大根役者の台本
華やかなシャンデリアが輝く王宮の夜会会場。
その中央で、私の婚約者である第一王子・カイル様の怒声が響き渡った。
「ロザリー! お前のような冷酷で心の貧しい女との婚約など、もう維持できない! 今この場をもって、婚約破棄を言い渡す!」
突然の宣言に、会場にいた貴族たちが一斉に息を呑み、蔑みの視線を私へと向ける。
だが、当の私はショックを受けるどころか、冷ややかな心地で事態を眺めていた。
カイル王子のすぐ後ろには、ひとりの少女が隠れるように身を寄せていた。
私の義理の妹、アイリスだ。
八年前、我が家にやってきた父の再婚相手の連れ子で、その継母も間もなく亡くなって以来、彼女は長年にわたり「母を失った可哀想で健気な妹」を完璧に演じ続けている。
「カイル様、ダメです……! 私なんかのために、お姉様と争わないでください……っ。お姉様が、私の亡き母の唯一の遺品であるペンダントを叩き割ったのも……お茶に毒を入れようとしたのも……全部、私が未熟でドジだからなんです……!」
小さく肩を震わせ、今にもこぼれ落ちそうな涙を瞳にためて王子を見上げるアイリス。
その可憐な姿に、カイル王子は「なんと健気な……!」と目頭を熱くし、さらに私を鋭く睨みつけてきた。
「聞いたかロザリー! アイリスは亡き母の形見を壊され、命まで狙われたというのに、ここまでお前をかばっているのだぞ! なのにお前という奴は、どこまで心が腐っているんだ!」
激高する王子を前に、私は扇子でそっと口元を隠した。
(……首の傾け方、左に十五度。涙を落とすタイミングは、王子の視線が自分に向けられたコンマ五秒後。相変わらず古典的な演出ね)
私は怒るどころか、呆れながら義妹の仕草を観察していた。
何を隠そう、私——ロザリー・ヴァルハイト公爵令嬢には前世の記憶がある。
現代日本で、新進気鋭の舞台演出家として数々の劇場を仕切っていた記憶だ。
役者の視線ひとつ、呼吸ひとつで観客の感情をコントロールするプロだった私の目から見れば、アイリスの立ち振る舞いはあまりにも分かりやすかった。
(八年前から擦り続けている『可哀想な私』の持ちネタね。継母が亡くなってから、彼女は『お母様の形見』を盾にして、父や屋敷の使用人たちを何年もかけて味方につけていって……今度は第一王子まで手中に収めたというわけね)
「おいロザリー! 黙っていないで何とか言ったらどうなんだ!」
言い返してギャーギャーと見苦しく騒ぐのを期待しているのだろう。カイル王子が痺れを切らして怒鳴り散らす。
だが、感情的になって怒りを撒き散らすのは、三流の役者がすることだ。
「いいえ、カイル様。ご決断、つつしんでお受けいたしますわ」
「……は?」
あっさりと頷いて見せると、カイル王子は拍子抜けしたように口をぽかんと開けた。
うしろに隠れていたアイリスも、一瞬だけ瞳を丸くして戸惑っている。
「本当に認めるのだな!? 遺品を壊し、アイリスに毒を盛ろうとしたことを認めるのだな!?」
「ええ、カイル様がそうおっしゃるのなら。私のような悪女は、王子妃の座にふさわしくございませんもの」
私は困ったように微笑み、しおらしく目を伏せてみせた。
自由気ままに舞台を引っかき回す大根役者を追い詰めるには、まずは演じ切らせて油断させるのが鉄則だ。
「ですがカイル様……ひとつだけ、お願いがございますの」
「お願いだと? お前にそんなものを聞く権利があるとでも思っているのか?」
「私にも、歴史あるヴァルハイト公爵家の誇りがございます。ですから……一ヶ月後の建国記念パーティーの『大舞台』にて、私の罪を公表し、正式に婚約破棄を行っていただけますでしょうか?」
「なに……?」
「逃げ隠れはいたしませんわ。大勢の貴族の皆様の前で、私が犯した罪の罰を受け入れます。もちろんその場で、愛しいアイリスとの新しい婚約も、華やかにお披露目なさってくださいな」
私の言葉に、カイル王子は一瞬ハッとしたあと、すぐに勝ち誇ったようなドヤ顔になった。
「ふん! 大勢の前で恥をかき、己の罪の重さに絶望したいということか! いいだろう、その願い聞き届けてやる! 大観衆の前で、お前の悪行をすべて暴いてやるから覚悟しろ!」
「深く感謝いたします、カイル様」
優雅にお辞儀をする私の視線の先で、王子の背後にいるアイリスが、チラリとこちらを見て不敵にニヤリと笑った。
(よし、完璧に釣れたわね)
「悲劇のヒロイン」を演じるのが大好きな人間は、自分を引き立ててくれる「大観衆のスポットライト」が大好物だ。自分が一番輝ける大舞台を用意されたら、絶対に拒めない。
アイリス、あなたが大好きなその舞台——逃げ場が一切なくなる最高の自爆装置に仕上げてあげるのが、演出家としての私の仕事よ。




