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舞踏会は緊急事態

 二曲目の動き出し寸前で鼓膜が破れそうな音と足裏に伝わる振動に見舞われて、あたしは反射的に短い悲鳴を上げて身を竦めた。


 ななな何事!?


 セオ様も爆音に顔をしかめて音の出所の辺りを鋭く睨んでいる。

 あたしを護るように両腕で抱きしめてくれながら。

 きっと反射的な動きで深い意味はないんだろうけど感激で一気にのぼせる。でも失神している場合じゃない。

 気を取り直して彼に遅れて見やれば、一瞬現実感が湧かなかった。

 だってだってだって、何と建物が破壊されていた。

 破片に当たって怪我人も出ているみたいだった。


「大変だわ!」


 一刻も早く治癒しないとって、あたしは聖女の使命感を胸にセオ様の腕を押し退けて怪我人の所に向かおうとした。


 だけど、二の腕を掴まれ止められる。


「放して下さいっ、怪我人がっ!」

「そなたの慈悲深く、人を救おうとする強い使命感は誇りに思う。だが今は私が状況を見てくるからここで待っているんだ。そなたを危険に晒すわけにはいかない」


 え、何、待って、じゃあセオ様が危険に身を晒すって言うの?


「おっ同じ言葉をお返しします。と言うよりもここは治癒できる聖女の出番ですよ。セオ様こそ待っていて下さい。逆にあなたが行って怪我をしたら結局はあたしが必要になるんですし二度手間です」

「そういう問題じゃない」

「そういう問題です。それとも、また貴重な聖女回復薬を使うんですか?」


 聖女な言葉遣いも失念して睨み合ったのは一秒にも満たない。

 無駄に時間を費やす暇はないとして手を振り切って行こうとすれば、彼は今度は腕じゃなくてあたしの手を握った。


「セオ様っ」

「なら私から離れるなよ」

「へ?」


 真剣な眼差し。これって一緒に行こうって意味?


「そなたは中々に頑固だからな。勝手をされて肝を潰すような思いをするよりも、行動を共にする方が私の心労も少ない」


 ああそうですかー、そうですねー、でもその言い種!

 軽く憤っていると「聖女様! 大事はないですか!?」って必死な顔をしたメイとモカが駆けてきた。

 あら、メイ?


「ご無事ですか聖女様あああーっ!」


 泣きべそイザークも。


「こっちは大丈夫よ。皆の方こそ無事で良かった。ところでメイはいつの間に来ていたの?」


 あたしから案じられて感激したのかイザークは「聖女様っ」と目を潤ませモカは微笑し、メイは「実は……」と何故か視線をセオ様に一度向けて会場の別の方へと向けた。その視線を追ったあたしは驚いた。


「え、え、あそこにいるのって……」


 うちの家族じゃないのー!?

 しかも全員いる。

 正装もしているし、一体全体どういうわけ?


「メイが連れてきてくれたの?」

「はい。陛下のご命令で」

「え……?」


 もうね、目を丸くして横の男を見上げたわよ。嘘ではないようで、と言うかメイが嘘を言うとは思わないけど、彼はサプライズが計画とは異なるところでバレた人のような何とも言えない顔付きでいる。


「陛下は、聖女様の大事な方々を招待するのもご自身の当然の責務だと仰られていましたよ」

「そう、なんですか……?」


 てっきり余り良い印象を持たれてはいないんだと思っていた。やだ、こんな時なのにじんとくる。

 メイからしれっと暴露されたからかセオ様は少し渋い顔をした。


「こんな事態にならなければ、素直にそなたを喜ばせられただろうにな」


 えっその渋面はあたしを計画通りに喜ばせられなかったせいなの? ヤバい頬が緩みそう。

 だけどそうだわ、確かにこんな事態だわ。


「セオ様お礼は後ほどた~~~っぷりさせて頂きます。ですが今はやるべき事が山積みですので、あしからず! メイ、うちの家族をお願いね!」

「了解しました」


 言ってメイはすぐさま駆けて行く。

 あたしはふと目を落としてセオ様との手繋ぎをじっと見つめた。い、いいのよねこのまま引っ張っても。リードを引く飼い主な気分。

 ああっ何か言いたそうにこっちを見ているっ。かと思いきや彼から溜息をつかれた。


「誰か急ぎ私の剣を持ってこい! 警備兵は現場に残り、給仕係はユージーンの指示に従い招待客の救護と避難誘導に徹しろ!」


 ここそこで了解の返事が上がった。

 因みにユージーンさんはセオ様の無事を確認して先回りでもう避難誘導を始めていたわ。自分のすべき役割を的確に把握している。さすがは国王の側近でいられるだけあって有能ね。

 急いだ兵士の一人が程なく、会場入口で預けていたセオ様の愛剣を持ってきてくれて彼はそれを片手に、もう片方ではあたしの手を引いて破壊された場所へと急いだ。


「アリエル、もしもの時はそなただけでも逃げるように。聖女がいなければ救える者も救えなくなる」

「わかりました。セオ様も無茶は駄目ですからね」


 因みにイザークとモカもあたしと共に来ている。

 招待客達は恐怖に顔を染めあたし達とは真逆の方へと走っていく。危険から遠ざかろうとするのは人間の本能だ。自分の安全で手一杯で見ず知らずの怪我人を助ける余裕がないのも理解はできる。


 あたしだってまだ何が起きているのかわからないから余計に怖い。


 だけどあたしは聖女なの。


 助けられるうちは苦しむ者を放っておけない。絶えない痛みを少しでも早く取り除いてあげたい。痛くて死んじゃう人だって世の中にはいるんだもの。

 その手の責任感はセオ様にもあるんだろう。


 彼は大事な御身を避難させるよりも自らで状況を見極め必要なら立ち向かう覚悟でいる。


 直にそんな勇敢さを目にして、さすがは推しキャラだとか真面目なキャラ設定だからだとか、そんな事は頭に浮かびもしなかった。


 民のために奔走するリアルなこの人を傍で助けたい支えたいと、改めてその思いを強くする。

 聖女としても、個人としても。


 あと、セオドア・ヘンドリックス猛烈に好きだあああーーーーっ!


 震えるような愛しさでそう叫びたい。これが色恋かどうかなんてわからない。

 簡単な括りじゃない、簡単じゃ…………ぐふっ推しが凛々しくて涎出る~っ!


「アリエル」

「はい」


 その後は、あたしも彼も無言で走った。






「どうしてこんな事に……? 酷い……」

「そうだな。原因が何かは調べればわかるだろう」


 派手に何かが当たったのか、その一角はすっかり壁が崩壊して外と繋がっていた。


 ううん、最早ここは屋外だよね状態よ。冗談じゃなくまるで爆弾でも落ちたみたいじゃないこれ。

 幸い壁に接していた人はいなかったらしくて、建材に潰されてスプラッタになっている人はいなかったわ。よ、よかったあああー! さすがにホラー映画な血みどろは免疫がないから吐くかもしれなかったもの。聖女仕事でもそこまでの人にはまだ出会った事はない。

 瓦礫が散らばってはいるものの見た感じ危険物はなさそうで、セオ様もようやく手を離してくれた。念のためにとリンドバーグを呼んで傍に付けてくれたから、あたしは遠慮なく動けて、飛び散った破片などが当たって座り込んでいる怪我人達の治癒を始められた。

 イザークとモカも緊急時の職務の一環として軽い怪我を治癒したり医学的な処置を施している。

 セオ様と兵士達は庭にまで出て何が起きたのか調べ始めていた。

 怪我人を治しながらあたしもあたしで努めて冷静になって聖女の感覚を頼りに予測を立ててみる。


 おそらく、さっきのは魔法攻撃ね。


 漂っている気配から、魔物の。


 だけど、魔物襲来ならワイバーンの時みたいに不穏な前兆を感じるはずなのに、それがなかったから単純に考えて急に出現したとしか思えない。 


 例えばテレポートで、とか。


 でも出現から攻撃までどれくらい滞在していたかわからないけど、全く察知できなかったのはあたしもあたしでかなり浮かれていたからだと思う。

 やった婚約式だ~ってね。

 それとも魔物として邪悪さが足りない相手だったとか? この広い世界には卵ルウルウみたいに、魔物でもほとんど気配を感じない相手もきっといるだろうけど、攻撃しているからには十分邪悪よね。今は十分気配を感じられるしやっぱりあたしの油断だわ。聖女としてちょっと面目ない。


 話を戻すと、テレポートは高度な魔法だから使える魔物は魔物でも限られた種族の強い個体に限られるってのは一般的な認識だけど、あたしは詳しくどの種族がそうかまでは知らない。博識な司書長ノートンなら知っているかもね。


 ただ、少なくとも竜族が使える方に入るってのは、ルウルウから聞いて知っていた。


 彼も使おうと思えば使えるんだって。うっそ何それ羨ましい世界中どこでも旅行し放題じゃないのって言うか、そもそもそっぽを向かれる不安を抱きながら仲間を呼ばなくても、こっそり行ってどんな仲間達か見てくるのも可能じゃないのって突っ込んだら、一度使うだけでも体力がごそっと減るからなるべくなら使いたくないんだって。へえ、黄金竜キングでもそうなんだ。


 当然あたしには使えないしセオ様にも使えない。


 王宮で必要な際は何十人もの魔法使いを動員して入念に準備をして取り掛かるって聞いた。ただし便利な反面もし失敗したらあっちとこっちで体が分かれちゃうそう。ひぃっコワッ。テレポートはあたしが思っているより相当危険なのね。


 とにかく、仮に攻撃がテレポートしてきた竜族からのだったとしても、一つ言えるのは犯人はルウルウじゃない。


 あの子はこんな事しない。うっかりなやらかしだったならこの場に彼がいないわけがない。彼が犯人ならちゃんと謝ろうとするはずだもの。

 だからあの子じゃない。

 断言できる。


 でも、そう言えばあの子は今どこにいるの?

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