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正義の味方にストーカーされてます。〜俺はただの雑魚モブです〜  作者: ゆず


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甘いものが食べたかっただけなんだ1

昼下がりのマルシェは、人でごった返していた。

雑貨に野菜、焼き菓子に花。テントの間を漂う甘い匂いや香ばしい香りが、空腹の腹をやさしく殴ってくる。


だが俺の目的は、最初から決まっていた。


――行列必至のクレープ屋。


ふわふわの生クリームに、山盛りの果物。SNSで一度見て以来、ずっと頭から離れなかった一品だ。

しかも今日は、そのクレープ屋がキッチンカーで出店する日。行かない理由なんてどこにもない。


(……今日は食う。絶対に食う)


先日の動物病院騒動でシュークリームを食べ損ね、糖分不足のまま寝不足でバイト。翌日も寝不足。

普段なら慣れっこのはずのリズムも、いまや体が「糖を寄こせ」と全力で叫んでいる。


見つけたクレープ屋には、すでに長蛇の列ができていた。いや、構わない。何時間でも並んでやる。甘さのためなら労力など安いもんだ。


そう決意し、列の最後尾に並ぼうとした――まさにその時。


「ディヴァイアンだーーっ!!逃げろーーっ!!」


悲鳴が広場を貫いた。黒服の戦闘員たちがわらわらと雪崩れ込み、一瞬で空気を塗り替えていく。人々は慌てて荷物を放り出し、店主たちも屋台を捨てて撤退。


お目当てのクレープ屋のお姉さんまで、泣きそうな顔でキッチンカーを閉めて走り去った。


(……は?ちょっと待て。俺のクレープは?)


目前にぶら下がっていたご褒美が、煙のように消えていく。その瞬間、胸の奥で――ぷつん、と何かが切れた。


甘いものを目前にしながら、奪われる。

寝不足と糖分不足のダブルパンチで限界だった俺にとって、今一番許しがたい惨事だった。


黒服の全身スーツを纏った戦闘員たちが、マルシェの広場をぞろぞろ占領していく。

本来なら一般客と一緒に逃げればよかったのだが――俺はその場に立ち尽くしていた。


「……あれ!?365番!?」


唐突に番号を呼ばれ、思わず眉が動く。

声の主は隊列から抜け出し、俺の方へ駆け寄ってくる一人の戦闘員。


……誰だお前。


「こんなとこで何してんのさ!ずっと出勤するの待ってたのに!」


黒スーツ越しに顔すら見えないのに、やけに馴れ馴れしく距離を詰めてくる。……いや、誰だよ。


「ねぇ、もしかして僕のこと覚えてない?28番だよ!」


「あー?あぁ……」


この前、突っかかってきて、最終的にクロウの部屋で一緒に書類整理した奴か。

俺と28番が話すのを目撃したせいか、周囲の戦闘員たちがざわめき始める。


「おい、あの28番が話しかけてるぞ……」


「俺、あの人見たことある。クロウ様と対等に話していた奴だ」


「クロウ様の執務室に出入りしてるって噂の……?」


「まさか……幹部クラス……?」


俺と28番が話しているのを見て、周囲の戦闘員たちがざわつき始める。何やらひそひそと言葉を交わしているが、ヘルメット越しにくぐもった声は内容までは聞き取れない。


(……なんだ。さっきから妙に騒がしいな)


俺が少し見渡しただけで、周りの戦闘員たちが一斉に息を呑んだ。勝手にざわついているのは伝わるが、理由はさっぱりわからない。


すると、別の戦闘員が恐る恐る一歩前へ出てきて――俺を見上げた。


「ご、ご指示を……!」


その一言を皮切りに、周囲の戦闘員たちが一斉にビシッと姿勢を正す。まるで新兵が上官を前にしたみたいに、背筋を伸ばし声を張り上げた。


「お、お願いします!次の行動を……!」


「この場は、貴方様のご命令に従います!」


……いやいやいや。なんで俺が指示出す流れになってんだよ。俺はただのバイトだぞ。お前らと同じ戦闘員のモブ枠だぞ。


けれど、モブ戦闘員たちの視線は期待と緊張でカチコチに固まっていて、逃げ場がない。何を言っても「命令」にされそうな空気が、じりじりと俺を取り囲んでいた。


俺は今日、バイトでもなければディヴァイアンの一員として来たわけでもない。ただの客として、甘いクレープを食べに来ただけだ。

なのに――なぜかディヴァイアン戦闘員どもが「指示をください」とか言い出して、意味不明な空気が出来上がっていた。


極めつけは28番。

当たり前みたいな顔で腕を組み、ふんぞり返って「どうだ」と言わんばかりに頷いてやがる。


……いや、なんでお前まで偉そうなんだ。


そのとき。


「……トオルさん」


聞き慣れた落ち着いた声が、ざわめきの向こうから割り込んだ。振り返ると、ミントグリーンの髪を揺らしながら、あの男がゆっくり歩いてくる。


(……現れやがったなグリーン)


現れた瞬間、戦闘員たちがさらにざわつく。「ヒーローが来たぞ!」という恐怖の声と、「でもなぜあの人に寄っていく…?」という困惑が入り混じる。


「……なぜ、トオルさんが囲まれているんでしょう?」


にこやかに首をかしげるグリーン。周囲の戦闘員たちが、ざわざわと後ずさる。


「ひ、ヒーローが来たぞ!」


「や、やばい……でも、攻撃していいのか?あの人を囲んでるんだぞ!?」


「まさか……協力関係……?」


……いやいやいや。勝手に話を膨らませるな。


「トオルさん、怪我はありませんか?」


「……」


苛立ちを隠す気もなく、俺はただ無言でグリーンを睨みつけた。動物病院での件――あの恨みはまだ忘れてねぇぞ。


「……どうしましたか?今日のトオルさんはご機嫌斜めですか?あの日はあんなにも可愛らしく縋ってきてくださったのに」


にこやかに甘ったるい声を重ねながら距離を詰めてくるグリーン。


「うるせぇ」


甘いものが食べられなかった苛立ちもあり、グリーンの頭を思い切り叩いていた。思わず手が出てしまった行動に少し反省したが、謝罪の言葉は出てこなかった。

ただ、その一撃で、周囲がどよめく。


「み、見たか!?あのグリーンに手を出したぞ!」


「なのにグリーンは笑ってる……!」


「やっぱり、あの人は特別なんだ……!」


戦闘員たちのざわめきが、勝手に勘違いを加速させていく。

一方でグリーンは――頭を押さえるどころか、むしろ目を細めて甘い声を落としてきた。


「……ふふ。容赦のないところも素敵です。でも、叩いた手の方が痛くなっていませんか?あとでマッサージして差し上げますね」


「いらねぇよ」


苛立ちを返す俺をよそに、グリーンはさらりと俺の肩に腕を回す。周囲の戦闘員たちは、その光景を見てさらにざわめいた。


「まさか、グリーンを従えてるのか……!?」


「やっぱり“上”の存在なんだ……!」


周囲の戦闘員たちは勝手に盛り上がり、ざわつきが止まらない。


「……勝手に勘違いすんなよ。俺は――」


ぼそりと呟いた声を、グリーンがあっさり遮る。頬をすり寄せ、甘ったるい声で囁いた。


「ご機嫌斜めなトオルさんも可愛いですね」


そのまま、ぞっとするほど優しい声音で続ける。


「無表情で罵倒してくださっても構いませんし、苛立って拳を振るっていただけるなら至福です。できれば踏みつけていただければ……その靴跡ごと額を額縁に入れて、未来永劫飾っておきたいですね」


「…………頭湧いたんかお前」


心底呆れた吐き捨てが口から漏れる。叩いたことを悪いと思った自分を後悔した。

だが、そのやり取りを聞いた戦闘員たちは一斉に震えあがった。


「ひっ……!あのグリーンを、平然と罵倒している……!」


「しかも従順に受け入れている……!これは絶対服従の証だ!」


「やはり“あの方”は……特別……!」


……いやいや待て。

ただの変態と被害者の会話を、勝手に宗教みたいに解釈すんな。


俺はただ――クレープが食べたかっただけだ。

……甘さにありつけない苛立ちは、ますます募っていくのだった。

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