【第2面】 (9)
「ハア。こいつらノリ悪りーわよね。そう思わねー? お寺の住職みたいなカタブツな顔じゃね? ウケんだけど。ねー。そーよね」
まわりの手拍子に合わせ、エルフは真紅の色をしたカクテルを煽った。一気に飲み干した後、中に入っていたサクランボを食い、タネを舌で飛ばす。タネは一回弾んで灰皿に入り、また拍手が沸いた。
エルフは、パステルカラーのケースからタバコを一本滑り落とし、のびのびと煙を吐いた。タバコに火をつけたのは、茶髪の優男だ。「ソッスネ、ソッスネ、ヤベッス、マジヤバ」と、エルフに相槌を打つ。三日月の笑みの奥は、濁ったドブのような目玉が沈んでいる。
店はホストクラブだった。
雑誌の写真を切り抜いたような「いかにもイケメン」の男達が私達のテーブルに群がり、無駄に囃し立てた。
席のシートは、大便の色をしたふかふかの革張りだ。テーブルは悪趣味な金色で輝いていた。手すりや仕切りも金ピカ、帽子大の灰皿に至るまで金ピカだった。眩しすぎるスポットライトが幾条も私達の席を照らしていた。オトコとべったりするエルフの横で、ユイはいかつい男とポーカーをしていた。私だけが、この店では浮いていた。ついていけない、息が詰まる。遠くの暗がりには、ラオウマスターほどではないが、角刈りの屈強な男達が並んでいた。こういう店は、あとが心配なのでは。つまり、「ボッタクリ」なのでは……。不安を拭えず、私は退席を決めた。まだ、水を飲み、お通し(と言うのか?)のナッツを二~三粒つまんだだけだ。高すぎる金を請求されることは無いだろう。
エルフは早くもこの世界に順応しつつある。これ以上、私が付き添ってやる義理はない。
「それじゃ、私達はこれで――。ユイ、行くよ」
「えー、まだいいじゃん。もっと遊んでけばぁ?」
紫色の携帯電話で誰かと喋りながら、エルフは言う。この世界でも電話は繋がるのか。一体、誰と会話できるのだろう。エルフは机の上にもう一つ携帯電話を出した。人造ダイヤのような粒々でデコレートされたピンク色の電話が、着信で眩く光った。さらに、もう一つ、また一つと、バッグやポケットの至るところから携帯電話を取り出す。青、黄、緑、赤。電話は忙しく着信し、エルフは会話や返信に追われていた。
「うん、じゃあ、あんたら用済みだから帰っていいよ。あたし忙しい」
ホウキで掃くような仕草で、エルフは手を振った。
エルフは、お調子者というか、とんだ愚者である。まわりの空気に同化され、酒だ、オトコだ、電話だと目移りする。カメレオンのようにジブンの色が変わる。まともに取り合ってはいられない。
私はユイの手を握り、歩く。いかつい角刈りの店員が無言で頭を下げた。払わなくていいようだ。あとでエルフが払うのか?
ドアを出ると、地下からの長い登りの階段になっており、陰鬱な感じがした。
……何か変だ。私達は地上の店に入店したはずだ。いつのまにか地階となっていた。だが、ゲームのフィールドは現実から地滑りした場所だ。変幻は珍しくない。
地上に出ると、見覚えある男が居た。
エルフの彼氏であった。私が大学でエルフを捻った時、何もできず、オロオロした男。
それは現実世界の話である。今、エルフの彼氏は、特売のタクアンを見るかのように私を眇めた。
そして躊躇なく私に殴り掛かった。
私は身を伏せ、避けた。
壁が爆ぜ、凹んだ。
凄まじい威力のパンチだった。……さすが『ゲーム』の世界だな。私は苦笑した。
だが、この状況は、微妙にやばくないか。彼氏と戦えばいいのか。人間を殺していいのか?
そもそもなぜ私は彼氏に襲われる? 昼間の恨みか? だが、私に恨みを抱いているのは……この男ではなく……。
「殺しちゃいなよ」
地階の階段からの声。
エルフが長い舌をぺろんと出す。
「ね、言ったじゃん。用済みだって。カレシも来たし、おめえは殺されちゃいな? ばーーーーーーーーーーーーーーか」
エルフの悪意に対する化学反応のように私は理解した。
最初からエルフは私への敵意を持っていた。おそらく巧妙に、カメレオンのように本能的に、隠していたのだ。携帯で連絡を取っていた相手は彼氏だったのだ。
「いつから私を殺すつもりだったの?」
「うん、もちろん最初から殺すつもりだったよ。だっておめえむかつくもん。死ね」
「『ゲーム』のルールを知っていたの?」
エルフ……こいつが『ゲーム』のクリアを目指しているのか。そう思うと鳥肌が立った。エルフのような品性下劣な「勇者」に倒されれば、ダークマスターも屈辱モノだろう。
しかし、違和感がある。エルフが『最強の勇者』という漠然としたものをコツコツ目指すようなキャラとは思えないのである。興味があるとも思えない。
「『ゲーム』のルール? 当然、知ってるわ。灰色の目の女に言われたもん。【他のプレイヤーを殺せ。殺した分だけパワーアップして、欲しいモノが手に入りやすくなる。現実に『反映』される。】ってね」
「え……それだけ!? ダークマスターの事は?」
「ハア、ダークマスター?? なにその痛い名前、知らねえよ」
エルフの筋書きは、単に自分の欲望を基準としたサバイバルだ。
『ダークマスターを倒せ』と言われた私の筋書きとは違う。
どういうことだ。ヒジリは、プレイヤー毎に違う説明を行っているのか? あるいは、『ゲーム』に入ってからのロボットによる説明も、プレイヤー毎に異なっているのか?
だが、だとしたら、プレイヤー達を『ゲーム』に集合させ、共通のカウンターを使って競わせる意図は何か?
……わからない。情報が錯綜する。




