77話 よく来てくれた
――翌日。
俺が起きた頃には、もう太陽は高くまで昇っていた。
少し起きるのが遅すぎるような気もするが……シエルはともかく、リリィとナギが寝息をたてている隣で寝るのはどうにも緊張してしまい寝付けなかったのだ。
それはさておき、着替えを済ませてブランダルの部屋に向かう。
すでにシエルとナギが話を通してくれているらしい。
……なんでも、俺が起きるまで待ってくれるようお願いしてたとか。
恥ずかしいやら申し訳ないやら、複雑な感情のままブランダルの部屋へと向かう。
「あぁ……よく来てくれた。ありがとう、本当にありがとう……」
扉を開けた直後、待ちわびていたと言わんばかりにブランダルが出迎えてくれた。。
その表情は、昨日であった時のような虚ろなものではなくしっかりとした意思が感じ取れる。
アリエーナの影響が解除された証と見ていいだろう。
「貴方達がいなかったらこの魔法学校は――いや、人族を護る結界が今後どうなっていたか……想像するだけでもおそろしい。本当に……感謝してもしきれない……」
深々と頭を下げるブランダル。
昨日の彼と同一人物なのかと疑いたくなるほど感情の満ちた声だ。
それに、自分よりも何歳も年上の男にそんなことをされるのはどうにもむず痒い。
「頭をあげてください。それより、この魔法学校で何が起きていたのか共有しましょう。どうやら大変なことになっていたみたいですし」
「う、うむ……そうだな……」
俺の言葉に、気まずそうにしながら頭をあげるブランダル。
そのまま、彼に案内されるように長机の前に座らされた。
背後の大窓は応急処置的な修復がされているものの、近づくのを躊躇ってしまうほどに派手に破壊されている。
そんな光景を見ながら、五人が座るには大きすぎる机に並ぶのはどうにも居心地が悪いが――まぁ、この際そんなことは言ってられまい。
「まず……あのアリエーナという女は、魔法学校とは全く関係のない者だった」
「……そうですか」
予想通りとはいえ、改めて学校長の言葉からそれを言われると顔が強張る。
言いにくそうに眉をひそめながら、ブランダルはゆっくりと言葉を続けていく。
「恥ずかしながら、我ら魔法学校の教員は、全員アリエーナの魔術によって操られていた。そのため、アリエーナの言うことが自然だと思わされていた。ワールが講師になったのも、アリエーナに言われるがままそれが自然であると考えてしまった結果だ……」
「えっと……今はもう大丈夫なのですか……?」
不安そうに、そして申し訳なさそうにリリィがぼそりと問いかける。
それに対して、真摯な表情で頷きながら答えるブランダル。
「……あぁ。今まではワールのこと――というよりも、アリエーナのことを考えると頭の中に霞がかかったような感覚におそわれたのだが……もうそのようなことは起きていない。鑑定士による状態異常チェックも何重に行った。アリエーナがいた頃は、おかしな鑑定結果が出ているのにそれが自然な結果だと考えるよう操られていたのだが……今ではそれがしっかりと判別できるようになっている。我らがかけられた魔術が解除された証だろう」
「そうですか……」
言いにくそうにしながらも、ブランダルの声は落ち着いてききとりやすい。
アリエーナは俺の目の前で自爆し――消え去った。
術者が死亡した以上、その魔術の影響もなくなったと考えても大丈夫だろう。
「では、アリエーナというのは一体……」
「……恥ずかしながら分からぬ。だが、おそらくは魔族なのだろう。どうやってシャララドに潜入できたのかは今となっては確かめる術はないが人を操る力について恐ろしく長けていたことからすると、門番を操り侵入したに違いない。このシャララドには魔力の高い優秀な者が集うのだが……それでも、誰もが違和感を覚えることなくアリエーナを迎えてしまっていた……」
そのことについて、ブランダルは責任を感じているのだろう。
だが――ブランダル以外の者が学校長を担当していたとして、この事態は防ぐことができたとは思えない。
エターナルフォースの影響を受けたシエルにさえ、あれほどの傷を負わせた相手だ。
どうせ滅亡する世界――エルナの言葉が頭をよぎる。
「しかし、操られていたとはいえ私にも当時の記憶がある。私は、アリエーナから何度も結界に関する知識について教えるように求められていた」
「結界の知識というと……?」
「結界を作り上げるためのシステム――コアとなる器具の作り方についてだ」
「へー……そうなんですか……」
ブランダルの言葉に全然ピンとこなかったのは俺だけではないようだ。
リリィも言葉では相槌をうっているものの、どこか目が泳いでいる。
そんな俺達の様子を察したのか、ブランダルは一つ咳払いをして話し続ける。
「結界というものは複雑な過程を経て形成される。魔族の有するマナに反応し、その存在のみを強く拒絶する作用を生み出すためには、ただ強い魔力を有していればよいというわけではない。繊細な技術と、複雑なマナを緻密に混合させることで左右を生み出すわけだが――」
「…………」
「う……あ、はい……えと……はい……」
「む……」
――正直、全然頭に入ってこない。
というか、こんなに早口でペラペラと話すタイプの人だったのか。
数分ほど、意味の分からない用語をきかされ続けた後、ブランダルはもう一度咳払いをしてきた。
「――つまりだ。アリエーナの狙いは、我が魔法学校の技術を転用なのではないかと考える。例えば……魔族ではなく、人族を封じるための結界を作り上げる――等」
「っ――!?」
その言葉をきいて、シエルが耳をぴくりと動かした。
真っ先に俺に視線を移し、話しかけてくる。
「……ユウ様。アリエーナの言葉――覚えていますか?」
「え……ごめん、何のこと?」
「ユウ様がこの部屋に来てアリエーナと対峙した時――彼女はこういったんです。『人封じの結界は失敗でしたか?』って」
「あっ――」
人封じの結界――それがあの脈をうつ黒い壁のようなものなのだとしたら、シエルが調子を崩していたことにも辻褄が合う。
だが、それはつまり――
「……えっと、つまり……シャララドの技術が魔物に奪われたということですか……?」
震えた声を放つリリィ。
一つため息をつきながら、ブランダルが首を横に振る。
「それは……私にも分からない……どこまで敵に操られ、どこまで敵に情報が漏洩したのか……」
「だが、そこまで悲観的にならなくても良いのではないか? 少なくともアリエーナは倒した。それに、貴殿はしっかりと抗っていたではないか」
ふと、ナギがいつにもまして力強く声を放つ。
「私達と初めて会った時の貴殿とアリエーナの会話から察するに、アリエーナはまだ貴殿から肝心な情報をとってはなさそうに見えた。貴殿はアリエーナに操られていたというが……それでも、完全には敵の手に堕ちていなかったようにみえる」
それはブランダルに対する励ましでもあったのだろう。
ナギの語気はやや強めだったが――それでも、たしかに優しさが含まれていた。
それに対し、ブランダルは少しだけ表情を緩めて頷き返す。
だが、すぐに強張った表情に戻ると、ため息をつきながら言葉を返してきた。
「しかし……そうであったとして、今回の件の黒幕はあの女だけではない……おぼろげにしか覚えていないのだが、君達と戦っている時に、アリエーナは何度も『我が王』という言葉を出していた。状況的に魔王の手がシャララドに及んでいたと考えなければならないだろう……」
肘をついて額をかかえこむブランダル。
だが、そういうことなら逆に心配は無用だ。
「大丈夫ですよ! ユウさん、エルドラーリアって魔王を倒したことありますからっ!」
「なっ――なにっ!?」
リリィの言葉に、ブランダルは表情を一変させる。
そのまま、しぼりだすように震えた声を出してきた。
「それは……本当なのか……? 魔王の一柱を……人間が……??」
「本当だ。その功績で、ユウ殿はこの学校の調査をセレンから任されている」
「…………」
大きく見開いた目で見つめられること十秒弱。
ブランダルは、まるで石化したかのように動かない。
思考が停止してしまっているのだろうか。
「あの……『不破の鎧』って言葉」
そんな中、シエルが申し訳なさそうに声を放つ。
それで我に返ったのか、ブランダルははっと息をのんでシエルに視線を移した。
「この言葉に心当たりはありますか」
「それは……あるが……なぜ?」
「アリエーナさんが言っていたんです。『不破の鎧』のマナが自分の衣服に込められているって。だから、もしかしたら何かわかるかもって……」
「……そうか。そうだとすれば、アリエーナと繋がっていた魔王の存在は明らかだな……」
絶句したまま唇をかみしめるブランダル。
険しい表情のままもう一度俺を見て、覚悟を決めたようにゆっくりと言葉を続ける。
「魔王バロバスーラ――人族にとって最も相性が悪い……最悪の魔王だ」




