【第3面】 (11)
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下膳口に居た一人の女子学生が、ぐらりと揺れた。
二本のX印が体を縦断したかと思うと、血が溢れ出し、肉は裏返った。崩れ落ちる音。吹き出す血と体液。くらりと、女子学生は倒れた。まるで、生命の「芯」が魔術師によって抜き取られたかのようだった。
学生たちで賑わう食堂の光景を乱す、即興のモニュメント。女子学生のまわりに、遮るものは無い。誰もがまざまざと見た。食堂は騒音と叫喚で破裂寸前となった。
しばらく経ち、もはや収拾がつかないと思われた頃、ヒジリが食堂にやって来た。RTを従えていた。ヒジリは手に「Gカウンター」を持っていた。オーバーテクノロジーの異物のような機器である。
「フリーズ!」
ヒジリは唱えた。カウンターの先端が発光し、食堂内のあらゆるものの動作が停止した。時間が止まったかのようだった。ヒジリとRTだけは自由に動いていた。
「RT、ショウブの痕跡の始末を」
「OK、了解だ、友よ」
RTはショウブの方へ。ヒジリは、カウンターを操作。画面上の機能メニューから[置換したらフリーズを解除]という項目を選択。
「Hyuu、みるがいい、地獄の眷属を従えし我が冥府の王の呪法ッ」
RTの口の部分。キルトが内側に織り込まれ、黒い穴ができた。同時に背中にも穴があく。
「Hyaaaaaaaaaaaaaaァァァァァァァーーーー!!」
威勢良い声とともに、RTはショウブの散乱した血液を吸引。タマネギ大のぬいぐるみの吸引力とはとても思えない。血液は口の穴から吸い込まれ、背中の穴から出る。そして、ショウブに戻る――。ドーナツのような血液の輪。濾過しているらしい。
「Yo、こいつも年貢の納め時が来たようだな。Jaa、お前ともお別れか。悲しいぜヒジリ」
「まだわからない」
ヒジリは表情も揺るがせず、一心に観察する。カウンターから、アラートが鳴る。
「現実情報の置換が90パーセントに達したわよ。まだなの?」
「あせるなよ、スリルはリミット寸前まで味わうもんだ……Yeah、終わったぜ」
ヒジリはカバンから自分のレインコートを出し、ショウブの傷口に被せる。ショウブの足首を抱える。
「そっち持って」
「Hoiきた」
RTは不思議な力でショウブの上体を浮かせる。二人でショウブを運ぶ。「現実の襞」からの介入者は、誰にも見咎められず、食堂を出て行った。
二人が去ったあと、「フリーズ」が解除された食堂の人々は動き出した。
普通の食堂の情景が再開した。
ヒジリがカウンターを使って一帯の現実情報を書き換えたのだ。「何も無かった」ことに。
ヒジリは、大学近くの市民病院に運んだ。そこは以前、ショウブが「男性」に付き添われ、来た病院である。しかし、今は一般の外来ではなく、救急の搬送口でもない。搬送口の地階、B2の地下駐車場に、ヒジリが使う搬送口がある。「危険物保管庫」と偽装された鉄扉を、カウンターが発行するプラスチックのカードで開錠すると、狭い一本道が見える。道の奥には、エレベーターが一台だけある部屋。エレベーターの横の金属板をスライドさせると、テンキーとアルファベットキーがある。カードに刻まれていた二十五ケタの認証キーを入力する。すると「専用」のエレベーターが看護師付きで降りて来る仕組みだ。
行きつけ、と言っては妙だが、ここは『ゲーム』で怪我を負った者や、その他、『ゲーム』周辺の人間が万一の時に収容される病院なのである。担当する医師や看護師は、RTやヒジリと同様、『ゲーム』側の者と言えるが、『ゲーム』の存在は知らされていない。『ゲーム』陣営は幾つかの組織を仲介させて医師達を任命している。かれらは単に「事故」で運ばれた人間を手当てする、ということになっている。
ショウブは傷を塞ぐ手術の後、ICU設備のある個室に運ばれた。窓さえもない暗い部屋だった。過去の『ゲーム』の敗残者たちも、ここに運ばれ、そして、死んだ。輸血、点滴、呼吸器、透析、等々のスパゲッティ状態で、ショウブは微かな生命の残灯を保った。過去の例からいえば、その灯は徐々に消える。ヒジリはベッドの足元にある椅子に座り、付き添った。昔から何人もの終わりをここで見た。
ヒジリは、プレイヤーの最期を看取るのは、自分の義務だと考えていた。自分が引き込んだプレイヤーだからだ。
「Hey、【境界】状態になってしまったな。ゲームの「残りカス」だ。終わりだよ、ヒジリ。冷や汗をかいているようだが気は確かかな?」
「まだ死んでいない。ゲームオーバーじゃない」
「Hun、時間の問題だよ……。わしは最初から、この娘がクリアできるとは、考えておらなんだ。こいつは補欠で選ばれたような奴だ。お前の温情とも言える。だが、その温情は、結局、酷だったな。現実のカラダを、ほれ、見てみなよ。コレでは向こうでもHPはほとんど0だろうよ」
「補欠だからこそ、他のプレイヤーと違う活路を見出す可能性も、ある。『ゲーム』に入った以上、すべてのプレイヤーは平等にクリアのチャンスがある」
「HaHaHaムリムリ。Oーi、ヒジリ。あらぬ希望に縋るのは勝手だがな。お前はこの娘にベットにされている。生きている限りは、娘は【境界】だが、死んだ瞬間にゲームオーバー確定だ。ベットは、没収される。この娘が死んだら、ゲーム側の代行機関として、儂はお前を殺すぞ」
ヒジリは、眩暈がしているような不安定な視線で、ショウブを見続けた。




