閉じ込められて3
明るい場所から、突然暗闇へ閉じ込められたため、目がまだ闇に慣れず、真っ暗だ。
それでも俺が比較的冷静でいられるのは、グリーンの存在が大きいだろう。
あいつのことだ、この状況もきっと把握しているだろうし、遅かれ早かれ助けに来る——正直、そう高をくくっていた。
……いたのだが。
「トオルさん、ダメですよ。知らない人について行っちゃ」
「……」
「今回は閉じ込められただけで済みましたけど、もし襲われでもしたら、どうするおつもりですか?まぁ、トオルさんには指一本触れさせませんけど」
まさか――
一緒に閉じ込められているとは、夢にも思っていなかった。
「トオルさん、聞いてます?」
そう言うや否や、グリーンは何のためらいもなく背後から抱きついてきた。まだ視界は利かない。腰に回された腕の感触で、ようやくあいつの位置を知る。
「……お前、なんでここにいるんだよ」
「トオルさんが、またあのクソ共に呼び出されたことくらい、当然把握してましたよ。本当は、帰る頃を見計らって迎えに行くつもりだったんですけど」
グリーンの手は止まらず、俺の腰をなぞるように撫で続ける。
「初めてトオルさんからメッセージをもらえて、嬉しくて。つい、来てしまいました」
送ったのが正解だったのか、間違いだったのか。
――いや、完全に間違いだ。一緒に閉じ込められて、どうする。
「……普通、こういうのは助けに来る場面じゃねぇの」
「え……トオルさん、私に助けてほしかったんですか?その期待も大変嬉しいですが、閉じ込められてる間は二人きりですよ。なので、ついトオルさんとの二人の時間を選んでしまいました」
「それは選択ミスだろ……」
嬉しそうな声で返され、思わずツッコむ。
――思い出せ、俺。こいつはストーカーだ。この状況で王道の展開を期待した時点で、むしろ俺が間違っていた。
「……っていうかお前、どこ触ってんだよ」
グリーンを放置していたせいか、動きは徐々に遠慮を失い、いつの間にか服の内側にまで手が入り込んでいた。
「そうですねぇ……せっかく薄暗い場所で、二人きりですし」
グリーンの触り方が、無駄にやらしい。こいつ、こんなところで何する気だ。
「トオルさんにお仕置きがてら、男ってものをわからせようかと」
その声音は冗談めいているようでいて、どこか本気だった。
暗闇のせいで表情は見えないが、背後から伝わる距離の近さと、耳元にかかる息遣いだけで、十分すぎるほど意図が伝わってくる。
「……俺も男なんだけど」
そう返した瞬間、腰に回されたグリーンの腕に、はっきりと力がこもった。
もう片方の手が俺の手首を掴み、逃げ道を塞ぐ。振りほどこうと力を入れても、びくりともしない。否応なく、決定的な力の差を思い知らされる。
――そうだった。こんなんでもこいつは一応、ヒーロー。
「力じゃ敵わないんですよ、トオルさん」
「……いや、俺も男な?あと、お前の力が強すぎるだけだっての」
そう言っても、グリーンは離れる気配を見せなかった。
むしろ腕の力は緩むどころか、逃がさないと言わんばかりに、より確かに俺を拘束してくる。
「相手は三人でしたよ?」
淡々とした声が、すぐ背後から落ちてくる。
「三人がかりで抑えつけられたら、どうしようもありませんよね」
「……いや、それは……」
誰も俺なんて襲わない。そう言い切るはずだった言葉は、喉の奥で引っかかり、そのまま形にならずに消えた。
反論しても、今のグリーン相手には焚きつけるだけだということを、俺は嫌というほど学んでいる。暗闇の中、グリーンの腕だけがやけに現実感を伴って存在を主張していた。
「安心してください。ちゃんと“わからせる”だけですから」
耳元で囁かれたその言葉に、背筋がぞくりと粟立った。
「……お前な、場所を考えろよ。話なら後でいくらでも聞くから」
そう告げた瞬間、背後の気配がふっと止まった。腕の力も、わずかに静まる。
暗闇の中で生まれた一瞬の沈黙が、やけに重く感じられた。
「……トオルさん」
呼びかける声の調子が、ほんの少しだけ変わる。先ほどまでの軽さは影を潜め、別の感情が滲んでいた。
顔が近づいたと思った次の瞬間、唇に触れる感触があった。
理解が追いつかず、思わず息を呑む。暗闇の中、唇越しに伝わる体温だけが、妙に生々しく現実を主張していた。
「……っ」
掠れた息が漏れると、グリーンは逃がすまいとするように、間を置かず何度も唇を重ねてくる。
同時に腰を撫でる手の感触が、意識をじわじわと引きずっていった。近すぎる距離、耳元に落ちる呼吸の温度――それらすべてが思考を鈍らせる。
……まずい。
心地よさが広がり、このまま委ねてしまえば楽だ、という考えが頭をよぎる。
――いや、待て。落ち着け。
今は、そういう状況じゃない。
「……おい、グリーン。ちょっと待て」
顔を背けて、なんとかキスを止める。
それでもグリーンは諦めず、頬や額に軽く口づけを落としてくる。吐息がかかって、くすぐったい。
甘さに包まれながらも、俺は必死に意識を現実へ引き戻していた。
俺はともかくここはグリーンにとっては敵陣だ。
しかも、どこなのかもはっきりしない倉庫の中。状況的に考えても、まず優先すべきはここから脱出することのはずで――正直、お前は一体何をやっているんだ、と突っ込みたい。
「トオルさん……誰にでも、そんなに無防備だと困ります」
背後から落ちてきた声は、冗談には聞こえない真剣さを帯びていた。
「……そんなわけあるか。いいから離れろ。ここ、どこだと思ってる」
そう言っても、腰に回された腕はほどけない。むしろ、逃がす気はないとでも言いたげに、じわりと力が増してくる。なんでだよ。
「そんなこと言われると……ますます離せなくなります」
低く囁かれて、背中に気配が近づく。
「私にだけと言われてるみたいで…悪い男ですね、トオルさん」
「は?」
思わず間の抜けた声が出た。今気にして欲しかった言葉はそこじゃねぇ。
服の下へと入り込んだ手が、ためらいもなく撫でてくる。止める様子はない。
……どこまでやるつもりだ。
頭では、この状況が危険だと分かっているはずなのに、相手の行動はまるで理屈に合っていない。そのちぐはぐさが、かえって厄介だった。




