4 こんばんわ、村人さん。けれど早く息子の布団に戻りたいのが俺の正直な気持ちです。
おお…。
第一村人発見。
遭遇が森の中だから森人か?
いや違うだろ。
落ち着け、動揺するな。
窪みに向かっていて森に背を向けていたからか考え事にのめりこんでいたのか、全く気付かなかった。
あちらもあちらで混乱しているようで目を零れ落ちそうなほど見開いているが数瞬で我に返ったのか、きつい視線を向けてきた。ヤバイ、不審者だと思われた?
男の背後からは草を踏み分けて近づく音が微かに聴こえてくる、獣が生息している山の中で足音を消す技術を持っているのかもしれない。その可能性は考えてなかった、狩りに必要な技術だというのに…いつもながら俺ってどこか抜けてる。
誤解を解こうと慌てて立ち上がれば更に身構えられてしまう。
ええー…?俺にどうしろと。
口を開けば足を一歩踏み出され、喋ろうが動こうが襲い掛かってきそうな眼光に迂闊に動けず互いに静止状態。仕方なく観察しているのだが…着ている物が変だ。
金髪碧眼は理解できる、案の定ここは日本じゃなかったというだけのことだ。
服装も山で違和感がないよう考えられたと思われる焦げ茶色、キッチリとした詰襟の制服のような物。日本では見かけない型だが海外なら独自の服装を持つ部族もある。
だが、その上に身につけているのは…鎧、なのか?
知ってる、見たことがあるぞ?
鈍い光沢を放つのは肩当て、胸当てもしてるし鉄の鉢巻きに手甲に膝当てまで…コスプレが趣味ですか?
あれ?冷静になったはずなのに、なんか更に混乱してきた。
なんで革鎧なんて着けてんだ、ここは比較的安全な山じゃないのか?
身を守るにしたって防弾チョッキとかあるだろうに何故革鎧一択なんだ。コスプレサバイバルゲームでもやっているのだろうか、聞いたこともないが。
観察を続けるうちに木々の間から姿を現したのは五人の男、月光以外の光源は暗闇に慣れきっていた視界にはキツく目を細める。
やはり同じような衣服、そして革鎧を身に着けていた。
そして背や腰に備えてあるのは恐らく大木に傷を着けた武器、サバイバルゲームにしては物騒すぎる。
鎧や武器に驚きすぎて言葉も出ないでいれば現れた五人の内の一人が睨む男へと声をかけた。
「…何者だ?」
「分かりません、到着した時には既に居ました」
「あんな軽装で女が一人?」
「武器を持っています、気を付けてください」
武器って、この角の事か!?
捨てた方がいいのだろうが相手が安全かどうかも分からない状況で捨てたくはない、現在進行形で睨みつけられているんだし。
しかし言葉が通じる、なら状況を話して説得も出来ると安堵し腰のベルトに角を差すと睨む男と共に五人にも身構えられてしまう。
俺って、そんな狂暴に見えるんだろうか?かなり凹むんだが。
とりあえず武器は持っていないし害意はないとジェスチャーで示すべく両手のひらを肩の位置まで上げたのだが、更に武器まで抜かれてしまった。
何でだ。
虎の隣に潜り込んで頬っぺたスリスリしたい、母ちゃんはもう心が折れそうです。
気を取り直しジェスチャーでは理解を得られなかった為、次の手段。話しかけてみようと口を開くと眩いものが迫っていた。
「!?」
反射的に横へと身を翻せばソレは水場の壁面へと突っ込み崖を削り大量の土砂を撒き散らす。
なんだ?何やった!
銃とか持ってたのか?重火器か!?
後ろは崖しかなかった、確実に俺狙ったろ。
超危険じゃん、避けなかったら死んでたぞ…何考えてんだ!!
六人は少し目を離した隙に散り、周囲を囲むように此方へと向いている。
「こいつ、避けたぞ」
「避けるに決まってんじゃん!?死ぬとこだったんだぞ!!」
「何か唸ってるぞ!」
「唸ってるってなんだ、喋ってんだよ!」
何て失礼な奴等だ!と憤慨しつつも抜けられる場所を探して目を走らせた。唯一ストールらしき薄布を巻いてる奴がいる、あいつの横なら抜けられそうだと目をつけたところで思わぬ言葉が耳に入った。
「この女が何て言ってるか分かる奴、居るか」
「分かりません」
「この大陸の言葉ではないようです」
「鳴き声みたいだよなぁ…よっと!」
答えながらも武器を振りかぶってくる、逃げないと。
次々と降り下ろされる刃をアタフタしながら避ける、避ける、避け…キリないじゃん!?しかも喋りながらとか余裕だな、おい!こちとらいっぱいいっぱいですよ!?
しかも刃は全て完全に頭部か胴体を狙っているのだから避けるの超必死。何なのコイツら、殺す気なの!?
「こんな森の奥に女一人とは怪し過ぎます」
「何処の種族でも見られたからには生かしておけんな」
「首掻っ切るくらいはしときますか」
めちゃめちゃ殺す気だったわ、こんちきしょう!
どおりで太刀筋に戸惑いがない訳だ、知りたくなかったけど!!
相手が殺す気ならこの場に留まる意味がない、速攻で逃げて隠れる!!
息子が寝ている方向には逃げたくない。
何とかかわしきり元来た森を走り始めるが奴等は執念深いようだ、追って来んな。
囲みを抜けられた時点で諦めろよ、全く!
全く知らない場所を逃げるのは得策じゃない、迷ってしまう。方向感覚を失った挙げ句奴等の目の前に出たりしたら一貫の終わりだと奴等との間に木を挟むようにしながら今朝知ったばかりの場所を駆け抜ける。
息子を連れていたから迂回したが位置関係は把握している、距離が稼げれば撒くことも出来るはず。
案の定、奴等は頂上へ至る場所は初めてのようだ。凹凸に対応しきれず一人が躓けば叱責が飛んでいる、相当頭にきているらしい。
こりゃ捕まれば確実に殺されそうだな。
背中に冷たい汗が伝うのを感じながら駆ければ目的地は直ぐそこだ。目の前を塞ぐ倒木、並の木ではなくそびえる壁のような幹だ。
息子と通った時は苦労したっけなぁ…と振り返りながらも角を抜き近くにある石目掛けて跳び上がる。片足をかければ踏み込み次の岩へ、その岩も蹴りつけ間近に迫った倒木へと角を突き立てる。勢いを殺さず幹を駆け上がるように倒木の上へと登りきり、一気に飛び降り雑草の海へ着地と同時に横へと転がる。なんちゃって受け身は成功のようだ、どこも痛くない。
「くそっ、登れる場所を探せ!」
「何て身軽さだ!!」
ふはは、伊達に小学で小猿と呼ばちゃいないぜ!
めちゃ怖かったけどなぁっ!!
今のうちにと距離を稼ぎ、崖がある左へ迂回しながら茂みへと突入、枝を掻き分けつつ倒木へと近付く。ここが息子と通った経路、実は木の下を抜けられるトコがあるんだよーん。
このトンネルを探すのには、えらい時間かかったもんだ。息子の手を引きつつアッチコッチ、大回りして倒木づたいに進むしかないかと諦めかけたところで虎が見つけてくれたんだ。
熊が住んでそうな穴蔵に見えたからビビったが昼間なら覗き込めばあちら側の陽が見える。月夜では茂みに紛れて存在自体気付かないだろう、時間が経っても見つけられなければ諦めるはず。水場も埋まってしまったから留まれないし…虎が起きてしまう前に帰れるといいなぁ。
深く深ーく溜め息を吐いて幹へと手をかけたのだが次の瞬間には背後で爆音が響き、次いで襲ったのは爆風。
反射的に目を閉じ頭を庇ったたものの風に抗うことは出来ず地に投げ出され息が止まる。全身を打ち付けながら転がされたせいだろうか、特に背中が痛い。
「…あ、ぶなっ」
「ちっ、また避けたか」
ぼやけた視界の中で頭上から降り注ぐ月明かりが翳るのみ気付き咄嗟に転がる。降ってきた剣は切っ先が土へと突き刺し動きを止めた。視界に広がっていたはずの光景は一変している、これまでは緑一色だったのに辺り一面が茶色と赤に染まっていた。
周囲を覆っていた茂みが消え剥き出された大地と枝は所々燃えている。その明かりに照らされて浮かび上がる男の顔には驚愕が張り付いていた。避けられるとは思っておらず力任せに振り下ろした剣は深々と刺さっていてなかなか抜けないらしい、今の内に幹の下へ潜り込もうと視線を移せば穴がある方向には五つの影。
「俺にこれを使わせるとは、褒めてやるぞ小娘」
「誰が小娘か、自慢にもならないが俺は立派なおばちゃんだ!」
ストールを巻いた男の言葉に反射的に反抗しつつ視線は外さない、というか外せない。
あれは何なんだ、松明?
なんで掲げた枝の上空に炎が燃えてるんだろう、熱くない?
燃え盛る炎は男達の姿を細部まで見せてくれた。ストール野郎が掲げるのは腕くらいの長さの枝、一人は大剣、両手剣が二人、弓が一人、金髪碧眼野郎はナイフか。うん、圧倒的に不利だね!!こっちは武器らしい武器もない、あっても人数からして押し負ける、不利過ぎて泣ける。
「音しか出さないな、言葉が話せんか」
「情報くらい持って帰りたかったんですけどね」
「仲間を呼ばれても面倒です、さっさと片付けましょう」
話の流れ的に再開する気だと悟り大剣に固執している男の腰を狙い体当たりをかければ抜くために偏っていたバランスを崩して倒れた、その隙にと駆け出す先は最初に立っていた崖だ。
まだかなり距離があり隠れるポイントもある、何とかこの場は逃げ切って隠れようと考えていたのに金髪碧眼が定めていた経路に立ち塞がった。
コイツ、山道に慣れてる!?
身軽な俺と違い荷を負っているし革鎧もある、動きにくいはずだぞ!
慌てて方向を変えて近づくことは避けたが方向がマズイ、けどこっちにしか道がない‼
この先は崖だ、あの崖の側面しかない。崖は山が大幅に削れたような形になっていて山の傾斜に添って崖が連なっておりクライミングの装備がなくては素人に降りられるような場所はなかった、けれど足を止めれば奴等に追いつかれる。内心では号泣だ、どうしろってんだよ!
何やら男の朗々とした声がして背後に燃え盛る音と熱を感じて飛び退けば真横を炎の塊が通り過ぎ、間近にあった木へとぶち当たる。木片が爆風と共に飛び散り、体に刺さる感覚と共に地面へと転がされた。足を止めれば殺される、その一念でふらつきながらも身を起こしたが目の前には拓けた景色が広がっていた。
振り返れば六人の男、崖下の再現かよ。
森の中に逃げ込みたいが後ろは崖、前方には幅を狭めて囲む奴等、万事休す。
「逃げ場はないぞ」
「…」
「喋らないな、コイツ」
角を握りしめながら隙を伺う。一度逃げられて学んだのか距離が縮まっているし唯一貧弱そうなストール野郎は訳の分からない武器を使うし油断できず、金髪碧眼野郎は早い。
飛び道具も気を付けなきゃいけない、ああ…何でこんなことになったんだろう。
「俺が何したってんだ」
聞こえるように疑問を投げ掛けても奴等は首を捻るばかりで俺の言ってることが全然理解出来てないみたいだ。薄々気付いていたが俺の言葉、コイツらが使っているものとは全く違うんじゃないだろうか。俺に奴等の言語は聞きとれるが奴等には分からない、そういうことじゃないだろうか。理屈はサッパリ分からないが。
話し合いは無理だ。ジェスチャーで理解を得るなんて悠長なこと言っていられる状況じゃない。コイツらは殺しに来てる、俺は逃げたい。怪我させたら完全に敵対してると思われるだろうがコイツらは始めから殺る気なんだ、殺意を向ける奴等に殺意を持って何が悪い。そういうことだ、切り替えろ俺。
握っているのは大型のナイフ、体当たりした時に目に入ったから引き抜いたものだ。大剣を持った男が驚いて自分の腰を確認し顔を赤らめているが知ったこっちゃない。ベルトに戻した角の位置も確かめる。
武器は二つ、倒すなんてことは出来ないだろうが近づくなら怪我させて逃げる。追って来られなくするんだ、足を狙おう、奴等はデカいから俺の方が小回りが利く。上手くやれる等と自分を納得させようとするが震える腕は止められず歯の根は鳴るし足だって上手く力が入らず浮いているような感覚。
こちらが怯えているのが分かったのだろう、失笑している奴もいる。当たり前だ、人を相手に意識して行う命のやり取りなど日本に住んでいればほぼ無関係で一生を終えるのだから。
だが覚悟を決める時間など相手は待ってくれない。
視界の一角を占めた男が弓につがえた矢を離すのを視界に捉える。
同時に動き出したのは両手剣を持つ男、当然ながら射出された矢よりも遅く避ける俺を狙ってのものだろう。体勢を崩したところを切り殺す、常套だ…ゲームの対人戦では。
分かっているのに動けない。
見えているのに頭の中は真っ白で、避けなくてはいけないことだけは分かる。
矢が来る、剣も迫る、手足は震えて動けなくてどうすれば良いのかも分からない、どうしよう、どうしようどうしようどうしよう!