日常に潜む影
俺は今、三つのバイトを掛け持ちしている。
ひとつはこのカフェ。もうひとつは駅前のバー。そして三つ目が──敵組織ディヴァイアンの“雑魚戦闘員”。
それぞれ週に数日、無理のない範囲でシフトを回している。どこもまあ、それなりに刺激的ではあるけど……その中で一番平和だったのが、このカフェだった。
──最近までは。
ここに、最近“やたらと目立つイケメン”が出没するようになったのだ。
最初は本当に、偶然かと思っていた。
俺のシフトは不定期。曜日も時間もバラバラで、このカフェ自体も特に繁盛しているわけじゃない。
それなのに──なぜか“そいつ”は、俺のいる時間帯に限って現れる。必ず。
(……また来てる)
いつもの窓際の席。整った顔立ちに、ミントグリーンと茶色の中間みたいな髪色。静かに本を読んで、たまにカフェラテを口に運んで──
一見すると、落ち着いたインテリ風。でも、あの体格は明らかにスポーツマン。
なんていうか……人間として完成度が高すぎて、逆に嘘くさい。
今日もその“イケメン”は俺に気づいた様子もなく、静かにページをめくっている……と思ったら、ふと視線が合って、にこと微笑んできた。
やめろ。こっちは怖いんだよ。
(……どこかで、会ったことある気がすんだよな)
そう。たとえば、あの戦場で俺の手をしつこく離さなかった、ストーカー系正義の味方──グリーン。
けどあのとき、俺は“365番”ってコードで呼ばれてたし、仮面もつけてた。顔は見せてない。
なのに、どうやって……?
いや、でも……こいつがこのカフェに現れだしたの、あの戦場のあとからなんだよな。
偶然にしては、出来すぎてる。
そういえば、駅前のバーでも見かけたことがある。
あのときも、端の席で静かにグラスを傾けてて……たしかに髪色、目立ってた。
(……もし、全部同一人物だったら……?)
背中にじわっと冷や汗が滲む。
「──あっ、すみませ...!」
ぼんやりしていたせいで、客が目の前にいたことに気づくのが遅れた。
慌てて顔を上げると、そこに立っていたのは──さっきまで考えていた、あのイケメン。
今日も完璧な髪型と服装。そして手には、妙に目立つ銀色の保冷バッグ。
「ご勤務中、すみません。お疲れ様です、365番……いえ、トオルさん」
「……え、あ、どうも……?」
……今、俺の番号呼んだ? 気のせい?
しかも名前で言われた?名札、苗字しか書かれてないんだけど...。
相手がイケメンが故に他のスタッフがこちらを気にしてるが、それどころじゃない。
「えっと……どちらさまで?」
「ご安心を。今日は戦闘支援ではなく、私的な応援です。お店、とても素敵ですね。……それと、こちらを」
そう言って保冷バッグのジッパーを開けると、彼は丁寧に小さなスイーツボックスを取り出した。
中には──俺が前に“まかない中にふと呟いた”地元の人気店のレアチーズタルトが、綺麗に三つ。
「以前、あなたが“ここのチーズタルト、まじで神”と仰っていたので……。冷蔵状態を保って持ってきました。勤務後にぜひ」
「あ、ああ……ありがとうございます……」
言ったよ。たしかに言った。でも裏でスタッフと雑談してた時とかなんだけど?
え、録音してた?それとも盗聴?スパイ?いや、ヒーローか。
「保存温度には気を遣いました。ご安心を」
そういう問題じゃない。
しかも箱の端に──俺の名前、フルネームで手書きされてる。
(……ちょっと待て、どこ情報……?)
「また来ますね。お仕事、頑張ってください」
にこっと微笑み、去っていくイケメン──もとい、おそらくグリーン。
その背中を呆然と見送りながら、俺はスイーツの箱をそっと伏せた。冷たい汗が、首筋を伝う。
(……やっぱり、グリーンだよな……?)
仮面はしてない。声も微妙に違うような気がする。うん、違うと思いたい。
スイーツは美味そうだ。でも、俺の背筋はずっと冷たいままだった。
──俺の平和な日常、どこ行った。




