76話 ありがとう……
俺はゼダのことをよく知らない。
だが――恵まれた環境にいるリリィに対して嫉妬の感情を抱く理由は分かる気がする。
「ゼダさんは優秀でした。だから……この大きな魔法学校に入ったんだと思います。でも……」
「……地下階にいたな」
こくりと頷くリリィ。
そう――ゼダは、あの牢獄のような雰囲気の学校の中であがいていた。
成績下位として扱われながらも彼なりに勉強を続けていたのだろう。
「ゼダさん、言ってました。自分も頑張ったのに……なんでリリィなんかが力を得ているんだって……本当にその通りです。リリィの力はユウさんがくれたものです。それなのに、リリィ、少し調子にのってました……」
「リリィ……」
泣きそうな顔になるリリィを見て、胸が痛くなる。
自分のことを悪く言ってきた男のことを想いやることのできるリリィが、そんな顔をしなければならない理由なんてない。
でも――リリィがそう思ってしまう理由は、俺には分かる気がする。
――なぜなら、俺の力もまた、あの女神がくれたものだから。
「リリィも正義のヒーローになれるって……リリィも、お母さんみたいにかっこよくなれるって……思っちゃいました……リリィ……何も努力してないのに。何も出来てなかったのに。ユウさんに……貰ったから……こんな勘違いっ……!」
それはゼダへの憐れみというよりも――彼に対する罪悪感だったのだろう。
自分だけが救われて、力を与えられたことに対する居心地の悪さ。
それは全て、リリィが自分に自信が無いことから生じる感情だ。
それがリリィの表情を暗くさせていた正体なのだとしたら――俺とリリィは似ているのかもしれない。
「リリィ……頑張ってきたゼダさんに……辛い思い、させちゃいましたっ……助けようとしたつもりが……かえって……! こんなことしか、私はっ――!!」
「――力を与えられたのはリリィだけじゃない。俺もだよ」
「えっ――?」
きょとんとした顔で俺のことを見上げてくるリリィ。
その目には少しだけ涙がにじんでいる。
「俺はこの世界の人間じゃない。別の世界で殺されて――転生したんだ」
「……はい?」
「その時、女神から力を貰ったんだ。俺の強さの秘密はそこにある」
「…………」
ぱちぱちと瞬きを繰り返すリリィ。
そのせいで涙が少しこぼれてきた。
だが、リリィはそんなことを気にするそぶりも見せず俺のことを見つめ続けている。
「冗談……じゃ、なさそう……ですよね……?」
「当たり前だろ」
「…………」
目を見開いたまま、リリィは俺のことを見つめている。
すこしほてった頬とシャンプーの香り――それに心が揺らぎそうになるのを我慢して、リリィの目をまっすぐ見つめた。
「だから……リリィの気持ち……少しは分かるかも。本当はたいしたことしてないのに、周りの評価は違う。……これ、なんか申し訳なくなるよな」
「…………」
リリィは何も答えない。
ただ、じっと俺の言葉を待っているだけだ。
そんな彼女にかけてあげられる言葉があるとしたら――
「でもさ、リリィ。俺はこう考えている。力が与えられたのか――それとも自分で手に入れたのか。そんなものは些細な問題だ」
この言葉はシエルから受け取ったものだ。
シエルの優しさと慈愛が生み出した言葉。
でも――その言葉は、俺の一部になっている。
だから、今度は俺がこの言葉を口にする番だ。
「大切なのはその力をどう使うのかだよ。リリィが今日したこと……そして、ゼダのことを思いやることができたのは、俺が与えた『力』によるものじゃない」
「えっ――」
「リリィの純粋な気持ち――正義を目指す『心』がそうさせたんだ。俺は……リリィみたいな心を持っている人を尊敬する。多分、リリィのお母さんもそういう人だったんじゃない?」
「ユウさん……」
どこかすがるような目で俺のことを見つめてくるリリィ。
「ははっ、まぁこんなこと言われても簡単には割り切れないよな。でも大丈夫だ」
「ん……」
自然と俺は、彼女の頭を撫でていた。
リリィは少し驚いたように体を震わせるものの、特に抵抗することなく俺のされるがままにされている。
「リリィはリリィらしくいればいい。……かっこいいよ、リリィは。本当にそう思ってる」
「…………」
ゆっくりとリリィの頭を撫でる。
完全に乾ききっていない湿った髪の感触が心地良い。
「……あはは。ユウさんには負けますよ……」
ふと、リリィが笑みを浮かべる。
さっきまでのような無理した感じのものではなく、素の感情が現れた爽やかな笑顔だ。
「ん? 何が?」
「ユウさんの方がかっこいいです」
「っ――」
頭を撫でられながら、上目遣いでそう言ってくるリリィ。
あざといぐらいに愛らしい笑顔で真っすぐに俺のことを見つめてくる。
「本当に……かっこいいです……」
「…………」
その目はシエルが俺に向けてくる目だ。
宝石のように情熱的に煌めく瞳が俺の視線を吸い寄せてくる。
「ユウさん……」
「っ――!」
いつの間にか、リリィの顔が近くにあった。
いや――俺がリリィに近づいていたのか。
あと数センチのところまで近づいてきて、ようやく理性を取り戻す。
「ユウさん……」
だが――何をおもったのか。
俺が離れようとすると、リリィは頭を俺の胸に寄せてきた。
「……えへへ」
「…………」
自分の表情を隠すように、俺の胸に顔をうずめてくるリリィ。
そんな彼女を突き放すことなんてできるはずもない。
しばらくの間、頭を撫でながらゆったりとした時間を過ごしていく。
「えと……俺もシャワー浴びてこようかな……」
「……はい。そうですよね」
くすりと笑いながらリリィがゆっくりと離れていく。
その顔が赤くなっているのは――多分、気のせいではないのだろう。
「ユウさん……ありがとう……」
「ん、あぁ……」
そんな彼女の愛らしさに心をこれ以上乱されなくて――
俺の返事は、少しぶっきらぼうなものになってしまった。




