【第1面】 (2)
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私は大学の、古い講堂の前に居た。
その講堂は中央キャンパスにあるはずの建物だった。私はサークルビルを出たところだったはずだ。歩いて来た覚えはなかった。
次に見上げた時、そこに壮麗な王宮があった。
それはもとは講堂だった。ちょっと目を離した間に、建物の外観が変貌していた。黒のレンガの材質はそのままに、変形し、巨大化し、当たり前のように目の前に聳えていた。
「どういうこと……?」
独り言が漏れた。
この場所には一つの違和感があった。
「違和感の無さ」であった。非日常的な景色にもかかわらず、私は予想以上に驚いていなかった。むしろこの場所に漂う空気感に、惹かれるものを覚えた。たまらなく胸がどきどきするような、懐かしいような感情。その感覚は、そう……「断片」に極めて似ている。
ふと、そばに電柱のようなものが立っているのに気付いた。古い王宮のそばに電柱?
よく見ると電柱ではない。踏切の遮断機に似ている構造物だった。てっぺんにはホームベースのような形の機械が付いていて、ロボットの頭部を思わせる。真ん中には電光掲示板を貼り付けた黒い箱が取り付けられていた。
ふいに電光掲示板に光がともった。
【 ―導入説明― 此はあなたの腕輪と連動した追尾ロボットです。以後、ゲームでのカウンターとなります。】
金属製と思われる支柱がくにゃりとたわみ、黒いホームベース状の部分がかぶりを振った。無生物ながら、生物のような動き。「ロボット」は、偉そうにこちらを見下ろすかのようだった。
【!!!!!『SC』へようこそ!!!!!】
チカチカ、緑や赤や黄色の点の集合が文字列を描き出す。電光掲示板の、ドットによる文字の表示は、いわゆるレトロゲームを意識したものなのか。文字列は早い速度でスクロールしていく。
「『SC』……って、『ゲーム』の名前ってこと?」
私は訊いた。掲示板は答えない。メッセージのみが流れる。
【当ゲームについて説明します。】
当ゲーム。やはりこれはゲームなのだ。では、王宮も、この踏切のような機械も、ゲームの産物となる。つまりここが、ヒジリの言っていた、『現実の襞』という場所なのであろう。
自分の心身を持ってゲームの世界(?)に入った事に、私は新奇な衝撃を覚えた。
【当ゲームはリアリアのセラピーを目的とするゲーム課程です。プレイヤーは冒険を通して己を精錬し、リアリアを克服していきます。リアリアの完治に至った者はゲームをクリアするでしょう。】
その説明が長めに表示された。
やがて、表示は、ゆっくりと別の文に変わった。
【さて、当ゲームの世界は、魔王の脅威にさらされています。この魔王こそ、諸悪の根源なのです。魔王の名は『ダークマスター』。プレイヤーの皆さんは『ダークマスター』を倒す使命を与えられた勇者達なのです。皆さんは冒険を通して知恵と力を蓄え、『最強の勇者』に成長していきます。魔王を倒せるのは『最強の勇者』だけなのです。】
RPGの古典のような筋書きだ。勇者や魔王という概念は私も知っている。オンラインゲームの広告や、本屋のヲタク系メディアの棚などで、鎧を着た美少年・美少女のイラストや、醜い敵のモンスターのイラストを目にしたことがある。現代人が源氏物語の中身を知らないように、私も古典的なRPGをプレイしたことはない。いや、あるが、進度が遅くて半日くらいでやめてしまった。私にはゲームの才覚がないようだと思った。以来ゲーム自体ほぼプレイしていない。
【当ゲームには複数のプレイヤーが同時参加しています。魔王を倒すことができるのは、1位のプレイヤーのみです。ゲームクリアは魔王を倒した時点です。指定ログイン回数内にクリアしましょう。順位、制限時間、ステータス等はカウンターに表示されます。世界内での位置関係はマップを参照してください。ゲームは途中棄権できません。】
【なお、当ゲームは、設定や世界観の都合上、男子禁制です。男性のプレイヤーは侵入してきません。】
説明が続いていく。プレイヤーが女性のみという設定は、時代や文化を反映しているのだろうか。あるいはただの偶然的な設定なのか。もしかして私が女の子を好きな性的少数者だからか。……いや、さすがに個人の嗜好が世界観に反映されることはないだろう。肥大した自意識に苦笑した。
ひとつ重要なことが分かった。1位のプレイヤーしか魔王を倒せないことだ。つまり、ゲームに参加している全プレイヤー内で1位となる必要があるのだ。「同率1位」のような特例がないとすれば、ゲームクリアに至るプレイヤーは一人。プレイヤー間での熾烈な争いが容易に想像できる。たしかにデスゲームだ。
【当ゲームの目的は『リアリア』罹患者のセラピーです。ゲームでの成長は現実に『反映』されます。当ゲームをうまくプレイすれば『リアリア』が治癒へと向かうでしょう。】
【当ゲームは無限の可能性の世界です。世界を生かすも殺すもあなた次第です。ゲーム陣営一同、幸運を祈念しております。 ―説明終―】
私はスクロールする発光文字を追った。
何だろう、心の片隅に引っ掛かる違和感を覚えた。しかし、文字と一緒に流れてしまった。掲示板は暗転した。