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「ねえ、男の人に電話するのってどうするの?」
「知らないよ。私に聞く?」
夫がお風呂に入ったので急いで空ちゃんに電話した。
私は今までの人生で夫以外の男の人に電話したことがない。
だっていつか好きになった人じゃない人と結婚するんだと思うと、別れるって最初からわかっているのに誰かと付き合う気になんかなれなかったし、そんな気持ちを誰かに抱いたりすることができなかった。
でもこれはほとんどの日本人がそうだと思う。
恋をするというのは選ばれた一部の人間だけ。
もしくは物語の主人公。
この国には恋の話が溢れている。
漫画もアニメもドラマも映画も。
皆登場人物は恋をしている。
巨大ロボットに搭乗するパイロットがコクピットで叫ぶのはヒロインの名前だし。
全国大会で優勝すると誓うのはヒロインにだ。
戦いの中にしか自らを置いておけなかった兵士が武器を捨てるのはヒロインのためにだし、何度も時間を巻き戻して救おうとするのは愛する人だけだ。
宇宙だって、放課後の図書室だって、向かいのホームだって、田舎のあぜ道だって、世界がゾンビに溢れていたって、人が二人もいれば、春夏秋冬、恋だけは溢れている。
そう、恋とは本来非日常。
普通に生きていて起こりうることではないのだ。
「引っ越しの相談をしなきならないんだけど、何て言って電話したらいいのかなって」
「そのままでしょ?引っ越しのご相談でお電話しましたでいいんじゃないの?」
「女の方からするのって引く?」
「引かないよ。ねえ、夫婦になるんだよ。初めての彼氏か。女子高生じゃないんだから」
「初めての彼氏とか私達そう言うのなかったじゃない」
「なかったねー。あったほうが良かった?」
「うーん、いらないかな」
「私もいらない。思い出とか必要ないし。どうせ最後に見る走馬灯も歴代はまったキャラでしょ?インフルエンザなった時そうだったわ。でも旦那も同じこと言ってた。歴代はまった百合カプ思い出してたって」
「そうなるよね。絶対そう。推しのユニソンサビメドレーしちゃう」
「声優しりとりかも」
「やったねー」
「相手決まるまではよく言ってたよね。声優だったらどうしようって」
「言ってた言ってた。石原さんも上野さんも結婚してたからあれだったけど、アイロー声優独身いっぱいいたから怖かったよね」
「もし結婚できたらそりゃ嬉しいだろうけど、遠い世界にいてほしいって気持ちのほうが強いよね。ステージにいる君を見ていたいっていうね」
「そうそう」
「京都出るんなら十二月のライブビューイングに大阪来る?」
「あー、どうしよう?」
「旦那さん次第?でもそんなに気使わなくていいんじゃない?旦那さんの休み出かけられないんじゃ、イベントなんか一生行けなくなっちゃうよ」
「うん、そうだね」
「ごめん、電話だったね。別にそんな深く考えないでかけてみなよ」
「うん、ごめんね。ありがとう」
「こんなこと言いたくないけど、変な人だったら実家帰っちゃってもいいと思うよ。別居してる人いっぱいいるじゃない。二組の後藤美里っていたじゃない。背高くて、すっごい美人な子」
「いたねー。生徒会長でしょ?」
「そうそう。実家帰って来てるらしいよ。お母さん言ってた」
「何で?」
「旦那碌でもなかったんじゃない。引きこもってるらしいよ」
「あんなに綺麗だったのにね」
「このシステムガバガバだもんね。相手がまともな人間である前提でやってるわけじゃない?」
「うん」
「でもガバガバだから別居してようが罰則規定があるわけじゃないから結局役所が帳尻合わせてるだけなんだよね」
「芸能人とか別居ばっかだもんね」
毎週のように週刊誌には有名人の不倫のニュースが載っている。
中には政治家も当然いるから、結局自分達が法律違反じゃないでしょ、するために罰する法律を作らないのかもしれない。
「でもたまに神組み合わせあるわけじゃない?この間の神谷奈緒子と松田涼とか」
先月婚約を発表した女優さんと俳優さんだ。
そのニュースがお昼のワイドショーで発表されるとネットはその話で持ち切りとなり、これはいいフェイトがツイッタートレンドずっと一位で、夜の国営放送でもトップニュースで取り上げられた。
若手美人女優さんと若手イケメン俳優さんの組み合わせ。
それも秋には共演映画が二本も公開されるお似合いすぎる二人に、ここまで顔のいい組み合わせあったっけと、私も興奮して夫が帰ってくると遂お帰りなさいの後すぐに神谷奈緒子と松田涼結婚するんですってと言ってしまい、夫に興味ないですと呆れた顔で言われた。
「あの組み合わせが最強かな。びっくりしたもん」
「ね?まあ兎に角変な人だったら逃げることだよ」
「変な感じはしなかったよ。感じのいい人だったし」
「愛人いるかもしれないよ。だって事実上バリキャリとは夫婦じゃなかったんだし」
「そうだね。でもやってみなくちゃわかんないし」
「それはある。こっちはHカップなんだし。いけるいける」
「そう言う問題かなあ?」
「だって嬉しいじゃない?Hカップの嫁なんて。私は嬉しい」
「そうだといいけど」
「まあ、頑張って。健闘を祈る」
「うん」
結局何も有効な手立ては見つからなかったけど、これから五十年以上一緒に暮らすことを考えるとあんまり深く考えるのも良くないのかもしれない。
そういえば夫は初めて電話してきてくれた時何て言ったのだろう?




