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食い逃げ妖精、指名手配中

食い逃げ妖精、魔女のオーブンから焼き上がる。

作者: 堀吉 蔵人
掲載日:2026/07/20


(もり)(おく)には、(けむり)()かない煙突(えんとつ)があった。


屋根(やね)(くろ)く、(まど)(ほそ)く、(かべ)には(つた)(から)んでいる。


(にわ)には(あお)(きのこ)()え、井戸(いど)(ふち)では三本脚(さんぼんあし)(かえる)昼寝(ひるね)をしていた。


いかにも魔女(まじょ)(いえ)だった。


けれど、その()(すこ)しだけ(あま)(にお)いがした。


蜂蜜(はちみつ)


()がした砂糖(さとう)


(くだ)いた()()


それから、()ける(まえ)小麦(こむぎ)(にお)い。


リリィは(もり)(うえ)をふらふら()んでいた。


(とく)()(さき)はない。


タルムは川辺(かわべ)甲羅(こうら)()している。


リリィは(あま)(にお)いに(はな)()け、そのまま(くろ)煙突(えんとつ)(いえ)まで()んできた。


(まど)()いていた。


「お菓子(かし)だ」


リリィは(まよ)わず(なか)(はい)った。


魔女(まじょ)台所(だいどころ)薄暗(うすぐら)かった。


天井(てんじょう)から乾燥(かんそう)させた薬草(やくそう)がぶら()がり、(たな)には(いろ)(ちが)(びん)(なら)んでいる。


(むらさき)(こな)


(みどり)(みつ)


(びん)(なか)(ねむ)(ちい)さな(かみなり)


()けた(つき)()けた(みず)


けれどリリィは、どれにも()()けなかった。


(おお)きな作業台(さぎょうだい)(うえ)に、星形(ほしがた)生地(きじ)(なら)んでいた。


蜂蜜(はちみつ)()()んだ薄茶色(うすちゃいろ)生地(きじ)に、(こま)かな()()()らしてある。


リリィは一番(いちばん)(ちか)いものを()()げた。


(はし)(すこ)しかじる。


さくり。


まだ()いていないのに、小麦(こむぎ)(あま)さが(ひろ)がった。


蜂蜜(はちみつ)(かお)り。


(くだ)いた()()(こう)ばしさ。


「おいしー!」


金色(きんいろ)(こな)が、作業台(さぎょうだい)へぱらぱら()ちた。


リリィは夢中(むちゅう)になって、もう一口(ひとくち)かじった。


星形(ほしがた)(はし)(すこ)()ける。


さらにもう一口(ひとくち)


そのとき。


玄関(げんかん)(とびら)()いた。


「まったく。(まき)まで湿(しめ)っているじゃないか」


(ひく)(こえ)がした。


魔女(まじょ)(かえ)ってきた。


(くろ)帽子(ぼうし)


(くろ)外套(がいとう)


(うで)には(ほそ)(まき)(かか)えている。


リリィは(くち)いっぱいに生地(きじ)()れたまま、周囲(しゅうい)見回(みまわ)した。


(たな)(うし)ろは(びん)でいっぱい。


(なべ)(なか)には緑色(みどりいろ)液体(えきたい)


(かご)(なか)では、(なに)かが(きば)()らしている。


(かく)れられそうな場所(ばしょ)(ひと)つしかなかった。


壁際(かべぎわ)にある、(おお)きなオーブン。


リリィは()べかけの星形(ほしがた)生地(きじ)(かか)えたまま、オーブンの(なか)()()んだ。


直後(ちょくご)魔女(まじょ)台所(だいどころ)(はい)ってきた。


魔女(まじょ)作業台(さぎょうだい)(まえ)()った。


(ひと)つ。


(ふた)つ。


(みっ)つ。


(かぞ)えていく。


「……一枚(いちまい)()りないねえ」


リリィはオーブンの(なか)(いき)()めた。


魔女(まじょ)(くび)(かし)げた。


けれど、すぐに(かた)をすくめる。


「まあ、昨日(きのう)のあたしが味見(あじみ)したんだろう」


リリィは(ちい)さくうなずいた。


きっとそういうことにしておこう。


魔女(まじょ)天板(てんばん)生地(きじ)(なら)(はじ)めた。


星形(ほしがた)生地(きじ)一枚(いちまい)ずつ、オーブンの(なか)(はい)ってくる。


リリィの(よこ)


(あたま)(うえ)


足元(あしもと)


最後(さいご)に、魔女(まじょ)(てつ)(とびら)()めた。


(くら)くなった。


()()められた」


リリィは小声(こごえ)()った。


手元(てもと)には、まだ()べかけの星形(ほしがた)生地(きじ)がある。


とりあえず、一口(ひとくち)かじった。


「でも、おいしい」


(そと)から(まき)()(おと)がした。


(つぎ)に、火打(ひう)(いし)(おと)


かちり。


かちり。


何度(なんど)()っても、()はつかなかった。


魔女(まじょ)舌打(したう)ちする。


「またかい」


かちり。


かちり。


それでもオーブンの(なか)(くら)いままだった。


リリィは(すこ)安心(あんしん)した。


()がつかなければ、()かれない。


(そと)魔女(まじょ)がぶつぶつ()っている。


昨日(きのう)もだめ。今日(きょう)もだめ。百年(ひゃくねん)使(つか)えば、()だってへそを()げるか」


リリィは暗闇(くらやみ)見回(みまわ)した。


オーブンの(おく)に、(ちい)さな(あか)いものがあった。


(すみ)欠片(かけら)かと(おも)った。


けれど、よく()ると(まる)まって(ねむ)っている。


(あか)尻尾(しっぽ)


橙色(だいだいいろ)(みみ)


呼吸(こきゅう)をするたび、背中(せなか)がぼんやり(あか)るくなる。


(ちい)さな(ほのお)だった。


リリィは(ちか)づいた。


「ねえ」


(ほのお)()きない。


()をつけるんだって」


返事(へんじ)はない。


リリィは星形(ほしがた)生地(きじ)をかじった。


半分(はんぶん)になった。


(くら)いところで()べても、蜂蜜(はちみつ)(かお)りはよく()かる。


「おいしいよ」


(ほのお)(みみ)が、ぴくりと(うご)いた。


リリィはもう一口(ひとくち)()べた。


()()が、こりっと()った。


(ほのお)(うす)片目(かため)()けた。


けれど、すぐ()じた。


()てるね」


リリィは(のこ)りを()た。


あと一口(ひとくち)


リリィは最後(さいご)一口(ひとくち)頬張(ほおば)った。


「おいしー!」


金色(きんいろ)(こな)が、(くら)いオーブンの(なか)(ひろ)がった。


(ねむ)っていた(ほのお)鼻先(はなさき)へ、一粒(ひとつぶ)()ちた。


(ほのお)(はな)(うご)く。


もう一粒(ひとつぶ)


「……ふ」


(ほのお)(ちい)さく(いき)()った。


「ふ、ふ」


「はっくしゅん!」


(ほのお)がくしゃみをした。


(あか)()()が、オーブンいっぱいに()()った。


(かべ)(あか)()まる。


(まき)()(うつ)る。


(ねむ)っていた(ほのお)(いきお)いよく()()がった。


オーブンの(なか)(きゅう)(あつ)くなった。


「たいへん」


リリィの(はね)(ねつ)でふくらむ。


星形(ほしがた)生地(きじ)が、じわじわ(いろ)づいていく。


蜂蜜(はちみつ)()け、()()(かお)りが()つ。


(やわ)らかかった生地(きじ)(ふち)が、きつね(いろ)()わる。


(そと)では魔女(まじょ)(おどろ)いていた。


「ついた?」


(てつ)(とびら)()こうで、(まき)がぱちぱち()る。


リリィは()けていく(ほし)(あいだ)()(まわ)った。


けれど、(はね)には蜂蜜(はちみつ)生地(きじ)がついている。


(ねつ)(すこ)しずつ(かた)まり、(おも)くなる。


()びにくい」


リリィは天板(てんばん)(はし)()りた。


足元(あしもと)星形(ほしがた)ビスケットは、もうすぐ()()がりそうだった。


(あま)(にお)いが()くなる。


リリィは()けた(はし)(すこ)しかじった。


かりっ。


(そと)(かる)く、(なか)はほろりとしている。


蜂蜜(はちみつ)(あま)さのあとから、()った()()(かお)りが()いかけてきた。


「おいしー!」


(ほのお)がさらに(よろこ)んだ。


ごうっと(おお)きく()える。


(あつ)い!」


リリィは(てつ)(とびら)()びついた。


()す。


()かない。


()る。


やはり()かない。


(そと)魔女(まじょ)()()がりを()っている。


リリィは(とびら)(たた)いた。


()けて!」


ぱんぱん。


「まだいるよ!」


魔女(まじょ)(まゆ)をひそめた。


オーブンから、()いたことのない(こえ)がする。


(だれ)だい」


「リリィだよ!」


「どこのリリィだい」


「ここ!」


「ここじゃ()からないよ」


「オーブン!」


魔女(まじょ)(だま)った。


すぐに(てつ)(とびら)()いた。


(しろ)(けむり)


(あま)(かお)り。


(あか)()()


その全部(ぜんぶ)一緒(いっしょ)に、リリィが()()した。


(かみ)はふわふわに逆立(さかだ)ち、(はね)には()けた蜂蜜(はちみつ)(うす)(かた)まっている。


(あたま)には、星形(ほしがた)のビスケットが一枚(いちまい)()っていた。


魔女(まじょ)()(まる)くした。


リリィは(だい)(うえ)着地(ちゃくち)した。


()けたよ」


魔女(まじょ)はリリィを()た。


オーブンの(なか)()る。


きれいに()けたビスケットを()る。


もう一度(いちど)リリィを()る。


「おまえは()いてないよ」


「ちょっと()けたよ」


リリィは自分(じぶん)(かみ)(さわ)った。


毛先(けさき)(すこ)しだけ(こう)ばしい。


オーブンの(おく)では、(ちい)さな(ほのお)元気(げんき)()(まわ)っていた。


魔女(まじょ)(ちか)づき、()(ほそ)める。


「ようやく()きたのかい」


(ほのお)魔女(まじょ)(ゆび)(ほお)をすり()せた。


魔女(まじょ)(かお)(すこ)しだけやわらかくなる。


リリィは(あたま)()っていたビスケットを()った。


一口(ひとくち)かじる。


かりっ。


金色(きんいろ)(こな)がまた()った。


(こな)はオーブンの(とびら)()ち、(ちい)さな(ほし)模様(もよう)(つく)った。


(ほのお)がその(ほし)()いかけて、(たの)しそうに(はし)る。


魔女(まじょ)はリリィの手元(てもと)()た。


「それは、あたしのビスケットだね」


「オーブンにあったよ」


「あたしが()れたんだよ」


一緒(いっしょ)()けたよ」


「だからといって、おまえの(ぶん)にはならない」


リリィは(のこ)りを(くち)()れた。


魔女(まじょ)(まゆ)()がる。


代金(だいきん)(はら)いな」


「ないよ!」


リリィは(はね)(ひろ)げた。


けれど、()けた蜂蜜(はちみつ)がぱりぱり(かた)まっていて、うまく(ひら)かない。


一度(いちど)(だい)から()ちた。


すぐに()()がる。


魔女(まじょ)(つえ)()った。


()ちな!」


リリィは(はし)った。


作業台(さぎょうだい)横切(よこぎ)る。


砂糖壺(さとうつぼ)()()える。


薬草(やくそう)(かご)()()み、(あたま)()をつけたまま(まど)()かう。


最後(さいご)(はね)(おも)いきり(ひろ)げると、(かた)まっていた蜂蜜(はちみつ)がぱきんと()れた。


リリィは(まど)から()()した。


「ごちそうさま!」


(はら)ってから()いな!」


魔女(まじょ)(こえ)(もり)(ひび)いた。


その()から、(もり)(おく)煙突(えんとつ)は、毎日(まいにち)(すこ)しだけ(あま)(けむり)()くようになった。


魔女(まじょ)のオーブンでは、(ちい)さな(ほのお)星形(ほしがた)のビスケットを()いている。


ただし、天板(てんばん)(なら)べる(かず)は、いつも一枚(いちまい)だけ(おお)い。


また()()妖精(ようせい)()()がっても、(こま)らないように。


お読みいただきありがとうございます。

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