【第2面】 (10)
「言っておくけど、この街で戦えばあたしが有利だよ。この町はあたしの欲望を何でも叶えてくれるからね」
角刈りのいかつい用心棒に脇を固められ、エルフは上って来た。
ユイと私は後ずさる。
だが後ろには、エルフの彼氏が居る。その仲間たち――チンピラやヤクザ風の男達も、次々と現れた。『ゲーム』のグラフィックに不協和を運ぶ、ノイズのような集団。
私は、砂嵐によって砂丘の輪郭が削がれるように、自分の力が流失するのを感じた。
『ゲーム』では「この私」自体がインターフェイスだ。それはおそらく、エルフ達も同様。パワーバランスは、データを融通するように、簡単に崩れた。現実世界よりも、それは劇的だった。そして、エルフの作ったこの街自体も、私からエネルギーを奪う、不協和なデータだった。
エルフの言うことは正しいように思う。この街では私は締め出される感じがした。強力なアウェイ感があった。その圧迫感には、はっきり覚えがある。
そう、「現実」である。
『ゲーム』の世界に「現実」の牙が突き刺さる衝撃。
この世界は、現実世界を超えた不思議な力を駆使できる一方、「現実」の侵食も簡単に実現するようだ。
前回、王宮で、魔物に手も足も出なかった時があった。あれも、そうだろう。前回はユイに助けられた。だが、『ゲーム』なのに、どうして……? いや、今は検討している場合じゃない。私はユイにアイコンタクト。小声で訊いてみる。
(あのボウガンは使えない?)
(あれは、「城下に伝わる秘伝の武器」だったのですが、前回の使用でバネと止め具が壊れました。今は鉄くずですー。ゴメンナサイ)
納得ではあった。『魔法の引き出し』とやらを探しているユイは、初期の呪文も使えないレベルのはずだ。武器が使えない今、戦力になりそうにない。
私はユイに囁いた。
「逃げなさい、ユイ」
人質にとられたりしたら面倒だ。今、戦力になるのは私だけだ。一人で戦うしかない。
……だが、戦えるか? 私にできるのか?
「8」だったHPが、「7」「6」「5」……。デジタルに、減り続けている。「0」になればゲームオーバーで死亡。実感がないのは、ゲームだからか。
ヤクザやチンピラ達は、「なかなかの美人じゃないか」「殺る前に犯っておくとするか」と、おそらくプログラムされた定型句を唱え、私を数人で押さえつけた。
敵側のインターフェイスとの接触。さらにエネルギーが出て行く。私はクラゲと化したかのように、肉体はもちろん、口でさえも抵抗できなかった。「戦うべきだ」という意志は、一行の命題として、私の中にはあった。しかし、私という巨大なインターフェイスは、一行の命題ごときの命令は聞き入れない……。
一度エネルギーの流出が始まると、歯止めは掛からない。『ゲーム』のフィールドの冷酷な流れ。私はたった数人の男に押さえられ、脅えた。こんな「勇者」があるだろうか。私は自嘲したろう、自嘲できるほど表情筋を動かす力があればだが。
私は今、点のように小さい存在だった。不快から逃れようとしたが、消えることもできず、不快だけを感じる一個の点。「現実」が血液となり、駆け巡る。
どうして、『ゲーム』に来てまで、「現実」を感じねばならない。
私が『ゲーム』に来たのは、現実世界がクソゲーだったからだ。だから、ソフトを交換するように『ゲーム』に来た。
現実世界=クソゲー。
私は現実世界に失望この上なかった。私にとって、現実世界ほど、物足りないものは無かった。渇望。飢餓感。そんな生温い言葉では済まない。内蔵の中心から自分をめくり上げて標本にしたいほど、世界や自分に、我慢がならなかった。
そうだったはずだ。だから、現実世界を捨てると宣言し、『ゲーム』に来た。なのに、『ゲーム』も現実世界と同じなのか?
ヒジリ、あなたは『ゲーム』はセラピーだと言った。だけど、ちっとも「現実病」は治らない。嘘だったのか。私を騙したのか。
――いや、違う。ヒジリは言っていた。『君はレベルが低いからクリアできない』と。
ヒジリには、見えていたのだ。
私がこうなることが。
私は『ゲーム』の最下層のプレイヤー。『ゲーム』の底を這い回り、消えていく。
男達は私のジャケットを剥ぎ取り、シャツを剥がしにかかった。荒々しい肉と骨の感触は、山や鉄にも感じられる。カラダがきしんだ。ビリ、繊維が裂ける音がした。HPは「1」になっていた。カウンターが警報音を発した。
私は抵抗しているらしいが、しかし、カラダは芋虫のようにのろのろとよじられるだけだ。頬に押し付けられるアスファルトのザラザラを、とても鮮明に感じた。
「やめて。ショーブちゃんに乱暴しないで――」
ユイは襲われてはいないものの、やはり動きを封じられていた。叫ぶ声も、とても遠い。
『君を信じている』とヒジリは言った。レベルの低い私ごときに、ベットにされたヒジリ。たぶん、私がゲームオーバーになるのは、普通すぎるほど普通の流れ。どうしてヒジリは、『信じている』なんて……。ヒジリは錯乱していたのか。私がクリアする、ありえない結末を願うほどに。
エルフは大きな唇を貝の肉のようにうねらす。勝利を確信した薄笑い。
「あのね、ゲームオーバーになる前に、いい事教えてやるよ。この場所には、もともと王宮があってさ。それをブッ壊したのはあたしだよ。王宮に隠れてた王が居たけど、そいつもブッ殺した。そういえばあの王は灰色の目の女に似ていたわね。あれ、もしかしてあんたが構築したフィールドだったりするかしらぁ? だったらごめんなさい、わざとやったのよ」
「……え?」
私は、哀れな顔をしていたのだろう。
エルフは、勝ち誇った顔で笑った。
「お城を壊したのも王を殺したのも城下町を焼き払ったのもあたしだよ! あの胸糞悪い反吐の出るメルヘン趣味な下手な模型みたいなフィールドを、壊してやったんだよ!! あはははははははは!! おめえのフィールドだったんだ!? ちょうどよかったよ。ほーら、見てみなよ。おめえのフィールドのデータを再構築して、こんな綺麗な街を作ってやったよォ!!」
エルフは演説調で腕を広げた。
「そういう事ですか……。このフィールドは、ショーブちゃんのフィールドに上書きを……。だから王宮が消失していた」
ユイが呟き、キッとエルフを睨む。エルフは、涼しい顔。
このフィールドを作ったのは、エルフだったのだ。王宮を壊したのもだ。
マップのグラフィックが瓦礫になっていた理由が判明した。
エルフが破壊したのだ。おそらく私の移動中にでも。
許せない。
壊されたことが、ではない。プレイヤー同士のデスゲームだ。作成したフィールドを壊し合うことは日常茶飯事だろう。
だが、王宮や王を、私の 「断片」 を貶されたことを、私は許せなかった。
「断片」という、ひっそり心の隅に置いておきたかった鑑賞物は、もう無かった。
「笑えるねえ。あのお子様ランチみたいなフィールド、作ったのはこいつだったようよ。意外っていうか、ま、あたしはスッとしたけど!」
彼らは、みんなで一緒に私を嗤った。耳障りな声が刺さる。
「やめなさい。勇者様を笑うな! みんなひどい目に遭いますよ!」
「勇者様だって。お子様だな」「なんだそれ。はははははははは」「どうひどいんだよ。見せてくれよ」
屈強な男達は、ユイを罵倒した。
ユイは私に近付こうとして暴れた。男達はユイを突き倒し、ポーチを毟り取った。ブチッ、細い紐は容易く切れた。地面に落ちたポーチは踏み付けられた。
同時に私の中で何かが切れた気がした。
私は立ち上がった。
信じられないが、立つことができた。
男達が、数人がかりで私を押さえていたのに、なぜ立てた? だが、そんな事はどうでもいい。
「許さない……!」
急激に沸騰を始める、内部のエネルギー。
私は、怒っていた。
「現実」への怒り。『ゲーム』でさえ「現実」が襲ってくる不合理。『ゲーム』なのにうまくやれない、ふがいない自分。
体が楽に動いた。視野が広がり、視界が澄み渡った。
力が湧き上がる。前回と同じ感覚。
私は、あまりの「現実」への怒りに、「現実」の重さを忘れた。
たった今、何かが決定的に切り替わった。その仕組みは説明不能だが、ステータスには明確に現れた。
私のHPは「31」にまで回復していたのだ。
そうか。『ゲーム』について、何かが理解できた気がした。今後への発見をした感覚。
間違いなく言えることは、今の私は、このまま進めばいい。
私は彼氏を突き飛ばし、ヤクザを一人ずつ投げ飛ばした。殺陣のように全員気を失うまでにはいかず、チンピラの一人がナイフで後ろから斬ってきた。だが、私の首は硬質ゴムと化したかのよう。刃を受け付けない。私はチンピラの手首を掴み、電柱の上部に投げつけた。うるさい虫を一匹処分した程度の、快感。特殊技能を使うアメコミ映画の主役になった気分だ。いや、どちらかといえば、悪役のサイボーグという気持ちか。優越感は、なかった。主役級のキャラクターが、端役の悪役ごときに感情を動かさないのは、当たり前のことだ。私はポーチを拾い、ユイに返してやった。
「後で新しいのを買ってあげるね」
「ありがとう、ショーブちゃん。でも、これでいいです。これは初めてショーブちゃんにもらったものだから、一番大事ですよー」
ユイはポーチを胸元に抱いた。助けられて良かったと思った。
私は次の標的をエルフに定めた。
「断片」世界の癌のような女。
排除できる自信はある。学校の時と同じにやればいい。
「チッ、使えねー。まあ、分かってたけどな。現実世界でも使えねーからな」
エルフは彼氏を嗤い、携帯で喋りながら、向こうへ歩いて行った。
待て。どこへ行く? おまえの処分はこれからだ。エルフを追い掛けた。




