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正義の味方にストーカーされてます。〜俺はただの雑魚モブです〜  作者: ゆず


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減量します

朝、体重計に乗って、思わず絶句する。


「やべぇ…太った」


最近、与えられるがままに甘いもの食べ続けていたせいか、体重がじわじわと増えてきた。鏡を見るたびに、なんだかお腹まわりがふっくらしてきた気がして、さすがに危機感が芽生える。


そういえば、しばらくジムにも行ってなかったな……。カフェのバイト帰りにでも、久しぶりに寄ってみようか。


そもそも甘いものを我慢できるなら、最初からこんなことにはなってないんだよなぁ。――全部、好きなだけ買い与えてくる、あいつのせいだ。そう心の中で責任転嫁しながら、ジムに行く支度を始めるのだった。



**



久しぶりにやってきたジム。まずはじっくりストレッチをしてから、ランニングマシンで軽くジョギングを始める。今日は1時間くらい走ってみよう——そんな小さな目標を胸に、ゆっくりと体を動かし始めた。


「まあ、トオルちゃんじゃない。ジムに来るの、ずいぶん久しぶりね?」


軽やかな声がして、隣のマシンに現れたのは、見覚えのある男だった。


肩まで流れる艶やかなロングヘア。涼しげな目元に、通った鼻筋。まるでモデルのように整った綺麗な顔立ち。けれど、その優美な見た目とは裏腹に、肩は分厚く盛り上がり、Tシャツ越しにもわかる広く引き締まった背中。仕上がりきった肉体は、否応なく目を引く。その話し方こそ女性的ではあるが、間違いなく彼は男性である。


「……どうも」


名前はエリさん。たぶん、このジムの常連だ。顔を合わせるたびに、こんなふうに軽く声をかけてくれる。とはいえ、会話の主導権を握っているのはいつもエリさん。俺は相づちを打ちながら、その滑らかな話しぶりと、どこか品のある空気感に、ただ圧倒されている。


「会えて嬉しいわ。元気にしてた?」


「まあ、ぼちぼちですかね」


エリさんは俺の隣で、ランニングマシンのペースを俺にぴったり合わせて走り始めた。たぶん、合わせてくれてるんだろうけど──正直、このスピードじゃ物足りないはずだ。


「この前テレビでやってたロールケーキ、知ってる?近くのビルの前で売ってるらしいのよ。もう食べたかしら?」


「……あぁ、食べましたよ。めっちゃ美味しかったです」


「あら、やっぱり?私も一口だけ食べたんだけど、あれ本気で一本いけちゃいそうよね~。上からの命令で同僚が買ってきたんだけど、つい手が伸びちゃって。あれは自分用にも買いに行くつもり」


「いいですね。俺は……ちょっと、今は我慢中ですけど」


「ん?どうして?前は甘いもの大好きって言ってたじゃない」


「好きですよ。だからこそ、太りまして」


その瞬間、エリさんの視線がすっとこちらの体をなぞるように動いた。


「……どこが?ちゃんと締まってるじゃない。まぁ、3キロ増えたってとこかしらね。許容範囲よ」


あまりにも何気ない口調で、それがまるで天気の話でもするかのような自然さだった。体型をさらっと見定められることに、嫌味もからかいもない。でも――言われたこちらは、不意を突かれて妙に落ち着かなくなる。なぜわかる、3キロ。


こちらの動揺など露ほども気にせず、彼女は話を続けた。


「そうそう聞いて。最近、同僚がケガしちゃったのよ。そのぶんの仕事が全部まわってきて、もうバタバタなのよ~」


「あー、それは大変っすね」


「ほんとよ。みんな好き勝手やってくれて困っちゃう。トオルちゃんみたいな部下が欲しいわぁ」


「…俺なんて、全然使えないっすよ」


そんな冗談まじりの会話を交わしているうちに、気づけばランニングマシンのスピードはじわじわと上昇していた。明日は確実に筋肉痛だな──そう覚悟しながらも、足を止めずに走り続ける。


「でもね、山みたいに積まれてた資料が、すっごくきれいに整理されてたのよ!おかげで雑務はスムーズに片付いたわ」


「…よかったですね」


「そうなの!整理してくれた子はバイトの子らしくてね、ほんと助かっちゃったのよ~」


……エリさんからチラッとなにかを探るような目線が送られる。なんで俺の方を見るんだよ。


俺はもう息が上がりはじめているのに、エリさんは涼しい顔で、まるでウォーキングでもしているかのように軽やかなトーンを崩さない。体力の差は歴然。いや、そもそも、あの完成されたフィジークに敵うわけがないが。


マシンの速度はすでに「軽いジョギング」の域を超えていて、呼吸は荒く脚も重くなっていく。会話どころか返事すら危うくなっていく。


「……心当たりないかしらね、トオルちゃん」


その一言は、俺の耳には届かなかった。エリさんは、それ以上は何も言わなかった。気を遣ってくれたのか、静かに一定のリズムで走り続けている。俺はというと、とにかく足を止めないことに必死だった。もう会話なんて余裕はない。ただ前だけを見て、無言でひたすらに走り続けた。


——そして、ようやく1時間。


ランニングマシンの速度をゆっくり落とし、クールダウンへ移る。歩きながら呼吸を整え、水分をしっかりと補給する。タオルで汗をぬぐう頃には、脚の重さにようやく実感が湧いてきた。


「お疲れ様、トオルちゃん。今日はこれで終わり?」


背後から、いつの間にかマシンを終えていたエリさんの声がかかった。


「はい…。これで終わろうかと」


「そう。残念だわ。もっとトオルちゃんとお話ししたかったんだけど……難しそうね」


そう言って微笑むエリさんは、相変わらず余裕のある表情を浮かべている。でも、話し相手ならこのジムにいくらでもいるはずだ。エリさんは男女問わず人気者で、誰とでも自然に打ち解けられる、そんな空気をまとっている。俺じゃなくてもいいだろうに。なんて考えながら俺は黙って水をもう一口飲んだ。


クールダウンを終え、しっかりとストレッチも済ませた頃には、ようやく呼吸も落ち着いてきた。汗をタオルでぬぐい、水をひと口飲んでから、深く息を吐く。軽くエリさんに会釈を返し、そのままシャワーへ向かう。心地よい疲労感をまといながら、トレーニングフロアを後にした。



その背中を見送るようにして、フロアに残された男のスマートフォンが振動する。


「……はい」


『"エリス"様、至急お戻りください! レヴィ様が……非常にご機嫌ななめでして!もう、手がつけられません!』


電話越しの声に、男――“エリさん”と呼ばれていたその人は、軽くため息をついた。


「……で?他の幹部は何してんのよ。──はいはい、わかったってば」


言葉こそぞんざいだが、通話を切るその顔には、どこか微かな笑みが残っていた。


(──今日、トオルちゃんに会えたのは偶然。でも、……嬉しかったわ)


彼と最初に出会ったのは、このジムだった。なぜか、彼との会話だけは不思議と落ち着いて、心地よく、癒される──そんな時間だった。

そんな彼がまさかとは思ったけれど、噂の“365番”だと、写真を見せられた時は驚いたものだ。

ディヴァイアンでの彼の動きは目を見張るものがあり、なによりクロウがあそこまで評価する男だ。本人にその自覚はまるでないけど。ジムでの様子からして、運動神経も良い。あの子のことは私も大好きだし、できることなら正式に迎え入れたい──けれど、自由気ままな生活を好む彼が、そう簡単に組織の鎖に繋がるとは思えない。口説くには、一押しどころか三押し四押しは覚悟しないと。


(……さて、どうやったら、あのトオルちゃんを口説き落とせるかしらね)


そんなことを考えながら、エリスはゆっくりと腰を上げた。

だがその時、不意に肌を撫でるような殺気を感じて、窓の外に視線をやる。


停車中の車の前に立つ男。

ミントグリーンの髪が風に揺れ、整った顔立ちが際立っている。だがその目は――敵を見る目だった。

無言のまま放たれる視線が、胸をズンと締めつける。息をするのも忘れるほどの圧だ。


ああ、そうだった。

──“彼”という、厄介で危険な障害物がいたわね。


エリスの目がわずかに細まる。


我らの敵にして、最も厄介な正義のヒーロー“グリーン"。


ジムという“日常”をあとにして、エリスは静かに踵を返す。足取りに迷いはない。次に向かうのは、穏やかさとは無縁の世界だ。

けれど、その表情に浮かぶのはわずかな愉しみだった。

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