【第3面】 (9)
*
「……」
無言で見詰めていた。
地上に降りた私を、待っていたかのように、人間がそこに居た。
そうだ、ここは安閑とした『箱庭』ではない。『ゲーム』のフィールドに戻ったのだ。
この人間は、魔王の配下か、それとも……。私は、ユイ救出の事も脳から消し、相手に集中する。
「や」
相手は、一言。
カウンターが滑らかに動き、寄り添う。
手を後ろ腰に組み、ちょこんと立っているのは、幼女と見紛う女児だった。
飾りのようなメガネを浅目にかけ、長いツイストパンのような三つ編みを右肩から一本垂らしている。大部分がピンク色、点々と水色を入れたワンピースを着ている。堂々たるロリータ衣装だ。着ている本人がロリータ真ん中の年代なのでおかしくなかった。現実世界ではやかましい衣装かもしれないが、『ゲーム』では地味なくらいの部類である。
少女には妙な雰囲気があった。それは、異物としての感じ。ガラスびんが佇立しているような、非生命的なたたずまいだった。くりっとした澄んだ目はふわふわと掴みどころが無かった。不気味だった。
……何だろう? この子を何処かで……。まもなく思い出した。私はこの子を現実で目にしたことがある。
サークルビルの大型テレビに映っていた女児である。たしか、小学生のクイズ番組だったか。今は赤い窮屈そうなスーツではない。
「71位、イカサマショウブ。『SC』に最近参加。先般当地点にて仲間であった91位のアズサユイを忘失。『箱庭』に立ち寄り、帰還。アズサユイを救出しようと狙うも見通しなし」
「――!?」
私は、こわばった顔で、少女を見る。子供の器ながらも目一杯に盛られたきれいさは、普通なら息を飲むほどだった。だが私は、説明はできないが、一目見て虫酸が走る感じがした。
それより、女児の言うことは、どうして当たっている!?
「現場の滞留情報を解析すれば簡単よ――簡単ですよ、って年上向けに言葉遣いを変えたほうがいいかしら、おばあさん?」
「おばあさんですって?」
「あらそうよ。ボクより2倍3倍も齢を取ってそうな人を何て呼べばいい? 妖怪?」
まっすぐ見詰め、罪悪感のかけらもない。この女児は何者なのだ? 私はちらと、自分の腕輪を見る。光のドットが【アスカ】という名を表示した。続いて、相手のカウンターを観察。
が、私が今していることを、相手は登場時にやり終えている。外見が幼いことはステータスが低い証明ではない。たぶん【アスカ】は相当に強い。
HP:666
私は表情が麻痺し、のけぞってしまった。999には達しないが、強力なステータスだ。私の6倍近い。HPだけが強さではないが、高いほうが強いことは言えるはずだ。
なにより、カウンターの順位欄に、目を疑った。
1/99
私はその数字が光を放っているようにさえ見えた。いや、事実、光ってはいるが、そういう意味ではない。
――い、1位ぃ!?
てっぺんのプレイヤーではないか! どうしてここに出現したのだ?
魔王を倒せる唯一のプレイヤー。「最強の勇者」がここに居る。
私の様子を確認し、【アスカ】は切り出す。
「アナタの持ってる、『魔法の引き出し』が欲しい」
……え? ちょっと待って。今、何と言った? 『魔法の引き出し』と言ったのか。ユイの形見の品。今は私の……ポケットにある。
しかし、なぜ「簡単なこと。自分のゲームを進めながら、タニンのゲームも同時監視してたの。『呪術師』という職業の高位呪文でね。ちなみにボクは『勇者』『僧侶』『剣士』『盗賊』『呪術師』『魔法戦士』『大魔道士』『神官』『皇帝』『帝王』『吟遊詩人』『超能力者』『エンジニア』『教育者』『発明家』その他もろもろ、111の用意された職種を全て完全修了しているの。ボクには修了できる能力があったから。でも簡単に魔王を倒したらつまらない。最強のステータスで魔王を虫のように惨殺するのがゲームプレイヤーの鑑の正しいありよう。これから魔王をボコボコにする。だから魔王城に行くのに『魔法の引き出し』を使いたいの」――女児の、心を読んだようなセリフで、モノローグが遮られた。いや、本当に読んだ可能性が大である。私なんか、職業の数が111あることも知らないのに、その全部を極めているというのなら。
しかし……。
【アスカ】のような極限的なプレイヤーが、どうして『魔法の引き出し』などを?
「あれ。『魔法の引き出し』のことを知らない? じゃあ、教える。なんで『魔法の引き出し』って言うかというとね、破邪呪文が封じ込められているのよ。魔王城に行くための破邪呪文なの。ただ、その封印を解き、破邪の呪文を『引き出す』には、HP522以上で、なおかつ『ゲーム』後半で行く『地獄の祭殿』で、魔物に変えられた精霊を開放して、『引き出し』に魔王がかけた呪いを精霊に解いてもらい、ようやく『引き出す』事が可能になるわけなの。ボクはその条件を整えた。アナタは整えてない。ボクは先に他の高難度のイベントを片付けてしまった。ゲームプレイヤーの鑑は、攻略本とかは使わない。ボクが『引き出し』のあるお城に寄った時は、もうお城には無かった。アナタらが取った後。でもいいやと思って、残りのイベントも、全部片付けた。アナタに持たせておこうと思った。道具がどこにあっても、関係ないの。ボクにとって、ゲームの世界全部が、ボクのものとも言えるし。『引き出し』を使わずに魔王城に行く裏技もある。それだってボクにはできる。でも、最初は正攻法で攻略するのが、正しいプレイヤーの鑑。さて、『引き出し』を――」
アスカは、私に向けて、ぞんざいに手を差し出した。
そして、すぐに言葉を継いだ。
「――ああそう。残念。なぜ残念かって? きみが『魔法の引き出しはアズサユイの形見だからおいそれとあげるわけにはいかない』って考えてるのが分かったから。ぷっ」
女児はエクボを見せて笑った。
その通りだ。虚勢や無謀と言われても、ここは私が意地を張る場面だった。が、口を開く前に、女児は心を読み、私の役まで一人で消化してしまう。ここまで馬鹿にされた気分もない。
「ボクは、アナタと戦いたくない。汚いモノを更に汚くつぶす悪趣味は嫌い。でもね、下位のプレイヤーが上位相手に意地を張る事象も分かるのよね。その事象を『馬鹿』と言うの。馬鹿は、自分の馬鹿を、理解しない。それが馬鹿の証明だね」
「アスカ」
間髪入れず私は言った。見たか。心を読まれても喋れる。
「『魔法の引き出し』は、私達が『ゲーム』を頑張って取った、大事な記念の品なの。だけどあなたは、いきなり現れて、差し出せって言う。そんな人に、いくら1位だって、はいどうぞって差し出せると思う?」
「いやいい。無駄な会話はやめましょう。ボクは下位プレイヤーの関数は全て把握しているの。ボクの言うことのほうが生産性があるのは太陽が月より明るいほどに確実」
アスカは両手を出し、なだめるように言った。
「だから提案してあげるよ。賭けをするのは、どう? ――そうね、アナタに5回、攻撃の機会をあげましょう。その5回で、ボクを殺すのはまあ無理だから、HPを100以下に削る事ができたら、ボクはアナタの代わりに『裏技』で破邪の呪文を唱えて、あなたを魔王城に運んであげましょう。残留情報を読むと、アナタは魔王城に行くことを望んでいるようだし、いい条件でしょ?」
それは願ってもない条件に思えた。私のような下位プレイヤーが1位に遭遇すること自体ほとんどありえない。1位は魔王に近い。ユイを助けに行くため、提案を飲まない手はない。
「そのかわり、HPを100以下にできなかったら、ボクがアナタから『引き出し』をもらう。そして、1位のボクの手で、アナタを直々に殺してあげるよ。弱い敵を一撃で惨殺するのは、ゲームプレイヤーの鑑の流儀だから。雑魚敵は華々しく散るために『ゲーム』に居るの……!」
少女はうっとりしながら言った。
やっぱり、マトモじゃなかった。
「いいわっ」
私は条件を飲んだ。奇妙に冷静でいられた。乗るしかないのは分かっていた。
下位のプレイヤーが条件の緩和を願い出ても、受け入れられはしない。
今までの会話の中で、話の通じるプレイヤーでないことは解っていた。アスカは、抜きん出た実力ゆえに、思い通りに『ゲーム』を進められる。そして、ここまでは、進めてきたはずだ。たぶん彼女は波風が立つ展開を極端に嫌う性格だ。下手な交渉など持ち出せば、条件の緩和よりも、賭けを中止されたり、攻撃される可能性も高かった。
この女児のプライドを折るには、正々堂々戦い、勝つことしかない。
だけどそこまでの実力は私には無い。だから、飲む。ユイを助けるためだ。情報を分析し、戦略を立てる力はついていた。シェリィのステージで身に付けた力だった。
それに、条件そのものは、こちらには破格なのだ。最短で魔王城に行くためには、やる以外に無い。
「じゃあ、行くわよ? 五回よね?」




