【第1面】 (7)
その時、カンカンと音が鳴り、二人の電光掲示板がオンになった。次の字幕が流れた。
【セーブ可能です。セーブしますか?】
「イベントに区切りがつくとセーブ可能のメッセージが出るんです。そしたらセーブしたほうがいいですよ。メッセージが出るのは不定期ですから。腕輪のボタンを押してセーブできます」
ユイは言い、自分の腕輪を押してみせた。
私は腕輪についている小さなボタンを押した。
【セーブしました。データを書き換えています。勇者度が1上昇。HPが5上昇。順位が78位に上昇。】
私はカウンターを見た。ステータスが変わっていた。
6/25
15
78/99
「78……。21位も上がってる」
私は叫んでしまった。
「イベントをクリアするごとに順位は上がりますよ。クリアの判定とか、順位の算定とかは、ロボットが自動でやりますけど」
「私はイベントをクリアした、という事なの?」
「ですね。ショーブちゃん、初回ですよね。だったら旅立ちのイベントですね。きっと、冒険に出て、旅の仲間を作って、最初の敵を倒して、みたいなイベントじゃないですかねー」
「なるほどね」
私は一応納得する。ゲームの世界ではどのように進めばいいか、なんとなく分かってきた。
しかし妙なことに気付いた。私のステータスは上がったが、ユイの数値はどうか。HPは42、順位は89。もとのままだ。
「あなたのステータスが変わらないのはどうして?」
「それはですね、たぶんここがショーブちゃんのフィールドだからですよ。フィールドはプレイヤーの無意識の反映です。プレイヤーの内側にあるイメージが、フィールドのデータを構成する仕組みです。プレイヤーが二人以上居るときは、二人のイメージの合致する部分からフィールドが作られます。ゲームは相互干渉的なんです。今回のフィールドは、ほとんどショーブちゃんのイメージでできていますねー。王宮も王様も冒険者合宿所もユイには馴染みがないものでした。このゲームだとー、フィールドを創った人の設定に合わせて、自分も変わっちゃうんですよー。ユイも『冒険者合宿所の見習い僧侶』という設定になりました。ユイはショーブちゃんの無意識に呼ばれるようにフラフラ~っとフィールドに入り、仲間になっちゃいましたから、ユイにとってはイベントではないです。だからステータスはそのままなんですよー」
つまり、あるプレイヤーにとってはイベントだが、他のプレイヤーにはイベント扱いにならない事態がある。それは「フィールドを作成したプレイヤーが誰か」に左右される。王や王宮などの「世界観」から感じた親しみやすさに、私は納得した。つまり私の無意識の反映なのだ。「断片」の現実化。
しかし、懸念もある。たまたま今回は私がメインのフィールドだったが、私が誰かのフィールドに引き寄せられる事態もあるのではないか? フィールドの作成で常に主導権を得るにはどうすればいいのか?
【ログアウトできます。しますか?】
新しいメッセージが掲示板に流れた。私はユイを見る。――なにげに頼っているらしい。見習い僧侶を勇者が頼る。なにかふがいない。そういえばユイは僧侶か。ガイダンスでは『最強の勇者』しかゲームクリアできないと言っていた。「世界を回りたいだけ」というユイは、勇者である必要はないのか。それとも勇者とは「プレイヤーの中で最強の者」を指す比喩表現なのか。
「セーブすると、ゲームを続けるかログアウトするか選べます。ログアウトすると、区切りはいいですけれど、残機は一つ減ります。続けると残機は減りませんが心身が疲れますので集中力の維持に支障が出ます。ユイはログアウトしますけどー、どうします?」
「そうね……。初回だから、私もログアウトしておこうかな。だけど、あなたはいいの? ステータスは上がらないのに残機だけ減るんじゃない?」
「だいじょうぶです。まだ残機はたくさんありますから、減ったら考えます。一番の目的は達成できましたしー」
「目的? 何を達成したというの?」
「ユイは誰かと一緒に冒険したいって思っていたんです。一人だとゲームがよくわからないし、寂しいです。ショーブちゃんと仲間になれて、よかったです。だから、ありがとうございます」
ユイは気のいい笑みで言った。
もしかすると、ユイのとぼけた顔はわざとではなく、もともとかもしれない。私は考え直した。心の中で、邪険に扱ったことを一言だけ謝った。不思議なもので、ユイの顔は愛嬌があって可愛いと思えるようにならなくもなかった。
「ユイって、名前で呼んでください。他人行儀はきらいです」
ユイは言った。
「だって、仲間じゃないですか」
ユイはまた、ニッコリ微笑んだ。
私はユイからログアウトの仕方を教わった。ログアウトするには、腕輪にあるセーブとは別のボタンを押す。これで、腕輪にある三つのボタンのうち、二つの役割を習った。
私はボタンを押し、『SC』をログアウトした。
*
サークルビルの前の階段でつまづき、私は転んだ。
痛みや恥ずかしさも置き、立ち上がりすらしないで、私は携帯電話の時計を見た。時間は経っていないように見えた。体感的にも、ここに銅像のようにずっと立っていた気はしなかった。
『SC』に行く直前、私は階段を降りていた。その時のままだったようだ。戻った時、慣性で転んだのは、その証拠だろう。まわりに居る暇そうな学生達の様子も、さっきと変わっていなかった。どうやら『SC』の世界には独立した時空間があるようだ。
私は立ち上がり、服の埃を払った。掌を軽く擦りむいたか。今はどうでもいい。じわじわと、体の奥から熱が湧いた。ゲームの興奮が、後追いで現実世界の私を直撃していた。映画館から出たような、いや、それよりもずっと高揚した気分。
あの『ゲーム』には、何が出てくるか分からないドキドキ感があった。楽しすぎて泣きたくなるような、久々のドキドキ感。しかも、映画のように限定された刺激にとどまらなかった。あの世界には、心身ごとドボンと投げ入れ、全面的に「参加」した。『SC』は間違いなく「人間が造る映画」以上のものであった。
『ゲーム』の世界は、とても綺麗だった。
その名残りが肌をぴりぴりと痺れさせた。私は大きい息をつき、体の外に火照りを吐き出した。
私は階段を引き返した。ビルの中に、走って戻った。『ゲーム』に行けたことを、そこで起こった事を、ヒジリに報告したい。
まだ曖昧だ。『ゲーム』は始まったばかりで、私は初心者だった。だけど私は、未知の広大な世界が子供時代のようにまわりにあることを発見した。その驚きをヒジリに言いたかった。おそらく、子供時代よりも、確かな驚きだった。子供時代には「その世界しかなかった」が、今は「子供時代のような世界がある」と「明確に言える」から。
私はひさしぶりに、嬉しかったのだ。
[ 925E ]の部屋のカギは閉まっていた。
ドアを叩いた。中は静かだった。
ヒジリをデフォルメしたような、一頭身のキャラクターのプレートが、ドアノブでカラカラと揺れた。
私は何となく不安になった。




