2 某時代劇代官のように身ぐるみ剥がす、簡単なお仕事です。
この場所でアッサリ出会った人が死体だった件。
かなりガックリきたが、それはそれで仕方がない。移動は出来なくなったが問題ないかと気を取り直す。
むしろ死んでて良かったかもしれない、危害を加えられない分良かったと思うことにしよう。
ムックリと身を起こし隣に転がる屍へと目を向けた。
よし、剥ごうか。
両腕しか使えず、位置も自由に変えられない身では身ぐるみ剥ぐのは重労働。しかし苦労する価値はあると思われる。
剥いだ結果。
この男、金髪碧眼野郎共の同郷だと思われます。
まず初めに全身あらゆる箇所に刺さりまくった蔓を抜きます。下ごしらえは基本中の基本ですね、丁寧に行いましょう。
そして革鎧、剥ぐのに骨が折れます。どこから解けばいいのかサッパリ分からず仕方なしに継ぎ目の部分にある紐を切って剥ぎ剥ぎ。きっちりと重ねて置くのがポイントです。
次に着けている服を切り裂いて剥ぎ剥ぎ。今の俺には患部を包む布が大量に必要なのです、はい。
手甲や肩あても勿論頂戴いたしました、着ける予定はありませんがねっ。
上半身を裸にしたら次はいよいよお楽しみの下半身です!
はて、如何わしい台詞のような気がするのは気のせいだろうか?
戦友達の笑い声が聞こえる気がする、幻聴か?
首を傾げながらも這いずり足元へと移動して身を起こす。
さて、気を取り直して下半身に参りたいと思います。
まずはベルトを剥ぎ剥ぎ。締める物は最早必要ありませんし剥ぎにくいですからね、一番に剥ぐべき品でしょう。さて検分…と。
あった、ありました!
革鎧から予想してはいましたが案の定腰のベルトに結わえられていたのは大型ナイフ。
色といい形といい、まさに俺が拝借していた品と同じ物のようです!
なんということでしょう、こんなところでも武器を手に入れることが出来ました。
余程縁があるのか四度目の再会、このナイフには何やら運命を感じますね‼
しかし他に目ぼしい物はありません、残念ながら剣はなく鞘のみありました。有り難く添え木の代わりに使わせていただきましょう。
次に盗るのは腰を防御する品でしょうか?
名称は分かりませんがベルトの下に腰巻のような布に縫い付け巻いてあるようです。
出来れば男を転がして「あーれー」な展開と共に剥ぎ取りたいところですが残念、今の俺は立てません。
力任せに引っ張ってクルクルさせる代官の真似は諦めましょう。
次回に期待しようと思います。
おっと、この腰回りを護る革鎧の裏側に何かが多数括りつけられています。
これは何でしょうか?
じっくり観察してみましょう…。
なるほど、暗器のようです。先端が尖っていて手元には握り込めるよう曲げてあります。全体的に重量があり、相手に刺さして使用する形状に見えますし、投げて良し握って良しの逸品と思われます。
なかなか侮れない男だったようです、実に恐ろしい。
次に剥ぐのは当然膝と脛当てですが特別気にするようなものはないと…。
前言撤回します、脛当ての裏側にも針のような暗器が仕込んでありました。
なんという恐ろしい男でしょう、武器を持っていないと見せかけて全身に暗器を仕込むとは背後から忍び寄る仕置き人のような野郎です。
薬か毒も塗ってあるのかもしれません、非力な俺には実に良い手だと思われます。
是非見習いましょう、そしてこれらの品はいつか役立てて見せましょう。成仏しろよ?
さて次は布の回収です。
ズボンには金具一つついていませんね、やはり腰巻と一体化しています。滑らないよう押さえて一気に脱がせた方が良いでしょうか?
……はっ!
ローションに塗れた男(の屍)を押さえつけて衣服を剥ぐ!?
なんというシュチュエーション!全く萌えません‼
だがしかし可愛い女の子を剥ぐ状況を考えると、こちらの方が断然燃える気がします。
男の方が燃えるとは、やはり俺も女ということなのでしょうか。
泣き叫び、許しを乞うがいいと声を大にして罵ってやりたい側ですがね!
さてお仕事にかかりましょうか、剥ぎ剥ぎ。
おやおや、ズボンの下に下着は履かない派でしたか。体躯に似合わぬ立派なモノをお持ちです。
色と形から判別するに…はっはっは、使う機会がなくて非常に残念でしたね‼
泣かされる可哀想な婦女子が増えなくて俺としては嬉しい限りです。
このズボンはとっておいたほうが良いかもしれません。足の長さは縛れば調整できそうですしウエストサイズも巻き形状なら問題ありません。着替えとして重宝しそうですので息子の分と合わせて二、三着は欲しいところです。
ふう、これで完了ですか。
実に良いお仕事をしました!
胸の内で実況をかましつつ自分を励まし作業を終えて、額に流れる汗を拭う。結構体力がいったし時間もかかった。
途中で僅かな痛みが走り何度か蔓の汁も舐める事態になったが収穫は大きい。
さっそく鞘と布で片足の固定を始める。
なるべく真っ直ぐになるように外側へと鞘を当て要所要所を縛っておき、包帯状へと切り裂いた服を巻いていく。肉に食い込み骨に破られたズボンを付け根近くで切り取って丹念に取り除き、形を整えつつ体からはみ出した骨を足の内側へと戻すように…押し込みながら。
「…っ、…ぐぅっ」
口に食んだ次の包帯を噛み締め、痛みに漏れる声を殺しながら淡々と作業を続けていく。
消毒すらできないから感染症が心配だが、まずは動けるようにならなくてはならない。骨を突きだしたまま引きずって、何処かの窪みに引っ掛かり悶絶とかゴメンだもんな。
一度手を離したら二度と触れたくなくなりそうなくらい痛いが我慢だ。
汁を摂取していても始めに感じる痛みは変わりなく、疼痛以外に効果は薄いようだ。
それでも有るだけマシだろう、なければ触れずとものたうち回って絶叫しているはずだから。
巻き終えて次に添えるのは脛当て、これも固定に役立つ。
足の形に添って作られている物だから、自分に合っていなくても形を整えるのには役に立つ。膝の関節はどうすることもできないが、枝を見つけてから固定するようにしよう。
青息吐息になりながらも作業を終えてグッタリと屍の横に転がれば、屍は恨めしそうにこちらへと濁り切った瞳を向けていた。
その瞳も片方のみだ。
もう片方は食い千切られていた。
頭蓋骨の左上半分がなく完璧な致命傷、だから液体に浸されて痛みを軽減されていても死ぬ。
浸される前には死んでいたのだろう。
液体を管理する奴はいないのか?
入れる前に気づきそうなものなのに。
ローションに塗れて空気に触れていないからか、血臭も生臭さも感じなかったのが幸いだ。
そういえば金髪碧眼野郎共は背負い袋をしょってた、こいつはないな。
連れてこられる前に落としたのか、それともローションの波に呑まれて別の方向へ流されたのか。
探してみた方がよさそうだ、何か入っているかもしれない。
食料や水も期待できるかもしれないし添え木になりそうな品も有るかもしれない。ひょっとしたら薬もあるかも!
思いついた可能性に気合を入れて蔓を胸元に押し込み、ほふく前進の要領で移動を始める。
足を固定したおかげで尾を引く蛇のように移動することが出来るようになった。
足の付け根が生きているのが良かったのだろう、重心の移動がすごく楽なのだが、この床結構這いづらい。
なんか凹凸があるなー…と拾い上げてみて後悔した。
紛うことなき、骨です。
なにかラップのような物に包まれた骨でした。
ピンピンと紐のような物が付いていますが、これは確実に干からびた蔓でしょう。俺や男の屍と同じく蔓が突き刺さっていたと思われる。
速攻で投げ捨て、男が入っていたであろう物に近づき身を起こして眺める。
下から見上げることしかできないし下の部分しか調べられないが、これは。
「蔓、だな」
天井から地面まで貫くように伸びる物は、蔓を何倍にもした太さで表面も限りなく薄くなっていたが同じ植物だとかろうじて分かる。
破れてしまって残った液体は少ないが手を突っ込んでみれば痺れる感覚、これも蔓と同じ。
蔓の中で蔓が満たす液体の中に浸されていた、ということか。
となると、体に蔓が刺さっていた理由は。
「食用ということですね、分かります」
なんだかストンと腑におちた。
生きている動物や人間がいないはずだ、ここはあの十八禁植物の食糧倉庫のような場所なのだろう。
無力なものを生かすなどという優しさを自然が持ち合わせているはずがない。俺はここで生きながら食われている真っ最中だった訳だ。
生きたまま捕獲し体内に蔓を侵入させて体液を啜り、栄養を得る。
恐らく呼吸が出来る口元のあれも蔓の一種で、呼吸させ水分を与えて出来るだけ生かし代謝を行わせて食っているのだろう。
獣の少ない森だなとは思っていた。
滅多に捕えられない獲物なら捕えたまま生存させて長い時間をかけて食うように進化したと考えられる。
俺がロープに使う為に切ってた蔓も生物を捕まえる為のものだったのだろう、道理で異様に絡み捕るような動きをしていたはずだ。
あの十八禁植物が落ちて死にかけていた俺という獲物を発見。
いそいそと倉庫に入れて痛みを消す作用を持つ己の体内に取り込み、液体に浸しつつ命を長らえさせて美味しく頂いていたということだ。
そのおかげで俺は助かったのかと思うと少々複雑な気分だが理解出来れば十分だ。
同じように膨れた蔓の中には俺にも食えるモノがあるかもしれないことが分かったのだから。
たとえ中身が人間でもいい。
死んでいれば同じように剥ぐことが出来るし生きていれば利用できる。
最悪の場合…鮮度が良ければ食うことも出来るわけだし。
まずは荷物を探しつつ蔓の中身を確かめることから始めよう。
ひょっとしたら息子も捕まって浸されている可能性も無きにしも非ず、急ごうか。
ぐるりと見回し最も近い柱を目指して這いずり、床に落ちている物を確かめながら進んでいく。
動物の骨が多いが結構な数の人間も喰えていたらしい、防具や衣服などがラップ状の物に骨と共に朽ちている。
どんな目的があったのかは知らないが金属製の鎧を着けていたような骨まであったが今は無用な品なので着られそうな服だけ盗って、あとは放置だ。
時折見つける小袋にはパンらしき物体や小瓶が複数入っていたりするので、これはお持ち帰り決定。
腰のベルトに結わえて更に這いずり進んでいく。
金属の板が吊るされた紐や硬貨の入った袋もあったが、ここでは全く使えない。身が重くなるのは勘弁だ、惜しいが放置放置。
ようやく一つ目の柱に到着し、近くの根に似た蔓を握りしめて男から失敬したナイフを突き立て濁流に似たローションの波を耐える。
ズルリと流れ出た中身を視界で捉えて、波が収まってから近くへと移動し確認を行う。
この柱に捕えられていたのは兎モドキだった。
既に朽ちかけていて毛皮以外はブヨブヨ。
中身は蔓に食い荒らされたらしく、これでは食べられないと次の柱に向かって進む。
段々と増えていく衣服と荷物。
取捨択一し衣服は三枚だけ、荷物は食えそうな物と薬らしい小瓶や包みだけと決めた。最も食い物などは手にしても腐っているか、カビてボロボロと崩れてしまうような物しかなかったが。
新しい物を拾っては中身を確認して選び、他の物は棄て、柱を割ってはローションに塗れた物体を確認していく。
生きたまま捕獲するのは難しいようで生きている動物や人間は見当たらない。
何度も何度も繰り返し、どれほどの時間が過ぎただろうか。
ようやく目的のモノを捕えることが出来た。
バタバタと身を捩るのは犬に似た小型の獣。
柱を破りローションと共に流れ出て、生きているのを確認して捕えた。
このローションには意識を混濁させる成分も含まれているらしい、流石十八禁植物は多芸だ。
朦朧としているうちに蔓を使って拘束する、これで完成。
「さて、と…」
ベルトに固定してある鞘からナイフを引き抜き勢いよく振り上げて降ろす。
「グルゥアァァァァッッ!」
突然身に降りかかった痛みに怒りの方向を上げて獣はこちらを見上げるが、これで終わりじゃない。
時間を掛けて探して、ようやく見つけた生きているモノだ。
しっかり確認させてもらわないと割に合わない。
肩に背負っていた袋を降ろし、中の小瓶を取り出した。
大小様々、色も様々。用途がさっぱり分からない液体が詰まった小瓶を床に並べて一つを手に取る。
「試させてもらうぜ、悪く思うな?」
食われるはずだったところを助けたんだから、協力したって罰は当たらないだろう?
そう囁いて液体を振りかければ絶叫に似た咆哮が上がる。
失敗だったか?
使えない品だったのか、傷口が紫色に腫れあがっている。
大丈夫大丈夫、まだまだ沢山あるからな?