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【第2面(裏面)】 (1)

  *


 私は、目が覚めた。

 目が覚めた錯覚。――そう錯覚するほどだった。起きた時、現実世界のラウンジの景色に囲まれていても、戻って来た感じがしなかった。現実世界である感覚を呼び起こすには、脳の労力を要した。

 長いこと『ゲーム』に居た気がした。だいぶ歩き、走り、戦った。誇張ぬきに、私は、へとへとだった。現実の私の身体が、ひさびさに私を覆った。こんなに重いのが、現実世界の私だったか。私は懐かしさと、そして、憎しみを覚えた。

 私はラウンジの椅子を三つも占拠して寝ていた。廊下のLED灯が一個だけついていた。今は夜らしい。そうだ、私はここで寝てしまい、『SC』に落ちたのだ。

「元気かしら?」

 その声に、振り向きながら、私は起き上がる。

 隣の椅子にはヒジリが居た。

「ヒジリ」

 長いこと会わなかった。本当にそんな気がした。今日も会えた安堵感と、やっと会えたという疲弊感が、私を苛んだ。『ゲーム』による現実世界の分断。ヒジリに会うだけのことが、私には大事業だった。

 現実でヒジリに面会する事は大変になってしまったが、ヒジリに会えなくなるのは、会う大変さよりも、もっと嫌だった。ヒジリに会えなくなる時は、私が死んでいる時でもある。とにかく私はクリアを目指して走り続けるしかない。こんな運命に誰がした。私だ。

 隣に居るヒジリの三次元的存在感は、罪悪感という鉱脈を、サクサクと掘り起こす。リセットボタンは無いのか。『ゲーム』をしなかったことにできるボタンは。

「『SC』を経験したようね。どうだった」

 ヒジリは、ぬるぬるとした光沢をもつ、艶っぽい目で、私を覗き込んだ。動作や色が少ない、無機的とも言えるヒジリの、際立って能弁な箇所。

「結論を言うわ。『冗談じゃない』と思った。今も緊急ログアウトしてきたの」

 私は正直に『SC』への失望を伝えた。『SC』は予想以上に困難だった。『ゲーム』ごときに命が弄ばれるなんて、全く心外だ。クリアの可能性は、現実的には、今は考えられない。――ヒジリを助ける可能性も、である。

 ヒジリはプレイヤーの感想を聞き慣れているのだろう。頷きもしなかった。

「愚痴を聞くことはできるわ。でも、『ゲーム』をクリアする方法や、具体的なアドバイスはできないわ。『ゲーム』の中身は、あたしは知らないし」

 私は感情的になった自分を反省した。ヒジリは裁定者で、『ゲーム』の外の者だ。ヒジリに愚痴をぶつける気はなかった。ベットにしたヒジリには、これ以上負担をかけたくなかった。

 ふと疑問に思ったのだが、ヒジリが『ゲーム』の中身を知らないと言うのは、どうしてだろうか。ヒジリは昔『ゲーム』を経験したのではないか。裁定者となる時に記憶を消すような操作があったのか。 

「――そういえば、そうなんだよね。なんでだろ」

 首を傾げ、耳の穴を掻いた。たまにヒジリは、世界に対して極めていいかげんだ。

 私は気掛かりだったことをぶつけてみた。

「私はヒジリをベットにしたわけだけど、恨んではいないの?」

「恨む? 何を言ってるの」

 ヒジリは完璧に素直に即答した。

「あたしは多くの人間を『ゲーム』に引き込んできた。そしてほぼ全ては死ぬ。あたしのほうが業が深い」

 私は、ヒジリの淡々とした声に、いくつもの覚悟を処理した者の落ち着きを感じた。私が死ぬのは、私一人のことだ。しかしヒジリは、裁定者として、何人もの人間を『ゲーム』に送り込んだ。送り込まれた人間達は、たぶん、死んでしまった。

『ゲーム』に人間を勧誘しなければ、即、自分の死。私達を『ゲーム』に送り込み、ヒジリは生きている。その現実が、ヒジリの意志を語っていた。だからヒジリの存在は「業」だ。

 送り込んだ何人もの死を、ヒジリは見ただろう。ヒジリ自身も、常に、自分の死に直面した生を過ごしている。ヒジリは、死の重みに、私よりも慣らされている。

「……そういえば、エルフっていう子、あの子を勧誘したのも、ヒジリなの?」

「ええそうよ。下世話な話なんだけど、勧誘にはノルマがあって。あたしも大変なのよ。あの子は……エルフは、たぶん『ゲーム』の犠牲エサになるだけの人間ね。君とはタイプが異なるプレイヤー。だから、【現実病リアリア】云々の解説はパスだし、『いい目だけを見させる』という甘言を駆使して、参加に漕ぎ付けた。蛾を捕まえる時はベネフィットに引き付けておかなきゃ。捕虫網ロスがあると知られたら、飛び去られてしまうから。けれどね、ああいうプレイヤーも、稀にはうまくいくのよ。欲や執着っていうものには、凄いエネルギーがあるわ。エネルギーを純化させられたら、しめたものだけど。地獄の痩せた餓鬼も、餌をちらつかせたら、天国にまで登って来ることもある。ともかく、何よりノルマは大事」

 ヒジリは顔の片側で綺麗に笑った。

 ――腹黒すぎっ!

 私は驚いてしまった。

「ヒジリって、思ったよりも、鬼畜なんだね」

「そうかも」

 ヒジリは、いつもどおり、ぽわんとしたつかみどころのない目で頷く。

 私はいつのまにか、笑った。ヒジリが私にはエルフとは違う勧誘の仕方をしてくれたこと。それが嬉しかった。

「――Seizei、おだてられて、天まで昇れよな! クソガキめ! HAHA!」

 観葉植物の上で、RTが笑った。

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