヒジリに言っておきたい。
『ゲーム』を途中まで来れたのも。
最後まで行けるかもしれないのも。
なにより、ここに私が居ることが。
現実でヒジリが居てくれたから。
ヒジリに会って、ヒジリに誘われて、ヒジリをベットにして。
私の『ゲーム』は、一切合財、ヒジリをめぐって、廻ってゆく。
ここまで来れたのは、あなたのおかげです。
「良かった、じゃ、足りないと思う」
私は感謝を込めて、伝えた。
「『このゲーム、最高』」
と。
ヒジリは、ニカッと笑った。
「ショウブをゲームに誘って良かった!」
ふつうの女子大生的な笑顔は、ヒジリには似合っていなかった。けれど、却って印象に残ったし、また見たいって思った。
魔法少女のステッキのように、ヒジリはカウンターを振った。すると、いびつな大きいシャボン玉のような、虹色の発光体が現れた。
「君一人でも、そのうち、『ゲーム』には行けるでしょう。でも、裁定者権限で、特別に向こうへ送ってあげる」
発光体はゆらゆらと近付いてくる。体に触れた途端、私は『ゲーム』への遷移を感じ始めた。現実世界の質量が薄くなった。ヒジリの声が、響いた。
「あたしも、君にはもう一度会いたいと思う。じゃあね」




