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正義の味方にストーカーされてます。〜俺はただの雑魚モブです〜  作者: ゆず


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俺の背後に立つな5

黄瀬の体が、俺の腕の中でびくっと跳ねた。


「と、とりあえずさ!トオルさん、一旦離れよ!?これ絶対誤解されるやつだから!!」


「……離れたら終わる」


低く返すと、黄瀬は完全に混乱した顔で振り返ろうとする。


「なにが!?俺のヒーロー活動!?それとも人生!?ちょ、待って、緑谷!落ち着いて!?いやほんと違うから!!誤解!!」


必死に弁明する声は裏返り、もはや何を否定しているのか本人にも分かっていない様子だった。


一方で、グリーンはにこやかな笑みを崩さない。そのまま、ゆっくりとこちらへ視線を落とす。


「トオルさん」


名前を呼ばれただけで、胸の奥がきゅっと縮む。悪いことをしているわけでもないのに、なぜか居心地が悪い。


(……圧がすごい)


思わず視線を逸らしながら、黄瀬の肩に添えた手はそのままに、俺は小さく息を整えた。グリーンは、俺と黄瀬の距離を測るかのように無言で見つめ、やがて静かに一歩、前へ出る。


張り詰めた空気の中、ふいに“何か”を感じ取った。


音は、なかった。


けれど黄瀬もグリーンも、示し合わせたわけでもないのに、ゆっくりと同じ方向へ視線を向ける。

俺もそれにならって振り返ると――背後、グリーンとは反対側の位置に、いつの間にかレヴィが立っていた。

相変わらずの無表情。無言。


「レヴィ……?」


やっぱり、お前もまだ帰ってなかったのか。ただ、さっきまでと違う点がひとつあった。


彼の肩にはインコが乗っている。それも一羽じゃない。二羽だ。敵のペットだからか、場の空気など意に介さない様子で、どちらも驚くほど落ち着いて止まっている。


「…………」


俺はゆっくりと視線を上げ、レヴィの顔を見てから、肩に止まった二羽のインコへと順に目を移した。


(……なんで連れてきた)


さらに視線を落とすと、レヴィの足元には猫。少し離れた場所には、別の犬の姿まである。


「え、ちょ……動物引き連れすぎじゃない?」


黄瀬が思わず、素で引いた声を漏らす。

だがレヴィは気にした様子もなく、いつものように俺の背後に立つつもりなのか、こちらへ一歩踏み出した。


その瞬間――

俺の身体が、反射的に動いた。


動物たちから距離を取るため、考えるより先に黄瀬から離れ、一歩後ろへ下がる。


……ただ、それだけの動きだった。


だが。


その場の空気が、ぴしりと音を立てたように凍りつく。レヴィが止まった。

ほんのわずかに眉が動き、いつもより驚いたよう表情でこちらを見つめるレヴィに、俺は視線を逸らし、短く告げた。


「……それ以上、近寄るな」


一瞬の沈黙。


空気などお構いなしに、肩のインコが「ピッ」と鳴いた。

レヴィはゆっくりと自分の肩を見下ろし、そこに止まっているインコを確かめ、それからもう一度、俺を見つめる。


理由が分からないのだろう。その困惑だけが、やけにはっきりと伝わってきた。


「トオルさん?ちょ、これどういう状況?」


黄瀬が声を潜めて問いかけてくる。

それに構わず、レヴィはなおも距離を詰めようと一歩踏み出した。反射的に、俺はさらに半歩、後ろへ下がる。


「……無理」


動物たちとの距離が縮まることを恐れ、思わず零れた本音。だが、その言葉でレヴィの動きが完全に止まった。


相変わらず表情は薄い。けれど――どこか傷ついたようにも見える。

……いや、気のせいだ。今は、そんなことを考えている余裕はない。


さらに一歩下がった拍子に、背中が何かにぶつかった。硬い。というか、安定感がおかしい。振り返らなくても分かる。


「……」


グリーンだ。


次の瞬間、背後からそっと距離を詰められ、逃げ道を塞ぐように肩口へ手が添えられる。

抱きしめられているわけじゃない。ただ――囲われた。


「トオルさんから飛び込んできてくれるなんて」


耳元で、柔らかな声が落ちる。


「嬉しいですね」


「……飛び込んでねぇ」


即座に返すと、くすっと小さく笑う気配がした。


「私も後ろからトオルさんに抱きつかれたいところではありますが」


さらっと、とんでもないことを言う。


「どちらかというと、私が背後から抱きしめる方が好きですよ」


「いや待って!お前が言うと18禁に聞こえるから!場所考えよう!?」


黄瀬のツッコミが裏返る。

俺は小さくため息をついたが、押し返すことはしなかった。正直なところ、今はここが一番マシだ。


視線を上げると、少し離れた場所でレヴィが立ち尽くしていた。相変わらず無表情。だが、先ほどよりも明らかに動きが止まっているように見える。


「トオルさんは“無理”だそうですよ?」


グリーンが、柔らかな笑みを浮かべたままレヴィに告げる。丁寧な口調なのに、どこか露骨に挑発的だった。


(いや、別にレヴィが無理ってわけじゃ……)


そんな内心など知る由もなく、グリーンは俺の背後に立ったまま、一歩も譲る気のない空気を纏っている。


レヴィは一拍置いてから、静かに踵を返した。動物たちを引き連れたまま、その場を去っていく。


足元の猫が先に動き、肩のインコが揺れ、少し遅れて犬も後を追う。まるで最初からそこにいなかったかのような、淡々とした撤退だった。同じように、グリーンの足元にいたハスキーも、名残惜しそうにこちらを一度見たあと、レヴィのあとに続いて立ち去っていった。


……引き連れていってくれてありがとう。俺は心の中だけで、そっと礼を言う。その場に残ったのは、ざわつく会場と、どうにも居心地の悪い距離感だけだった。


「さて」


何事もなかったかのように、グリーンが声を出した。さっきまでの空気など、最初から存在しなかったかのように。


「イエロー。五番出口の方に、中ボスがいると思いますので」


その呼び方に、黄瀬の肩がびくりと跳ねる。


「……はい?」


一瞬の間。黄瀬が嫌な予感を噛み殺す前に、グリーンは続けた。


「対処してきてください。一人で」


沈黙。黄瀬は一拍遅れて、俺とグリーンを見比べた。


「……え、俺一人?」


「ええ」


即答だった。柔らかな笑顔は崩れない。そのぶん、逃げ道もない。


「問題ありませんよね?」


「いやいやいやいや!?」


黄瀬が思わず一歩引く。


「敵の数、多くね!?さっき見た感じ完全に群れなんだけど!?それを一人で!?!」


「ええ」


また即答。声の温度は変わらないのに、圧だけが増していく。


「ちょ、待って……まさかお前、まだ怒ってんの?」


黄瀬が恐る恐る尋ねると、グリーンは小さく首を傾げた。


「いえ?」


否定は、あまりにもあっさりしていた。


「ただ」


にこやかな笑みを崩さないまま、言葉を継ぐ。


「少し、痛い目を見ればいいとは思っています」


「それ怒ってるやつだよね!?」


黄瀬の悲鳴にも近い叫びが、会場に響き渡る。俺はそのやり取りを横で聞きながら、思わず視線を逸らした。


……黄瀬、なんかごめん。


グリーンは最後に一言だけ、淡々と追撃を入れる。


「安心してください。命までは取りませんから」


「基準そこ!?え、ちょ!わかったって!だからそんな目で見るなよ!行けばいいんだろ!行けば!じゃあまたねトオルさん!」


黄瀬は必死に突っ込みながらも、グリーンの“笑っていない目”に何も言えなくなったのか、半ば泣きそうな顔で五番出口の方へ駆けていった。


……いや、本当に。今このタイミングで、グリーンと二人きりにしないでほしいんだけど。


レヴィが動物たちを引き連れて去ったおかげか、会場は次第に落ち着きを取り戻しつつあった。

ざわめきは遠のき、人の流れも、少しずつ元の形へ戻っていく。


――背後の気配だけが、戻らない。


近い。さっきよりも、確実に。


「トオルさん」


低い声が、すぐ背後から落ちる。


「状況的には、理解できます」


責める調子ではない。ただ、淡々と事実をなぞるような声音。


「ですが」


一拍置いてから、静かに続く。


「あまり嫉妬させないでください。嫉妬に狂った私をみたいのであれば話は別ですが」


(みたくねぇよ…)


口調はどこまでも穏やかだった。けれど、向けられた視線は――微塵も、笑っていなかった。


「さすがに今日はもう、バイトどころじゃありませんね。帰って、昨日の続きでもどうですか?」


背後から、静かに手が伸びてくる。首元をなぞるように撫でられ、思わず息が詰まった。


「――と、思いましたが。今日はやめておきましょう」


「は?」


唐突な方向転換に拍子抜けして、間の抜けた声が漏れる。


「期待していましたか?」


「……んなわけねぇだろ」


軽口めかして返したものの、彼の目が相変わらず笑っていないことに気づく。どうやら俺は、自分が思っていた以上にグリーンを怒らせていたらしい――今さらだが。


「トオルさんとの“はじめて”は……指先が震えるほど丁寧に、逃げ出す隙さえ与えずに、ただ甘やかしていたいんです。けれど、今日は……」


一拍置いて、グリーンは言葉を継いだ。


「泣いて縋られても、歯止めなんて利きそうにありませんから。ほかの誰かを思い出す余裕ごと奪って、壊れるまで、私だけのものだと刻み込むまで――抱き潰してしまいそうなので」


そう告げながら、グリーンの手がゆっくりと俺の腰をなぞる。その動きは迷いがなく、逃げ道を塞ぐように確かだった。


「おまえ……そんなこと考えながら俺の背後に立つなよ」


本当は、ため息のひとつでもついて距離を取るべきだった。それなのに、息は喉で詰まり、うまく外に出てくれない。


背後にあるその存在を、もう“危険”とも“邪魔”とも判断していない自分に、遅れて気づいてしまう。


本当に、なんで俺はこんな奴に気を許しているんだろうか。

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