78話 バカなことをするなっ!
「……どういうことですか?」
俺がエルドラーリアを討伐したという話をきいてもなお、ブランダルは俺が勝てないと確信しているようだ。
そんなブランダルの雰囲気に気圧されたのか、シエルの声には動揺の色が混ざっている。
「バロバスーラは魔王の中では特筆した攻撃力を持たないが……彼が持つマナは人族の攻撃を無効化する。ゆえに、バロバスーラは人族が絶対に勝つことができない――人類にとっては最強の魔王だ」
「無効化って……防御力が異常に高いってことですか?」
「単にステータスの高さのことを言っているのではない。バロバスーラのマナは、人族のマナをそのままの意味で無力化させるのだ。史上最強の勇者と言われているエルナが放つ奥義ですら一つの傷もつけることができなかったという記録がある」
「エルナッ――!」
――思わず、息を呑む。
まさか、ここでエルナの名をきくことになろうとは。
俺が動揺したことの意味を勘違いしたのだろうか。
ブランダルは顔をしかめながら警戒心を促すように鋭い視線で語り掛けてくる。
「人族が対抗できる手段は一つだけ……魔を拒絶する結界により、戦わずしてその侵攻を食い止めることだけだ。しかし、その魔王と繋がりのある者がここまで来ていたとなると……」
言葉を詰まらせながらうなだれるブランダル。
……その表情には見覚えがあった。
エルドラーリアの名をきいた時のレイグの見せた絶望の表情――それと、今の彼の表情はよく似ている。
それをふまえた上で、一度、皆と視線を交わす。
皆が俺に向けていたのは信頼の眼差しだ。
――やっぱり、俺が倒すべきだよな……
エルナはこの世界を滅びゆく世界と言っていた。
人族の攻撃を無力化するなんてバグとしか思えないようなチートを備えた相手が魔王なんて、どうすれば勝てるのか分からない。
でも、不思議と負ける気がしなかった。
皆と頷き合って、改めてブランダルに視線を移す。
「……で、そのバロバスーラとやらはどこにいるのですか」
「ここより北にある死地――マーガドレド戦場の先だ。マーガドレドの大地は、人族のマナが浸透し辛い性質があってな……結界の機能が完全に機能せず、バロバスーラのマナが漏れ出している。そのマナに触れた魔物が、魔王バロバスーラを崇拝していたのかもしれない……」
「それがアリエーナだということですか……」
「……おそらくは。ただ、これらは全て私の憶測だ。今の私の立場では、はっきりとしたことは何も言えない……」
ブランダルは憶測だというが、彼の話を前提とするならば色々と合点がいく。
アリエーナはここで人族の使う結界について探っていた。そしてそれは、バロバスーラにとって最大の障害になるものだった。
アリエーナがバロバスーラに仕えていたとするならば、彼女の行動の意味も納得がいく。
――それならば、もう俺達がやることは決まっているじゃないか。
「じゃあ……マーガドレドでしたっけ。次はそこに行ってきますね」
「――なんだと?」
俺の言葉に、ブランダルが大げさと思えるほどに鬼気迫った表情を浮かべる。
「バカなことをするなっ! いくら君が実力者だろうと、バロバスーラには絶対勝てないっ! 不破の鎧の前では、人の力は無力化されるのだぞっ!」
「でも……ユウ様はアリエーナを完封しました。不破の鎧は、ユウ様なら破れるのでは?」
「しかし……」
シエルの言葉に対して口ごもるブランダル。
「エルド―ラリアですらユウ殿の相手にはなっていなかった。いかに魔王が相手であっても、ユウ殿なら――あるいは」
「…………」
ブランダルが見定めるように俺のことを見つめている。
まぁ――半信半疑なのは仕方ないだろう。
彼は、実際に俺が魔王を倒したところを見たわけではないのだし。
「……無事に帰れる保証はないぞ?」
「でも、放置しておくわけにはいかないでしょう? 誰かが魔王を倒さないと、皆がずっと魔物に怯え続けることになるじゃないですか」
「それは……しかし……」
ぐっと口を一文字に結んだまま、ブランダルは動かない。
彼なりに俺達のことを心配してくれているのだろう。
「心配してくれてありがとうございます。でも、こっから先は俺達が何をするのかを決めていきます。自分の力をどう使うか――それを考えることが一番大切なことだから」
「…………」
俺の言葉に、ブランダルは目を瞑ったまま何も答えない。
だが、しばらくすると、彼は覚悟を決めたようにため息をついてゆっくりと目を開いた。
「……名前を教えてくれはないか」
「え?」
「君の名前だ……恐縮ながら、まだフルネームをきいていなかっただろう……」
そういえば、最初に会ったときにはローダンからの使者としか名乗っていなかったっけ。
今更自己紹介というのもどこか気まずいのだがきかれたからには答えないわけにはいかない。
「えと……ユウ・アカヤです」
「ユウ・アカヤ……ふむ……」
一つ、大きく息を吸い込んで、ブランダルが天を仰ぐ。
その後、俺に視線を移して――彼は優しく微笑んだ。
「必ず覚えておこう。この恩はいつか必ず返す」
「あはは、大げさですね。まぁ気にしないでください。無理ならコーヒーでもおごってくれれば」
「まったく……魔王に挑む者の台詞とは思えないな……」
苦笑を浮かべるブランダル。
さて――二人目の魔王はどんな見た目をしているのやら。
どこか楽しみになっている自分に驚きつつ、俺は席を立ちあがった




