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2 不思議植物を発見しました、けれど息子には触らせないと断言します。

崖から離れて森の中を二人で枯れた小枝を拾いながら進んでいく。

息子は遠足気分のようで鼻歌交じり、愛らしい声で歌われる童謡に共に歌いながら下るのは崖から離れた傾斜だ。

残念ながらあの崖は広範囲にわたっているようで、確認出来る範囲ではこちら側にしか下れるルートが存在しなかった。

長い木切れを探して鬱蒼と茂った雑草を掻き分けながら進むのは骨が折れる作業だ、しかし油断するわけにはいかない。

毒蛇に噛まれても駆け込む病院がどこにあるのかすら分からない、連絡すらつかないのだ。


「虎は俺が守る!!」

「…どうしたの、かぁちゃん?」

「いえ、何でもありません」


いかん、つい息子を守るという使命に興奮して叫んでしまった、自重せねば。

どうも俺は息子のこととなると箍が外れる。

息子について語れと言われれば丸一日語れる自信があると胸を張って言えるだろう。

今夜は寝かさないよ?と耳元で囁いてやれる、あるかないかも不明な色気と共にな!!


………。


何故俺はこうなんだろう、至極真面目にやってるはずなのに何故か笑われる羽目になるんだ。

戦友達にもよく笑われたものだ。

俺は本当に真面目に話している筈なのに大爆笑されることがしばしばあった。

しかも俺の戦友なのに俺の戦友同士が仲良くなって俺について笑い合うとか、どういう苛めだ!?

団結力は文句なしに最高だったが理不尽すぎる!!


怒りに任せて雑草をなぎ倒しながら進むうちに昼を過ぎたようで空腹を訴える息子と共に昼食を取る。

成長期真っ盛りの息子に野菜もちゃんと食べるよう促し、自分は出来るだけ傷まない品を残すようにしつつ代わりに食べるのは途中で収穫しておいたアケビに似た何かだ。

無論毒見済み、木に蔓を巻いていたのでひょっとしてと探ったところ、うまい具合に収穫出来た。

人が通った形跡がない証拠と言える品だがかじられた痕があったし、これまでの道程で少しずつ摂取しておいたが俺自身に異常はない。

猛毒だったから一口で即御陀仏なところだが何もなかったのだから良しとしてもらおう。

豊かな森のようで木々に様々な実が沢山生っていた。

ひょっとしたら食べられるのかもしれないが色といい形といい見たことのない種類ばかり、流石に口にするのは戸惑われる。

集落か何かを見つけられなければ食べなくてはならなくなる、今のうちに少しずつ試しておいた方がいいだろうか。


食休みをとっている間に周囲を探ってみるが目新しい物は見当たらない、相変わらず植物ばかり。

むしろ見飽き初めていたのだが手に取った落ち葉を眺めて、ふと気づく。


「毛?」


葉の裏側に長い毛がふさふさと生えていた。

乾燥地帯では植物に毛が生えることは水分を確保するためにあると聞いたことがあるが、こんな豊かな森に毛の生えた葉を必要とする植物が存在しているなど聞いたことがない。

少なくとも俺の近所で山師をしているオッチャンに聞いたことはなかった、そういう植物の種でも持ち込まれたのだろうか?

それとも風に乗って飛んできたとか?

それにしたって生態に合わない物が生き残るとは思えないし適応するために進化するのなら何百、何千年とかかるはず、人に知られずになどということはないだろう。


ここ、本当に日本か…?


まさか知らないうちに海外旅行とかシャレにならない、言葉が通じないじゃないか。

生粋の日本人なんだ、英語なんて習ってから十何年も経っているし日頃使うような環境になかったから覚えてすらいない。

まさかまさかと必死で否定しつつ手当たり次第に足元の植物を調べ、木々を見回してみるが日本で最も植林されている杉が一本も見当たらない。

柊も檜もなく、すべての気が見たこともなく知らない種類ばかりだ。

人に会ったとしても身振り手振りで何とかするしかないだろう。


「かぁちゃんー、行こうー」

「んー、分かったー。疲れてるだろう?おんぶするから背中乗れ」

「鞄は僕?」

「そう。ちょっと重いけど宜しくな?」


かなーり滅入りながらも息子に情けない姿を見せるわけにはいかず、落ち葉を捨てて立ち上がる。

かなりの距離を歩いた、朝いつもの時間から昼まで息子は弱音も吐かずついてきてくれている。

木に巻き付いていた蔓を扱いて作った簡易ロープを編んで息子の足腰を固定して体に巻き付ける、即席のおんぶ紐だ。

これで両手が空くし棒も振れる、険しい傾斜は抜けたし暫くはなだらかな傾斜が続くだろう。

木々の間から僅かに見える太陽の位置を時計の時間と共に確認しながら息子を背負い下に向かう。


「かぁちゃん、大丈夫?」

「大丈夫だ、まだ体痛くないしな」


背中に乗って嬉しそうだが心配してくれる。

俺の体は弱い。

以前はそうでもなかったが息子を産んでからというもの、めっきり弱くなり壊れ物のようになった。

何かあれば即熱を出す、各所の関節を痛め筋肉が硬直し炎症を起こして動かすだけで激痛を伴うこともしばしば。

なんとかだましだまし仕事をしているのだが動けないことも多く痛み止めは欠かせない、そんな体であることを息子が一番よく知ってくれているから心配してくれるのだろう。

まだまだ甘えたい盛りなのに我慢ばかりさせていると申し訳ない気になるが今は全く体は痛んでいないし熱を出す気配もない、ありがたいことだ。


「虎、ちょっとの間しー、な?」

「しー…」


人差し指を口元に当て静かにするように指示すれば同じく真似をして息子は頷く。

右手に崖を確認しつつ向かうと傾斜はさらになだらかになってきた、そろそろ煙を確認した真下あたりだろうか?

周囲に人影はなく野犬にも会わずに辿り着くことが出来た、そう獣の多い森ではないのかもしれない。

あたりを確認しつつ慎重に歩を進めると雑草が踏みしめられ均された場所があった、ここか。

崖の下に僅かな窪み、雨くらいは凌げそうだし湧き水が溜まった水たまりもある。

火をおこした跡もあるし腰を掛けるのに使ったであろう倒木も火を囲むよう規則的に並べてあった。

結構大人数だったようだし鉢合わせなくて良かったかもしれん、これでも一応女だし未踏の山に入るのは大概男だろうしな。

あらかた確認し終えて危険はないと判断すると息子を下ろし休ませる。

踏み荒らされていない雑草の一角が線を引いたようになっている部分が人が通った跡だ、この先に行ったらしい。

暫くは戻ってこないだろうが水を組み終えたら少し離れた所へ移動するのが無難だろうな、と余った水筒の中身を移して空になったひとつに湧き水を汲み荷に戻す。

小石で遊び出した息子を尻目にひとつだけ気になった木へと視線を移した。


さて、これは何だろう?


幹に縦横斜めに入った切り傷。

大人の男が腕を回しても手が届かないだろう幹に縦横無尽に走ったソレは鋭利な刃物で作られたようだった。

斧ではこんな傷にはならないし鉈とも違う、もっと跡が短く、深くなるはずだ。

チェーンソーならもっと荒い跡がつくだろうしエンジン音など聞こえなかった、いったい何で出来た跡なのだろうか。


「刀とかか?」


テレビの時代劇で藁の人形相手に試し切りをしているのは見たことがあるが似ている気がする、あれを木でやったということなのだろうか。

二、三人が試していたようで大小様々な傷があるが総じて身長が高いらしい、目線の位置に傷があるのだから二m近いのではないだろうか。


「虎ー、そこから動くなよー?何かあったら大声で母ちゃん呼ぶんだぞー」

「分かったー」


いつも通りの良いお返事、聡明な息子マジ愛してる。

常日頃からしている息子自慢を脳内で繰り広げつつ更に足を延ばして周囲を探る、周囲の木に獣のマーキングもなく安全な場所であるらしい。

残念ながら崖下の窪み以外身を隠せるような場所はなかったが、なければ作ればいいのだ。

あれだけ使った跡があるのなら普段から休憩所として使っているのかもしれない、あそこに留まるのは避けたほうがいいと思うし陽も高い今のうちに今夜休める場所を作っておこうと大振りの枝に手を伸ばした。

全く手入れされておらず手の届く位置に無数の枝がある、木登りの要領で良さげな枝に足をかけると全体重を乗せて下へと踏み込めば簡単に折れる。

同じように数本の枝を折り、引きずりながら窪みから少し離れていて様子が見られる場所を探す。


窪みから見て茂みで見づらく此方からは見えるような位置にある木の下に丁度よい茂みを見つけ、その隣へ三角になるよう枝を組み上げた。

簡易テントの骨組みだ。

蔓で固定し崩れないようにしつつ次は壁の代わりになるような葉を探す。

傾斜を下る途中にも里芋の葉のような大振りのものが多かった。

出来れば匂いの強い植物が良い。

もし野生動物が近くに来ても誤魔化せるかもしれないし駄目でも目隠しくらいにはなる、その間に息子を連れて木に登る時間ぐらいは稼げるだろう。


そう熱心に探さなくても匂いの強い葉は見つかった。

土の上に茶色の球根のようなものが盛り上がり、そこから茎が数本生えていた。

葉が大きいせいか茎も太く、風に吹かれてワサワサと葉を揺らしていたので目立っている。


とりあえず一本折ってみようと掴んだが、なかなか折れない外れない…相当根深いようだ。

仕方なくカッターナイフを取り出し根元に刃を入れてみる。

ぶちゅ…っ、と何やら緑色の粘着性のある液体が飛び出した、気持ち悪い。

なんだか液体がかかった手が痺れるような感覚があるが麻薬成分とかないだろうな?

食べるわけじゃないから別にいいんだが息子の体にかからないようにしないとと茎を絞ると液体は大量に流れ出る。

やっぱり気持ち悪いと手を振って液体を振り飛ばしていると球根から生えている葉が体に当たってきた、結構痛い…風が強いのだろうか。

手早く数本あった葉を全て切り終えると茶色の球根は萎れて土と見分けがつかなくなってしまった、不思議な生態をしているようだ。

回収した葉を簡易テントの骨組みにつけたが足りず更に球根を見つけて葉を回収していく。


「かぁちゃーん!」

「どうした虎!!」


回収途中に慌てた息子が駆けて来た、何かあったかと窪みがある場所に目を走らせたが何もいない。

動物に襲われたとかではなさそうだ、大きな虫でもいたのだろうか?

自慢の息子は隠れヘタレ君なので大きなバッタも捕まえられず逃げ帰ってしまう子なのだ。


「なんか大きな音が鳴った!」


真ん丸の大きな瞳を更に丸くしながら報告してくれるが、大きな音?

そんなものは何も聞こえなかった。

作業に夢中になっていたのだろうか?

耳を澄ませてみるが聞こえるのは風で葉が擦れる音と野鳥か獣と思われる鳴き声が遠くに聞こえるのみ、やはり異変はなさそうだ。


「どんな音だ?」

「お客さん来たみたいな音!」

「ピンポーン、みたいな?」

「うん!!」


そんな耳障りな音だったら聞こえないはずはないのだが息子の顔は真剣そのもの。

なんだろう、大人になったら聞こえなくなる類の音があったのだろうか?

母ちゃん知らなかったよ…と逃避している場合じゃない、真剣に見て回ろう。

息子をテントの中に隠し窪み周辺を警戒して回ったが何もなく、荷物をテントまで移動させてから葉の回収に戻ることにした。

完成までもう少し葉が足りない。


「葉っぱを集めてくるけど変な汁が出て汚いから、ここに隠れていてくれ。荷物は任せたぞ?また音がしたら母ちゃんに教えてくれな?」

「うん…」


若干不安そうな息子の視界に入るところにある球根を選んで回収を急いでいると、これまで刈ってきた葉よりも一回り大きな葉を発見した。

球根は二倍近くあり、なんと鞭毛のような蔓がうねっている。

やはり見たことがない植物だ…こんな面白そうな植物ならテレビで特集とかやってそうなんだが。

近づくと蔓が一本絡みつこうと向かってきた。

食虫植物なのかもしれない、絶対に息子は近づけられないな!と向かってきた蔓を鷲掴み根本近くを足で踏みつけてカッターを降り下ろし切断する。

液体を絞り出すのは後回しだ、まずは蔓の回収といこう。

下手すれば息子の教育上宜しくない光景を見せてしまうことになりかねん、この蔓の動き…十八禁な予感がする。

させんよ!?親の威厳がかかってるからな!!

まあ丈夫そうだし簡易ロープにもってこいだろ、全部採っとこう。


先を捉えて始点を止めれば切るのはたやすい。

次々と向かってくる蔓を難なく捉えて引っ張り、伸びきったところを足で踏みつければ簡単に切断できたが球根に生えたままの短くなった蔓が痛々しい。

液体が零れだしてて、なんかのたうち回っているようにも見える。

若干苛めているような気になりつつも葉も茎ごと忘れず回収、あっという間に球根は丸裸になり少し震えたかと思うと中央からパックリ割れた。


あれって割れるもんだったのか!?


これまでと違う様子に驚きつつ観察してみるが以降ぴくりともしないので首を傾げつつ割れた球根に近づくと、そこには黄色の実らしきものが納まっていた。

触れてみると固く、粘着質な液体のように痺れる感覚もない。


「…食えるかな?」


なんだか美味しそうな色をしている。

取れないかと引っ張ってみると簡単に実だけを取り出せた。

黄色のサッカーボール程の実は質量もありカッターの柄で叩いてみると薄い殻を叩いたような音がする、中身が詰まってるといいんだが。


「かぁちゃん、また音鳴ったー‼」

「今か!?」

「今鳴ったー‼」


全然聞こえないんですけど?

本当に幼児にしか聞こえない音だったらどうしよう、母ちゃんには解決できそうにありませんよ!?

いったい何がどうなっているんだと周囲を確認するが、やはり何もなく回収した蔓と葉の液体絞りを終えて息子を宥めながらテントを作り終えた。

かなりの蔓を使ったがなかなかの出来栄え、雨風凌げそうだし表面に枝の葉も被せてあるので目立たない。

ちょっとだけ盛り上がっているくらいで茂みの延長に見える、よしよし。

落ち着ける場所も出来たので中に入り息子の話を聞くと実を取り出したところでチャイムがしたらしい、いったい何の音なのかサッパリ分からない。


「他に気づいたことはないか?母ちゃんには音は聞こえなかったし虎にだけ聞こえるのかもしれないんだ、なんでもいいから思い出して母ちゃんに教えてくれ」

「他の音?」

「音でなくてもいい、ひょっとしたら虎の目には見えているのに母ちゃんには見えていないものがあるかもしれないだろ?」

「えっとね、葉っぱと荷物とーかぁちゃんがいる」

「うん、そうだな。他には何がある?」


きょろきょろと指さしながら周りにあるものを連ねていく息子と見える物は変わらないようだ、と安心した途端意味不明の言葉が飛び出した。


「あと赤い字があるー」


赤い字?

息子が指差した方向を見ても何もなく、木々が見えるのみ。

どこだ?と促すと此方を向いているのに「ここ」と一点指差すが、そこにあるのは荷物のみ。


「なんて書いてある?」

「英語だから分からない…」


項垂れながらここだと指を動かすが全く分からないし見えないので困り果てる。

アルファベットは知っている賢い子だが流石に英単語は読めない。

ひらがなとカタカナ、多少の漢字なら読めるのによりによって英語とは…待てよ?

ノートがある、とボールペンと共に息子に渡し出来るだけ正確に赤い字を真似して書いてくれと頼むと拙いながらも書き始め直ぐに返してくる、随分短い文字らしい。


NEW‼


戻ってきたノートには赤い色で四つの文字が並んでいた。

















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