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夫と初めて会ったのは二年前の夏だった。
確か八月。
暑い中岡山まで来てくれたのを覚えている。
駅から出てすぐの喫茶店で待ち合わせした。
その日まで電話ですら話したことなかった。
全部婚姻管理局が予定を組んでくれていたので直接話す必要がなかった。
そうだ。
夫は初めて会った時、開口一番こういったのだ。
「暑いですね、岡山」
席に着き夫はそう言った。
違う。
名前を名乗った。
これも違う。
そうだ、私に名前を聞いた。
「鈴村美弥子さんですか?」
私は立ち上がりはいと言った。
「宮原楓です」
私はそれから何て言ったんだろう?
もう思い出せないけど、確か私はアップルサイダーを飲んでいた。
彼はスマホを見て婚姻管理局から送られてきた写真と目の前にいる私を一致させると、店員さんにアイスコーヒーを頼んだ。
それから言ったんだ。
暑いですね、岡山と。
「すみません。わざわざ来ていただいて」
「いつもこんなに暑いんですか?」
「毎年こんなです」
「そうですか。まあ京都の方が暑いですけど」
「京都ってそんなに暑いんですか?」
「毎日四十度越えです」
「そんなに暑いんですか」
「はい。暑いです」
それから何を話したんだろう?
緊張していた。
何着ていこうか凄く悩んで、空ちゃんと一緒に買い物に行って白いワンピースを新調した。
髪型もあんまり凝った髪型にすると引かれるし、だからと言って長い髪を下ろしたままだとだらしなく見えるかもしれないと悩んだあげく白いシュシュでポニーテールにした。
そのまま実家に来てくれて、両親と姉に会ってくれて。
確かとらやの羊羹をお土産に持ってきてくれてた。
そうだ、帰る時駅まで送って行って、改札の所でお母さんから持たされた岡山銘菓大手饅頭を渡したんだ。
お母さんたら楓さん一人暮らしだって言っていたのに、三十個入り買って来て。
あの人言ったんだ。
「こんなに食べられませんよ」って。
その後なんて言ったんだろう?
でもそう言いつつ大手饅頭を持って帰ってくれたし、電話で美味しかったと言ってくれた。
それからたまに電話してきてくれて、メールすれば返事くれて、お正月にも岡山に来てくれた。
でも何してたっけ?
岡山城行って、岡山神社行ったんだっけ?
あんまり覚えてないな。
あの人が二度と岡山に来ることなんかないだろうから、こんなことならもっと色々案内すれば良かったのかな。
姉夫婦も帰って来てたから騒がしいの嫌だっただろうな。
今考えるとよく我慢してくれてたな。
甥っ子達とよくカルタなんかしてくれたな。
何か申し訳ない。
お父さんとお義兄さん酔っぱらっちゃって炬燵で寝ちゃったから二人を運んでくれたりもしたんだった。
本当に申し訳ない。
嫌だったんだろうな。
今年のお正月もゴールデンウィークも帰らなかったもんな。
でもそれももう終わり。
そういえば、婚姻届け私が引っ越す日に出すと米田さんは言った。
だとしたら今私達はもう既に夫婦じゃないのだろうか?
結婚してたことすらなかったことにしますと言っているんだからそうなのかもしれない。
電話して聞いてみようかな。
今私達はどういう状態なのですかと。
完全に赤の他人の二人が一緒に住んでいるのかと。
別にもう何もしていない。
婚姻管理局から帰ったその夜から私が鏡台を置いた寝室の二人で寝ていたダブルベッドで寝て、彼は自分の部屋のセミダブルベッドで寝ている。
一緒に食事をしているだけで、何も疚しいことなんかない。
でも、変なの。
ついこの間まで夫婦だと、定められた相手だと信じ込んでいたのに、将来があると思い込んでいたのに、今は恐らく手に触れることすらいけないことに思われた。
結婚していてことがなかったことにされるなら、私達は元夫婦にすらなれないから、実際は他人だ。
すれ違っても記憶に残らず通り過ぎていく自分以外の誰か。
この一年以上の時間を誰よりも濃密に過ごしてきたはずなのに。
この一年は何だったんだろう。
不思議なほど疑ったりしなかった。
だってフェイト・システムがそう言ったから。
私達はお似合いの番では決してなかったけど、間違いなどあるはずないって思ってた。
だって人間のすることなら間違いも起こりそうなものだけど、フェイト・システムはスーパーコンピューターだ。
それなのに十件も起きてるなんて。
皆どういう気持ちでこれを消化していったのだろう。
新しい相手に尽くすことで?
一年ですらこれなのに、子供がいる人とか本当にどうしたんだろう。
でも、皆受け入れてういったんだろうな。
だって仕方がない。
間違い、これこそが運命だったのかもしれない。
この結婚生活は非日常そのものだった。
一年暮らしても慣れない、スマホ見ながら行っても目的地に中々たどり着かない京都の街。
そうだ、毎日が探検だった。新鮮だった。自分の住んでるとこって感じがしなかった。
ふわふわと地に足がつかず、いつも誰かの物語の舞台を追体験しているみたいだった。
彦根はそうはならないだろう。
彦根こそが私の定められた地だったのだから。
明日こそ理さんに電話しようと決意し、広すぎるベッドに身を沈ませ、真ん中で思い切り仰向けで眠った。昨日の夜と違って違和感を感じることはなかった。




