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第1話

朝4時。

世の高校生が寝返りを打つ時間、俺はランニングシューズを履く。好きな人のタイプが『逞しい人』だった。だから筋トレを始めた。


——その結果、高校の制服が胸筋で破れかけている。





1時間ぐらい走って、家に戻ると、母が朝ごはんの準備をしていた。


「あら、おはよう。晴翔。ご飯もうすぐできるわよ」


「わかった」


俺はリビングを通り抜けて、風呂場へ向かう。

汗をかいた体にサッとシャワーを浴びた後、制服に着替える。


少し着崩して着る。とは言ったものの、一応校則があるので、ネクタイを緩めるぐらいに留めておくのが無難だ。


鏡を見ながら髪をセットする。まだ慣れてないながらも時間をかけて整えていると、リビングから母の声が聞こえてくる。朝食ができたようだ。


「今行くー」

髪をいじりながら、返事をする。

「よし!」


リビングに戻り、ご飯を食べる。

「いただきまーす」


黙々と食べていると母が、

「あんた、またデカくなったんじゃない?制服ピチピチじゃない」


どこが?と言おうとしたが、自分の姿を見てみると確かにボタンが取れそうではある。特に胸板らへんが。


昔なら制服が余っていた。

今はボタンが悲鳴をあげている。


「高校デビューもいいけどほどほどにね」


その言葉に味噌汁が鼻から出そうになった。慌ててティッシュで拭く。ワイシャツにシミを作るところだった。


「違うって何回も言ってるだろ!」


口では否定したものの、説得力がないのは自分でもわかっていた。けれど、本当の理由なんて言えるわけがない。

好きな子のために筋トレしてます、なんて揶揄われる未来しか見えない。


母は「はいはい」と言ってキッチンに戻って行った。まともに取り合ってもらえないのはいつもなので、それ以上何も言わない。


俺はご飯を食べ終えて「ごちそうさま」と言うと、カバンを持って玄関まで行き、靴を履いて家を出る。


「いってきます」


あ、ブレザー忘れるところだった。

一度出た家に戻って、ブレザーを手に取ってから家を出る。





「……あの人筋肉すごくない?」


「運動部かな」


電車に乗っていると、近くの女子高校生たちにチラチラと見られる。イヤホンをしているので内容までは聞こえないが、肩身が狭くなる。


(悪く言われてないよな?たぶん……)


自分の格好を見下ろす。ブレザーは着た。ワイシャツのまま電車に乗ったら、ピチピチなのがバレる。それは恥ずかしい。


さらに下を見ると、革靴の靴紐が解けていた。電車の中は満員に近い。この中で直すのは無理なので、降りてから直すとしよう。


そう決めて、再び電車に揺られた。



しばらくして、駅に着いた。

ホームに降りると、新鮮な空気を吸う。人がいないところで靴紐を直す。


「おはよう。六浦くん」


頭上から声がかかった。顔をあげると、同じクラスの女子、三谷青葉がいた。黒い髪をなびかせ、耳に髪をかける仕草は、見惚れてしまうほど綺麗だった。


俺の好きな人。


心の中でガッツポーズをする。

「おはよう。三谷」

立ち上がって、挨拶を返す。


三谷は俺より小柄だ。当たり前だけど。自然と上目遣いの彼女が見れると思うとテンションが上がるが、さすがに首を痛めそうだと思って、半歩後ろに下がる。


「六浦くんって朝早いよね」


「三谷もな」


「私は生徒会の仕事があるから」


「あー、そうだったな」


生徒会。

好きな人のことだから、それくらい知っている。


……もちろん顔には出さない。


俺は何食わぬ顔で三谷の横に並んでホームの階段を降りる。




学校の校門をくぐり、教室に入ると、自然とお互い離れる。同じクラスだが、話す友達は違うからだ。


「晴翔、おは」


いつも仲良くしている、友達の一人である十村涼太だ。二年になって同じクラスになってから、やたら話しかけてくる。最初はチャラいと思ったが、案外いいやつだと最近わかってきた。


「おはよう」


「なあ、さっき青葉ちゃんと話してただろ?付き合ってんのかー?」


肩を組んできて、ニヤニヤしながら俺の方を見てくる。やっぱり悪いやつなのかもしれない。


「駅でたまたまあっただけだ」

「本当かー?」

「ああ」

「ふーん?」


探るような目で見てくる涼太に俺はそれ以上何も言わないことにした。やがて、諦めたのか自分の席に戻っていく。


「応援してっから」


ニカっと笑う涼太に思わず「ふっ」と笑う。やっぱりいいやつだった。


ふと視線を向けると、前の席で三谷が友達と笑っていた。

——好きな人の『逞しい人が好き』という一言。

あの日から俺は、ずっと振り回されている。

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