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【完結済】タマと赤いきつね  作者: 紫藤しと


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14/15

14.先生の夢

 火を見ながらぼんやりしていると、引き戸を開けてキツネがお盆を片手に入ってきました。大きな白いキツネが白い着物を着て二本足で歩いている。なんともおかしな光景でした。

 キツネは私の斜め前に座り、お盆を私に差し向けました。お盆にはとっくりと陶器のお猪口、そして金杯が載っていました。

「ほら」

 キツネに渡された金杯は縁がヒラヒラしていてとても綺麗でした。見惚れていると杯に酒が注がれました。飲めということでしょう。私は覚悟を決めて一息に煽りました。

「あ、おい馬鹿!一気に飲む奴があるか!」

 怒られました。お酒とは注がれたら一気に飲むものではなかったのでしょうか。みなさんそうしていたように思うのですけど。

 すぐに頬が熱くなりました。心臓がかつてないほどの速さで波打っています。耳にも心臓があるようです。血の気が引いてきてどうしようと思った時、キツネに肩を叩かれました。それだけで鼓動は緩やかになり、なんだかふわふわと気分が良くなってきました。

「ありがとうございます、姐さま。」

「うん…あんたが子供だってこと忘れてたよ。」

「はい。お酒を飲むのは初めてだったので。」

 心配そうな姐さまの顔を見ているとなんだか無性に笑けてきました。

「ふふ、姐さまは不思議ですね。キツネなのに何を考えているかすぐに顔に出ます。」

「あんたは…怖くないのかい?こんな人間じゃないのと一緒にいて。」

「姐さまは姐さまですし…最初は驚きましたよ?都会には変わった人がいるんだなって。」

「最初?」

「あの家で目覚めた時です。熱にうなされる私をのぞき込んでたキツネの顔をちゃんと覚えてますよ。でも優しく撫ぜてくれる手は母さまみたいだったので、夢を見ているんだと思ってたんです。でも、目覚めると本当にキツネがいて。」

 私は目の前のキツネを見ながら笑いが止まりませんでした。

「キツネが、頭はキツネなのに女物の着物を着て二本足で歩いてらして。ふふ、びっくりしました。ふふふ。」

「それは…びっくりで済むことなのかい?」

「母さまは、世間には色んな人がいるって言ってました。外国には私達とはまるで違う見た目の人もいるんだって。」

 姐さまは明らかに呆れた顔をしていました。あ、姐さまじゃないんでしたっけ。ふふふ。

「キツネ様は人じゃないんですか?なぜ先生のお家にいたんですか?」

「どっからどーみても人じゃないだろ…とはいえ人里にいる時は人に化けてたんどけどね。あんたには最初からキツネに見えてたってこと?」

「はい。先生もキツネと呼んでらしたのでそういうものかと。」

「どういうものだよ。…あれかね、先生の血筋ってやつかね。あの男も最初からあたしをキツネだと見破ってたよ。」

 それはなんだか嬉しい話です。遠縁なのでほとんど血は重なっていないはずですが。

「それでどうやって二人は出会ったんですか?」

「別に…大したことじゃないさ。」

「秘密ですか。」

「神様の差し金だよ。あたしは神の使いだからね。」

 キツネはそういって手酌で酒を注ぎました。慌ててお酌しようとして…止めました。着物の胸元がはだけていても、胡座をかいていても、姐さまならお酌を嫌がるはずです。

「神様がいるのなら、どうして先生を助けてくれないのですか?」

「さっきも言っただろ。助けようがなかったんだよ。」

「役立たずの神様ですね。」

「あーそういうのはよくないな。」

 キツネは酷く困った顔をしました。

「神様の宿にいながらそういうことは言っちゃいけない。」

「でも先生が生きられない世の中になんの意味がありますか?」

「……なーんだってそんなに惚れちまったのかねぇ。」

「ふふ。それが恋というものでしょう?」

 キツネはやれやれと首を振り酒を煽りました。

「先生が、いなくなるのも、私が死ぬのも変えられないのなら、来世で先生と添い遂げたいです。」

「…先生の都合はどうなるんだい?」

「それを神様にお願いしてもいいですよね?」

「無視か。あーどうだろう…ちょっと嫉妬深い方だからねぇ。」

「皆の為に死ぬる者は、最後の願いをきいてもらえるとききました。」

「そういうのとはねぇ…ちょっと違うっていうか…」

 キツネの曖昧な態度に、悔しくて鼻の奥がつんとしてきました。これは我儘なのでしょうか。命と引き換えに何かを願うということはそんなに大それたことなのでしょうか。それとも…

「放っておけば死んでいた娘の命など、価値はありませんか。」

 語尾が震えそうになり唇を噛みました。情けない。価値がないならば捨て置いて欲しかった。

「タマ、懐に入れてるリボンを出しな。」

「嫌です!これは先生がくれたものです!先生と私を繋ぐ唯一の物です!」

 絶対に渡すまいと私は胸元を掻き抱きましたが、瞬きする間に赤いリボンはキツネの手元にありました。妖術でも使ったのでしょう。先生を助ける為には使わなかったくせに。

 私は床に伏して声を上げて泣きました。泣いて泣いて、泣き疲れていつの間にか眠っておりました。

 夢の中で私は先生と一緒に桜を見上げていました。

 とても幸せな、夢でした。




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