【第2面】 (11)
新手の護衛が現れた。
エルフを護衛する面々は、目を疑うものだった。
日本国総理大臣。
アメリカ合衆国大統領。
機動隊や警官隊。
両脇を戦車が固め、上空にはヘリが乱舞する。テレビカメラを持った人間、焚かれる無数のフラッシュ。
「呼んだのはカレシだけだと思ったぁ!? まさかぁ。あんなの時間稼ぎ。こっちが本隊だよ!! ばぁか!!」
エルフは護衛のバリケードの間から顔を覗かせる。不快な周波数の声。
こいつらが、エルフにとっての「断片」なのだろう。もっとも、エルフには「断片」の概念はないだろう。敵か味方か。欲しいモノかウザいモノか。そういう世界なのだ。
予期せぬスケールで現れたエルフの「本隊」には、さすがに躊躇を覚えた。一般民衆である私が画面や新聞で知っているバーチャルな顔が、そこに連なっていた。波のようにひしひしと寄せる、威圧、恐怖。
だが、私は自分を落ち着かせた。目を閉じ、拳を握り、そっと胸に当てた。意識を研ぎ澄ませた。
私は、フィールドのパワーバランスを、視覚の外側で感じるようにつとめた。「自分」という「エネルギー」を「波形のグラフ」のようにイメージする。暗闇で光る一筋の波形。それに集中する。それ以外のノイズを脇に除ける。ノイズが潮が引くように消えていくイメージ。もっと集中しろ……。私はこのフィールドに集まっているエネルギーそのもの。そうイメージするんだ。エルフは私の王宮を壊した。私だってできる。私は『ゲーム』をうまくやれる。
そう念じて、私は自分で自分の背中を押した。私は、現実世界では、ずっと独りだった。何かを強く決意する時、私自身が私を励ますしかなかった。
だがその時、自分ではない手の感触。
ユイが手を握ってくれていた。
「ショーブちゃん、戦いましょう」
ユイは鼓舞する。ユイと手を握ったら、フィールドが広がった感じがした。フィールドが自分達の味方となり、優しい空気で包んでくれている……。
私は敵の面々を確認した。今は、これらを恐ろしく思う心は、消えた。取るに足りないものの羅列、とだけ感じた。人間が蚊柱を人間と同等に扱うだろうか?
大統領や機動隊が総出で来るということは、それだけ私を怖れているのだろう。ますます、自信と落ち着きを私に与えるばかりだ。とはいえ、どれもこれも、私の好みの見てくれではない。やれやれ。私は宙を眺め、辟易した。『ゲーム』の中でまで、「現実」に酷似したグラフィックを見るとは。
躊躇は少しも無かった。
この者達を消し去ろう。
エルフの「断片」と、私の「断片」、一体どちらが強力か? 問うのもばからしい問いである。
「断片」と「現実」の区別さえ持てず、単純に欲に流され、『ゲーム』に漂着したエルフ。私を超えられると思うのか? あなたが現実世界にまみれていた間、私は「断片」だけを、ずっと集めてきた。「断片」の量も、そしてパワーも、相当に高まっている。あなたくらい、絶対に倒せないわけない。
大統領達がどよめき、隊列を崩した。
私の背後に、きらびやかな宮殿が復活したのだ。
護衛の兵士たちがズラリと整列した。私は千人もの味方を得た。力が溢れるのを感じる。今なら現実世界のゲームにある、■■■■■という最強呪文さえ、撃ち出せそうな気がする。巨大な炎によって敵を殲滅する最強の呪文。ユイは呪文を使えないが、「見習い」でない本物の勇者である私は、呪文だって使えてもおかしくなかった。
私は相手に迫った。ビリビリと肉体が痺れた。『面』と『面』の衝突。せめぎあっていた。なぜか私はヒジリのことが浮かんだ。ベットにされたヒジリや、王宮に居るヒジリ王のこと。現実世界から持ち越されていた私の服装が、ヒジリ王と同じ麗装と化す。私は唱えてみた。■■■■■を。
閃熱を、掌に感じた。
■■■■■の魔法力だった。信じられない。だが、信じる。敵を丸ごと飲み込め!!
HPは最高の「103」を記録した。
私は敵陣に魔法を打ち出した。
魔法の巨大な火柱は、フィールドのデータを竜巻のようにけちらし、進んだ。大統領、首相、戦車、エルフの本隊を、拭き取るようにように一掃した。
リアルな遊園地のような街は、店の人々の営みも電飾も剥ぎ取られ、たちまち滅びていった。あとに残ったのは、骨組みだけが残った、黒い廃墟だった。
私の前には、味方を失い、一人になったエルフが居た。
だらしなく尻をつき、歯の根も合わぬ顔で私を見上げていた。戦意喪失だった。
今後を考えたらエルフは殺すべきだ。この女は私に抱いた恨みを手放すことはないだろう。現実の人間は、現実に優劣を付けるゲームでしか納得しない。この女を生かしておいたら、私の『ゲーム』を邪魔することは間違いない。こいつを葬り、『ゲーム』から弾くべきだ……。
だが、それはこの女の、現実での死も意味する。
人を一人殺すこと。私は躊躇した。また、道義的な勇者なら、ここは躊躇しなければならない。
以降も勝ち進めば、プレイヤーを殺す展開は何度もあるだろう。そのたびに私は葛藤を乗り越えなければならない。
まず、エルフの始末をどうするか。
私は、「始末する」という結論を導いた。
先に言ったように『ゲーム』に支障が出るということもあるが、何より、ゲームオーバーはプレイヤーの覚悟事項のはず。
デスゲームを覚悟しなければ『ゲーム』に入る資格はない。覚悟ができていないとしたら、エルフは『勇者』に値しない。
エルフには悪く思わないでほしい。責めは、あなたにある。エルフでなかったら殺さないかもしれない。殺すほうだって、葛藤もするし、後味も悪いし、なるべく殺したくはない。だが、結論として、葬るほかないのだ。私は、こいつを殺すことで、内側に傷を負うだろう。人を殺す事。それは、自分自身の少なくない部分を焼き切るような事でもあると、私は今感じる。
だが、序盤で道草を食うわけにはいかない。
私が目指しているキャラクターは、ずっと遠くにある。
『最強の勇者』なら、心に傷を負っても、必ず乗りこえる。
「じゃあ、あなたを殺すわね」
私は、つとめて感情を抑えて言う。
近くの兵士から長剣を借りる。
黙って剣を振り上げ、下ろす。
「痛っ!! いってえ!! 痛いんだけどぉ!? ちょっと、血が出てるし信じらんない! なにすんの!! ふざけないでよ!!」
剣は、慌てて避けたエルフの首を、軽く傷付けた。致命傷ではない。
「逃げるなんて見苦しいわよ。覚悟して」
私は、骨折した犬のように腹這いで逃げるエルフを、大股で追い詰める。
「え、ちょ、ちょっと待って。それさぁ、痛いよね? なんで痛いの? ゲームオーバーになったら、やり直せるん、だよね? 教えてくれない?」
「……!?」
自分の眉がひそめられるのを感じた。
エルフは慌てて訊いた。今までの気楽な態度は、デスゲームをプレイする人間のそれではなかった。
私の顔から真相を察したのか、エルフの顔面は蒼白一色となった。
「きいてないよ。やだ……。ほんとに痛いとか、ゲームオーバーって、まさか」
どうやらエルフは知らなかったようだ。デスゲームだということを。だからエルフは『ゲーム』の中でも現実そのままの気楽さで居られた。
しかし、ヒジリが説明していないとも思えない。
「説明を適当に聞いたのね。あなたの責任よ。残念だけど、あなたはここで死ぬ。じたばたしないで、お願いだから」
エルフの動揺が私にも波及していた。しかし、私は剣を強く握り、エルフに詰め寄った。多大な精神的労力を経て出た結論。掻き消すことはできない。一度ついた勢いは止められないのだ。私は冷静さを欠いていた。
片付けねばならない。
「あたし死んじゃうわけえ!? ちょっとやめて。死にたくないよ!!」
必死の形相のエルフ。
たぶん、さして変わらない形相の自分。
剣を振り上げ、一気に斬りつけた。
手応えは、残らなかった。
エルフは消えていた。
「ログアウトされたですね」
ユイが口惜しそうに言った。




