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正義の味方にストーカーされてます。〜俺はただの雑魚モブです〜  作者: ゆず


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37/67

騒ぎの中心にいるのは3

黒塗りの車は、夕暮れの街道を静かに滑っていく。沈みかけた太陽が窓硝子を朱に染め、街灯が一つ、また一つと淡い光を灯しはじめていた。


後部座席には俺と、隣に座る無精髭の男。前方では、運転手が黙ったまま静かにハンドルを握り続けている。閉ざされた革張りの空間に響くのは、低く唸るエンジン音と、路面を擦るタイヤの音だけ。


(……この沈黙、何なんだ)


声をかければ少しは楽になるのかもしれない。だが、それを切り出す勇気はなく。相手の思惑が見えない静寂ほど、息苦しいものはない。


やがて車は減速し、見覚えのある建物へと向かう。

バイトで何度も出入りした道――けれど、運ばれるように乗っているだけだと、まるで別の場所みたいだ。


車が停まった先は、ディヴァイアンの本部。


運転手が素早く外へ出てドアを開け、男が先に降りる。続いて俺も足を外へ運ぶと、ひんやりとした夕風が頬をかすめた。


建物の中へ進むと、廊下にいたバイト仲間らしき連中が、一斉に背筋を伸ばす。男が通るたび、深々と頭を下げる姿が続き、その後ろを歩く俺は――もう、居心地の悪さで死にそうだった。


(……なにこれ。俺、完全に場違いだろ。てか、この人、何者なんだよ)


クロウの執務室を横目にさらに奥へと進んだ部屋。

厚い扉をくぐった先――そこに広がっていたのは、あまりにも異質な光景だった。

分厚いカーペットに深紅のカーテン。磨き込まれた重厚な家具が整然と並び、ひどく場違いな光景が広がっていた。

まるで高級ホテルのスイートにでも迷い込んだようで、とてもバイトが足を踏み入れる場所ではない。


「……座れ」


低い声が、思考を断ち切るように響く。男の方を見ると、奥のソファを顎で示していた。


示されたソファを見ると無駄に豪華で腰を下ろしていいものか、一瞬ためらう。けれど突っ立っているわけにもいかず、観念して身を沈めた。直後、重厚な扉が閉まる音が背後に響き、外の気配は完全に遮断される。


空調の音すら吸い込まれたかのように静かで、時が止まったような沈黙。


――その中に、違和感。

背中に突き刺さる視線だ。反射的に振り返る。


振り返った先の壁際の影には、白銀の髪の男が立っていた。


見覚えがある彼。

バイト中にプリンをくれたり、あるいは急に拉致されて連れ回されたり。記憶に新しい存在だ。


視線が交わった刹那、彼は音もなく歩み寄り、言葉ひとつなく俺の背後へと立った。背後に控えるその位置取りは、まるで護衛。なんでそこに立つんだよ。


「……ずいぶんと、レヴィに懐かれているじゃないか」


無精髭の男が、面白い見世物でも見つけたかのように口を開いた。その視線には探るような光が宿り、俺を逃さぬように射抜いていた。


「……レヴィ、って言うんですか。彼」


その名を口にした途端、背後の気配がわずかに揺れた気がした。だが白銀の髪の男は表情を変えず、ただ静かに佇んでいる。


「ほう……彼が誰か、知らなかったのか」


低く抑えた声に、かすかな笑みが滲む。知るはずがない。あいつ、一言も喋らねぇし。


「……まぁ、バイト仲間かと」


淡々と返すと、男は小さく鼻で笑った。


「ここで彼を“ただのバイト”と思っているのは、お前くらいだろうな」


意味を測りかねて黙り込む。背後の存在が、途端に別の重みを持って迫ってくる。


「不思議なものだ……誰も寄せつけぬあのレヴィが、お前にはこうして張りついている…」


鋭い視線が正面から突き刺さる。

値踏みするような眼差しに、居心地の悪さがいっそう増していった。


――そうは言われても、初めて会った時からずっとこの調子だった。別に俺が何かした覚えはないし、これ以上説明できることなんて何もない。


男は、そんな俺の内心など見透かしたように、ふっと口元を緩めた。


「……そうだ、仕事を探しているんだろう?」


またその話か。

コンビニの前で求人票を見ていたことは、もちろんもう見抜かれている。


「バイトではなく、うちで正式に働くのはどうだ?」


声色は驚くほど柔らかく、労をねぎらうような響きを帯びていた。

だがその調子は、優しい言葉で断る道を塞いでいるようにも聞こえる。


「クロウからは、君の働きぶりをよく聞いている」


柔らかな声音で、男は続ける。


「要領がよく、細かいところまで気を配れる、仕事ができる男で使いやすい、とね。それに……レヴィだ」


彼の視線が背後へと流れる。


「誰も寄せつけぬ彼が、こうして君の傍を離れない。それだけでも十分だ」


言葉を区切り、こちらに向き直る。


「何より――俺自身も君を気に入っているしな」


にこやかに放たれたその一言は、称賛の仮面をかぶったまま、こちらの退路を断ち切る鎖のようだった。そもそも大して面識もないのに、俺のどこを気に入ったというのか。せいぜい甘いもの好きという、取るに足らない共通点くらいだろう。


(……むしろ俺は辞めたい)


どうにか遠回しの拒絶をひねり出し、言葉を繋ぐ。


「ここは……俺には向いてない気がします。もともと、静かに働くほうが性に合っているので」


そう告げた瞬間、男の目がわずかに細まる。

短い間を置き、低く探るように問いかけてきた。


「静かな環境なら用意できるかもしれん……だが、それはグリーンが関わっているのか?」


「……まぁ、まったく無関係とは言えないですね」


あいつのせいで、周囲が落ち着く暇もない。

そんな本音を胸に押し込みながら答えると、無精髭の男が、ゆっくりと口を開く。


「報告によれば、君のいる場所には、必ずグリーンが現れるそうだな?」


「……まあ、そうですね」


「なるほど。――彼とは……どういう関係なんだ?つまり、その、付き合っているのか?」


真正面から放たれた問いに、トオルは表情ひとつ変えず、静かに言い切った。


「付き合ってません」


淡々と、ただ事実だけを述べる。

それ以上の詮索を拒むように、声には静かな圧があった。


「そうか。だがなにか執着されてるのだろう?グリーンのせいで何か困っているなら、我々が全力で君を守ろう。だから――正式に働くのはどうだ?」


「……いや、めんどくさいことはごめんなんで。大丈夫です」


はっきり断りを入れると、男はまるで意に介さず、口角をゆるやかに吊り上げた。


「甘いものも揃えてやろう。バイト扱いでも構わないし、時給も上げる」


「……いや、なんで俺なんかにそこまで?」


問い返した瞬間――重厚な扉が「コン、コン」と叩かれ、返事を待たずに開かれる。姿を見せたのはクロウだった。


「ボス、先日の件で報告が――……」


言いかけて、視線がこちらを捉える。次の瞬間、彼の目がわずかに見開かれ、驚きの色が隠しきれずに浮かぶ。

……いや、驚いてるのはこっちも同じだ。耳に引っかかった単語に、思わず瞬きを繰り返す。


……ボス? まさか、この無精髭の男が――ディヴァイアンのトップ?


「……365番?……ボス、彼を連れてくるなら、一言こちらにも知らせていただきたい」


低く抑えた声。しかし言葉の端に、鋭い棘が潜んでいる。そして改めて、はっきりと「ボス」と呼んだ。

――やっぱりこいつ、ボスなのか。貫禄があるとは思っていた。うん。


クロウは本来の用件もそっちのけで、ボスと呼ばれた男に釘を刺すような一言を残すと、そのまま俺の正面にある空いたソファへと腰を下ろした。


(いや……なんでそのまま居座るんだよ)


心の中でツッコミを入れつつ、もちろん口にはできない。妙な沈黙が落ち、空気はさらに重く沈んでいった。

気づけば、部屋にいるのは無精髭のボスと呼ばれた男、クロウ、そして背後に控えるレヴィ。三方向から視線を浴びる形だ。


……いや、なんだこの状況。


「それで?なぜ365番を連れてきた?」


クロウは銀縁の眼鏡越しに冷たい光を宿しながら、横目でボスを鋭く睨みつける。

正面からその視線を見ていた俺は、思わず息を呑んだ。――さすが幹部、ただ睨むだけでこの迫力だ。


「色々報告を聞いていたからな。うちで正式に働かないかとお願いしていたところだ」


そんなクロウの視線にも一切動じず、淡々と答えるボス。さすがというべきか……。

だがこのままだと、俺の意思とは無関係に話が進みそうな気配がして、慌てて口を挟む。


「あの…むしろここは辞めようかと思ってたんです、けど…」


そう伝えると、沈黙。そして視線が痛い。次いで三者三様の反応が一斉に返ってきた。


「冗談だろう」無精髭の男が低く笑い、「辞める理由がどこにある」クロウが眉をひそめて睨みつけ、背後のレヴィは無言のまま、一歩近づいて圧を強める。


――まるで「逃がさない」と告げられているかのように、空気がぎゅっと締め付けてくる。


……いや俺、ただカヌレ食べて休みたかっただけなんだけど。

なんでこうなってんの?

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