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ルウルウの誤算、アリエルの誤算

 王宮庭園に落下生物があった時分より幾らか遡る。

 如何に黄金竜王のルウルウでも戦闘中の体力の無駄遣いなど愚行でしかない。

 故に、テレポートは消費魔力を考えて遠い土地までは行かなかった。

 暴れても王都には全く影響のない、王宮で眺めた地図の大森林地帯にした。

 出たのは地図の通りに森の上だが、遠くには集落の明かりが見えた。

 とは言え騒がれて、結果アリエルから怒られる顛末は避けられそうだ。

 ぞんざいに敵の尾を放り出しルウルウは腕組みをする。


「さてと、喧嘩なら買ってやるぞ。時に無礼な臣下を躾けるのもキングの役目だからな!」

『貴様……っ』


 旧王と新王、相対する両者の闘志は静かな森の夜にゴングを鳴らした。

 数多の攻撃を仕掛け食らい弾き避け、両者はそれぞれ満身創痍なれど終始ルウルウが優勢を維持。個々の傷の程度も彼の方が明らかに軽かった。

 暫しの連続した閃光と轟音が止んだ頃、周辺一帯は大地が割れ、抉れ、酷い有様になっていた。


「勝負は着いたな。対峙した時点で相手との実力差もわからないうちはまだまだ弱い証拠だ。これに懲りたら二度とアリエルに迷惑掛けるなよ」


 夜に浮かぶルウルウの眼下には戦闘によるクレーターができている。その中央に倒れる敵竜は剥がれた金鱗を無惨に散らして全身を痙攣させていた。

 呆れ目で見下ろすルウルウが、帰るためのテレポート魔法を構築しながら嘆息する。


「手加減してやったのだし、どうにか自力で帰るくらいはできるだろ?」


 ルウルウは本人に自覚なくも敵に情けをかけた。これも聖女のくせに魔物たる彼に甘いアリエルと過ごした影響かもしれない。

 無意識に敵とは思っていなかったのかもしれない。何しろ彼が君臨していたなら導いていただろう同胞だ。

 とりあえず実力差を身を以てわからせてやったので潔く観念したろうと思ったのもある。殺すまでには値しないと何の疑問もなくそう考えた。


 ――しかし、甘かった。


『俺様は、俺様はっ、負けてなどいないっ!』

「――!?」


 突然飛び上がってきたかと思えば、攻撃はなく、ルウルウをまるで無視。

 何がしたいのかと訝るも、敵は真っすぐテレポート魔法陣へと突進、完成していたそれを通り抜け姿を消した。


「な……な……なあああああーーーー!?」


 完全に隙を突かれた。

 テレポート陣は一人用で、故に彼はもう一度同じ魔法陣を作り直さねばならない。

 既に今夜だけの短時間で二回。そして更にもう一回テレポート魔法を使うなど、さすがに暴挙にも似て大きな負担なのは間違いなかった。発動までに多少の時間を要するが、その多少が問題だ。敵がヤケクソになって暴れたら、戻った時には手遅れかもしれない。


「ままままずいのだーっ、ごめんアリエル無事でいろーーーーッ!」


 できる限り早く自分も王都へ。

 ルウルウの焦りの夜の再開だ。


 そういうわけで王都では、上空からいきなり満身創痍の黄金竜が降ってきたのだった。






 王都。王宮庭園。

 汗滴る肉体美と熱く滾る煩悩の夜は、そう長くは続かなかった。

 既に相当な傷を負って体力を消耗し切っていた敵竜の方があたしの期待通りにへばってくれたから。竜周辺は広範囲にわたって無残にも黒焦げで、高温ブレスの届いた建物の石壁も一部が真っ黒になっていた。ピッツァが良く焼けそう。

 とにかくそんな焦土の中に筋肉の素敵な半裸の男達が立って厳しい表情をしているってシュールな図になっている。偶然にも女性兵士がいなかったのは幸いだったかも。

 途切れた攻撃に安堵する間もなく、あたしは声を張り上げる。


「今がチャンスです!」


 あの黄金竜はこっちの命を摘み取るなんて躊躇いもしない危険な相手。情けは一切合切不要よ。

 あたしだって命は惜しい。自分達の生存と討伐の確率を上げられるなら罪悪感だって押し殺す。

 兵士達は消耗に耐えて即時攻撃の構えになる。あぁ尊敬すべき集中力。

 ここで屋内に居て状況把握に一歩遅れていたモカとイザークが駆けてきた。


「聖女様はどうしてそう無茶ばかりなさるのですかあぁ~っ」


 イザークは涙腺爆裂崩壊ね。あたしはしかつめらしくする。


「イザーク落ち着いて、敵はまだ倒せていないのよ!」

「それでも聖女様に何かあったらと肝を潰しましたよぉ~っ」


 王宮兵から早速と連続攻撃を受ける黄金竜を警戒はしつつ、イザークが抱き付いてこようとしたから素早くモカを盾にした。モカは彼の額を手で押し止めてガード……ってこんなコントやっている暇はない。


 戦闘に目を戻すと、セオ様はより確実に仕留めんと威力の高い溜め魔法の準備中。彼の魔法剣の纏う魔力がぐんぐん跳ね上がっていくのが肌でわかった。剣身の青い光が強く太く増していく。


 きっと次の総攻撃で敵は葬られると思う。


 あたしはそう確信さえしていた。


 黄金竜はどうして直前の攻撃に誰一人として倒れていないのかと苛立っているみたい。竜的には会心の一撃だったのに思惑を狂わされたんだから当然腹も立つわよねー。にまにま。

 性格悪くほくそ笑んでいたのが悪かったのか、ふと魔物の紅い眼がぐりんって音がしそうに回ってあたしを鋭く捉えた。


『そうか、元凶は貴様かあああーーーーっ』


 敵は呼吸も切れ切れなのに怒りを孕んで真上に吼えた。

 まだそんなに体力が残っているのって大きさの猛り声が夜空を震わせる。耳を押さえても鼓膜が破れそう。これ王都中に聞こえたんじゃないの?

 血眼の竜は尚もあたしから目を離さない。物凄い視線圧。言葉はわからないものの感情は伝わってくるからもう大変。


 いやーっ怒髪天ーっ!


 しかも上を向いた竜の口からまたしても熱い息吹きが生じている。


 ええええーっアレがまだ出るの!? しかも今度はあたし目掛けて吐いてくる!

 竜の危険な敵意を逸早く悟ったあたしの動揺が伝わってか、セオ様が一人駆け付けてきた。


「アリエル!」

「えええっちょっと何でこっちに来るんですかーっ! 待って待って心の準備がっ、半裸タッチなんてまだ早いですぅーっ!!」

「馬鹿を言っている場合か! いいから早く私の後ろに。それとまたさっきの魔法を頼む」


 あたしを庇って竜へと構えた彼は、途中でゆっくりにしていたらしい剣の溜め魔法を通常速度で再開する。ははあ~器用ね。まあ一旦キャンセルにしちゃうとまた一からで効率悪いものね。

 本当ならセオドアラブってデコったボードを両手とおでこに貼り付けて戦いを応援したい。彼が万全ならね。でも今はどう見ても無理してる。この人はどうしてこう~~~~っ!


「この天然カッコ付け!」

「はあ!?」


 んもうっここはあたしの出る幕しかありません。


「モカ、イザーク、この頑固陛下を押さえてなさい! これは絶対聖女命令よ!」

「「聖女様!?」」

「何を言い出すんだアリエル!」


 仰天と混乱を露わにするモカとイザークはだけど聖女たるあたしからの命令には背けない……はず! あぁ良かったすぐにセオ様を押さえてくれた。はっはっはっ聞き分けるのだよセオドア君。

 あたしは睨んでくる彼から顔を背けた。気まずいわけじゃない。肌蹴た立派な胸筋が視界に入ったら集中できるものもできないんですー!!


「そなたはこんな時までそこなのか!?」


 真面目で身嗜みにも(うるさ)そうな彼は案の定自分でも服装の乱れ……というより最早損壊が気になってか羞恥に赤くなった。きっと手で胸を隠したかったろうけど、モカとイザークに両側からがっちりホールドされているからできないみたい。くっふふふ……その羞恥に染まる表情が堪らんのうっ!

 まあそこでとくとご覧あれ。

 あたしは肩に掛かった髪をわざとらしく手で払って拘束されたセオ様の横を颯爽と駆け抜ける。彼は放せって暴れたけど、教会でも屈指の戦闘力を誇る二人相手じゃあさすがに簡単には振り払えない。


 あたしは万一の竜の攻撃がセオ様方向から逸れるようにと猛ダッシュしながら、今度は治癒魔法を竜だけに向けて濃く限定的に展開した。

 期待通り、先の広範囲で薄かった治癒魔法時とは異なり敵は明らかに硬直して苦しそうにする。息吹も引っ込んだ。


 やったわ! 皆が竜のHPを大幅に削ってくれたからこその結果ね。このまま失神させられれば勝利確実。


 なーんて内心喜んだのは早計だった。決死の相手はそう甘くなかった。


 竜族の意地なのか、消えたように見えた息吹は何と息を吹き返し発射コンマ一秒前ってやつよ。


 嘘デショーッ!


 判断の軽率さに自己嫌悪。吐かれたらあたしはどうしようもない。破廉恥服になるどころか儚くなる。

 聖女のお勤めが終わったらいつかは故郷に帰って推しのぬいをえへえへ愛でる煩悩まみれ生活を送る予定が、そんなささやかな願いも叶わない?


 真っ直ぐ向かってくる竜の灼熱咆哮(ドラゴンバースト)


「アリエル!」

「「聖女様!」」


 高速の熱量が希望を、絶望すらも蒸発させ――


「――あたしの煩悩をっ、嘗っっっめるなあああああ!!」


 くわわっと血眼全開よ。たとえギロチン処刑で死ぬ一秒前までだって愛しのセオ様のご尊顔を拝していられるなら本望ってのが極限底まで沼った我がコアから推しへの究極純度百%の愛着よッ……って自分でも何言ってるのかちょっとわからない。だがっ推しを心行くまで堪能せずして死ねるわけがないわッ!


 自分の前面に聖女力フルスロットルで魔力を放出。魔力自体が障壁になるだろうからそれでどうにか耐え切ってやるっ。

 襲い掛かる灼熱トルネード。熱い風が吹き付ける。


「んぬぅうううー!」

 

 ……だけど、あたしの全力は一秒と必要なかった。


「アリエルーーーーッ!!」


 可愛い救世主、来たり。

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