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間違いのフェイト  作者: 青木りよこ
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食事を終え後片付けをしたら八時になっていて、この時間ならもう理さんも夕飯を終えくつろいでいる時間だろうと思い寝室に行きベッドに腰かけ電話をかけた。


「もしもし」


理さんは三コールで出てくれた。


「もしもし」


もしもしと言ってから、宮原と名乗るわけにはいかないと気づいく。

だって宮原さんじゃない。

もう宮原と名乗っていたことすらなかったことになるのだから。


「美弥子です」

「はい、こんばんは」

「こんばんは、今大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です。すみません。わざわざ」

「いえ。全然」

「俺からかけるべきですよね。すみません、あの、女の人に電話したことなくて」

「私もです。男の人に電話するの初めてです」


夫にしたことはあるけど、それはカウントしないことにする。

夫と男の人は違う。


「すみません。うわっ」

「どうしました?」

「いえ、ちょっと、あの、テレビ見て、ちょっとびっくりして」


今びっくりするような番組やってたっけ。

ちょうど何も見るものないなあと思って電話したんだけど。


「大丈夫ですか?あのテレビ見てるなら又明日にしましょうか?」

「いえ、大丈夫です。すみません。急に大きな声出して」

「いえ」

「あの、彦根ド田舎なんですけど、大丈夫ですか?」


理さんはいとも平坦な声で言う。

その単調な音が好ましい。


「大丈夫です。私も結婚するまで岡山だったんです。岡山もド田舎なので」

「いや、岡山は都会ですよ。駅なんか凄いじゃないですか。ビビりましたもん。広島と変わらないですよ」

「行ったことあるんですか?」

「はい」


意外だ。

そう言えば奈良に行くと言っていたし、三井寺に行ったことがあるみたいだったから、ひょっとして仏像を見るのが趣味だったりするのだろうか?

一緒に連れてってもらえたりするだろうか?

でも岡山にそんなに価値のある仏像があるとは聞いたことはないから、単に旅行が趣味なのだろうか。

一人で?


「兎に角田舎で何にもないんです。でも京都まで新快速で五十分です。新幹線は米原まで行かないとないですけど」

「米原までどのくらいなんですか?」

「一駅です」

「じゃあ、近いんですね」

「はい。でも本当に何にもないです。ド田舎なんです」

「あの、そんなにお気になさらなくても・・・」

「いえ、悪いなあって思って。せっかく都会で暮らしてたのに」

「別に京都で暮らすのに憧れていたわけじゃないので」

「本当に何にもないですよ」

「暑いですか?」


このままだと彦根何にもないだけで電話が終わってしまうので話題を変えてみる。


「暑いですけど京都よりは暑くないです。東近江市は京都くらい暑いですけど行かないですし」

「冬は寒いですか?」

「寒いですね。雪も降ります」

「雪降るんですか?」

「はい。積もります」

「岡山雪降らないので見てみたいです」

「京都は降りませんか?」

「降ったんですけど、ちらちらするだけで積もらなかったんです」

「積もると大変ですよ。勝手に溶けてくれないから雪かきしないといけないし。自転車は乗れないし」


理さんはいかにも普通の男の人、のように話した。

そこには余計な感情など何もない。

至ってシンプルに普通だ。


「すみません。ネガティブな事ばかり言って」

「いえ。全然」

「あの、本当にいいんでしょうか」

「何がですか?」

「いえ、あの、管理局の人はああ言いましたけど、実際一緒に暮らさなくても罰則規定があるわけじゃないじゃないですか?俺もずっと別居してたし」

「はい」

「あの、もし、嫌だったら、その、別居でも俺はいいんですけど」


これはどういう展開なのだろう。

遠回しに一緒に暮らしたくないと言われているのだろうか。

好みじゃないから?

処女じゃないから?

一人暮らしが快適だから?

他に相手がいるから?


「嫌じゃないです」


急いで返事しないと本当にそうなってしまう気がして生まれて初めて電話なのに大きな声を出した。

それが酷く嫌な声に聞こえた。

理さんにはどんな音で響いたのだろう。


「そうですか。あの、すみません。失礼なこと言って。気悪いですよね?」

「いえ」

「何か申し訳なくって。せっかく京大出のエリートと結婚してたのに。俺なんかで」

「間違いですから」

「でも上手くいってたんですよね?」

「上手くいってなんか・・・」


正直わからない。

上手くいってるとか考えたこともなかった。

こういうものだと思っていた。

気が合わなくても一緒にいるのが結婚だと。


「うわっ。ああああああああああーあ」


まるでそうならないように願っていたのに、想像できる限りにおいて最悪の展開になってしまった時に自然に発せられるような無垢な声だった。

そこにはあざとさとか技量などどこにもなかった。

ただの山田理さんだった。

こんな男の人の声を聞いたのは生れて初めてで、一年以上一緒に暮らしていたけど夫からは想像すらできない、生涯発せられることはないであろう音だった。


「あの、大丈夫、ですか?」


少しの沈黙があった。

正直恐怖より可笑しくて堪らなかった。

管理局で見た感じではしっかりしてて、何があっても平然としてそうだったのに。


「大丈夫です。乗り越えました」

「はあ」


何を?と聞けばいいのだろうけど、聞くのが躊躇われた。

まだそんなに仲良くなっていない。

それどころか別居婚を推奨されそうだ。

それは嫌だ。

せっかく貰ったチャンスだ、今度こそ上手くやりたい。


「すみません。あの、又明日かけ直してもいいですか?今度は俺がかけます」

「はい」

「すみません。また明日この時間でいいですか?」

「はい。大丈夫です」

「じゃあ、又明日。おやすみなさい」

「おやすみなさい」


謎ばかり増えてしまった。

電話を切りベッドから立ち上がる気になれず、横になった。



「お風呂どうぞ」


夫がノックもせずに入ってくる。

違う、夫じゃない。

元夫ですらない。

いつか空白の一年というようになるかもしれない京都時代の同居人?

もっと都合のいい言葉はないのだろうか。

このどうしようもなく真面目に行っていた夫婦と言う私達の一年を的確に表す単語。


「どうかしたんですか?」

「いえ、何でもありません」

「冷蔵庫のアイス全部食べてから出て行ってくださいね。俺は棒アイスなんて食べませんから」

「はい」


冷蔵庫の甘いチョコでコーティングされたバニラアイスを想像し、身体を起こす。

取りあえず考えるのはお風呂に入ってアイスを食べてからにしようと思った。













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