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Faith  作者: 桧山 紗綺


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29/41

29 それぞれのために

 レイフィールドに行くと言ってからわずか半日後には船にいた。

「流石レイドですね。 用意がいい」

 元々は一晩休んだら船に乗せるつもりだったのだろう。準備が早いのもうなずける。

「いえ…」

 てっきり、お褒めに与り光栄です、とでも返ってくるかと思っていたのだけれど、レイドの反応は予想とは違うものだった。

 何かを考え込んでいるような…。落ち込んでいる、という表現が近いかもしれない。

「どうかしましたか?」

 アーリアが声を掛けても反応は鈍かった。

「…」

 海に目を向けると波が光を反射してまぶしいくらい。

 天気にも恵まれてよかった。悪くてもレイフィールドまで丸一日かからないので、余程の天候でない限りは出港したと思うけど。

「姫…」

 レイドが口を開いた。その声にはやはり覇気がない。

「なんですか?」

 様子がおかしいことには触れずに返事を返す。

「姫は今までどういう風にお過ごしでしたか?」

 問いは意外なものだった。こちらではなく海を見ているので表情はよくわからない。

 瞳が見えないし、彼のような人間の心情は読みづらいが、声は真剣そうだった。

「調べてあるのでは?」

 そのようなことを言っていたし、そうでなければアーリアの所在などわからなかったはずだ。もしかしたらジェラールが話したのかもしれないが。

「姫の口から聞きたいのです」

 いやに真面目な口調で言われた。断る理由もないので素直に答える。

「そうですね…」

 来歴などは知っているだろうから何を離せばいいのか。

 見上げた空は本当に蒼い。ジェラールと一緒にこの国に来た時もこんな空だった。

 瞳を閉じるとその日が思い出される。

「この海を向こうに渡ったときは、私はまだ何もできない子供でした」

 力も、知恵も、本当に何一つ持っていなかった。

「ジェラールが私を騎士団に連れ帰ったとき、団長を含め団員のみんなは反対しました。

 当然ですよね。 子供とはいえ戦争状態にあった国の、それも自分たちが壊滅状態に陥った原因の街の人間ですもの」

 いまでも覚えている。傷だらけの姿を。私を見る目は厳しいものだったけれど、それを抑えようとしていたのが当時の私にもわかった。

 怒り、憎しみに満ちた目が私の目と合った瞬間、申し訳なさそうに伏せられる。

 優しい人たちを困らせているのはわかった。ここに居るべきでないのも。

「それでも私は騎士団に残りました」

 アーリアの意思というよりはどこにも預けられなかった苦肉の策だったのだろう。

 あの頃は孤児院や救護院は人が溢れていたし、戦争直後のことで、他国の人間だとわかったら子供といえども厳しい目で見られることは免れなかった。

「足手まといと言われないように、必死でした」

 レイドにもきっとわかるだろう。私よりいくらか年上みたいだけれど、当時は彼も子供だった。真っ当な親がいれば、彼もこんな商売に足を踏み入れはしなかったはずだ。

「タダ飯喰らいと言われるのが怖くて、自ら雑用をしたり…」

 いつの間にかレイドがこちらを見ていた。真摯な瞳はアーリアの言葉を聞き落さないようにしているみたいだ。

「結局そんなことはなかったんですけどね。 みんな優しくて」

 時折瞳に複雑な色が見えても冷たくされたことはなかった。

 ご飯も寝る場所にも不自由しなかったのは、騎士団のみんなのおかげ。

「護身術と称して武術を教えてもらって、それからひと月後くらいに捕り物現場に行ったんです」

「よく、許されましたね…」

 レイドが驚きの混じった声で言う。呆れも混じっていた気がする。

「許されたわけじゃありません、勝手について行ったんです。

 みんなの話からどこに行くかはわかりましたから先回りして根城に忍び込んで、そこで犯人に捕まったんです」

 レイドが絶句した。幼い子供の冒険譚として片づけるには危険すぎる行為だった。

「わざとですけどね。 私に気を取られている間にジェラールたちが突入してきて、犯人は私を人質にする間もなく御用になりました」

「怒られませんでしたか?」

「それは怒られましたよ。 ジェラールをはじめ団長にも他のみんなにも」

 思い出すと笑みがこぼれてくる。

「みんな真剣な顔で、顔を真っ赤にして怒ったり、逆に青い顔で諭してくれたり。 愛されてるなぁ、って思いました」

 そのときに気が付いた。誰も最初のような瞳で見ていないことに。

 本気で心配してくれて、怒ってくれた。

 だからここに居たいと強く思って、さらに努力を重ねた。

「いつの間にかあそこは家になっていたんです」

 居ていい場所に。

 だからその場所のために生きてきた。

「私の後に入ってきた子たちが騎士として認められて騎士団のために任務に就くのが羨ましかった」

 エリクやフレッドもまだ見習いだが、いずれ騎士として認められる。

 正式に騎士になるには国王陛下に叙任される必要がある。形式的な物ではあったが、孤児であるアーリアが受けるには難しかった。ましてアーリアは他国の生まれだ。隠して位を授かればいずれ大きな問題になり、アーリアだけでなく騎士団が責任を問われる。

 それは看過できなかった。

「叙任することは考えませんでした。 私の立場では難しいことはわかっていましたから。

 それに、認められなければ騎士になれないだけでなく、騎士団を出て行かなければならない可能性もあったので」

 不適切な人間が騎士団内に居る。そう知られればアーリアは騎士団を出て行かざるを得ない。

 家を失うことだけはどうしても嫌だった。

「隠れて生きることを辛いと思ったことがなかったわけではないでしょう」

 断定する言い方でレイドが問いを向ける。

 彼にも心当たりのある感情なのかもしれない。

「全くないと言ったら、それは嘘になりますね。

 小さいときはみんなが任務のときは一人で待ってなきゃいけなかったし、レイフィールドの人間だと知れるのが怖くて、騎士団の外に友達を作ることも出来なかった」

 レイドの瞳をまっすぐに見て答える。

「でも、いいと思えるようになりました。 大事な物の順番がわかるようになってからは」

 アーリアにとって一番大事なのは騎士団で、そこにいる家族のことだった。

 無くしたくないものは決まっていて、そのために他を諦めることは苦ではなかった。何もかもを得ることは出来ないのだから。

「だから、後悔はしていません」

 今も。大切だから、そのためにアーリアは行動している。

「この航海のことも?」

「ええ、もちろん! 騎士団のために私ができることがあるのなら、躊躇ったりはしません」

 痛まし気な表情、瞳に宿るのはそれだけではない羨望が見えた。

「あなたは…、すごいですね。 私には真似できそうもない」

 アーリアを見ていた目が海に戻される。

「私はそこまで思いきれません。

 最善だと思った道を選んでいるのに、それでいいのかと迷いと後悔ばかりが頭を占めて…」

 淡々と弱音を吐露する彼は、素の顔を見せていた。自分を隠して取り繕うことを忘れたみたいに。

「大丈夫ですよ、レイド」

 微笑んで言い切った。

「大切なものが見えているのなら、いくら迷おうとも大丈夫です」

 にっこりと笑うとレイドが息を呑んだ。純粋に驚いた顔を見せるレイドに笑顔のまま口を開く。

「あなたはあなたの守りたいものの為にまっすぐに動けばいい」

 レイドがはっとしたように顔を上げる。迷う必要なんてどこにもない。

 誰もが自分の大事なもののために生きているのだから。

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