52話 ……二人きりですよね
レイグが案内してくれた宿の部屋は、まさにリゾートホテルのような内装となっていた。
彼は明言していなかったが、立場のある者だけが入ることのできる場所なのだろう。
ここに案内されるまでの間、シエルは当然のように俺の従者として扱われていた。
獣人族に対する差別のような悪意ではなく、その宿を利用する者が従者を連れるような者しかいないということなのだろう。
まぁ、シエルは俺の従者として扱われる度になぜか機嫌がよくなっていたのでスルーしておいたが――
「んーっ……! ふっかふかだなー!」
それはともかく、この大きなベッドには何も考えずに飛び込みたくなるのが人の性というやつではないだろうか。
ガルダーザ山脈の拠点もかなり快適な空間ではあったが、地下であるがゆえに窓はなかった。
しかし、ここには大きな窓があり、ローダンの夜景を一瞥することができる。
もちろん、タワーマンションのような高さはないが、それでもこの夜景を見ながら堂々とベッドに寝転ぶことができるなんて最高だ。
「ん? なんだこれ」
ふと、ベッドの横に置かれていた紙を見る。
書いてある文字は日本語ではない。
だが、なんとなく感覚で書いてある内容が理解できる。
「へー……ルームサービスか。ここに書いてある食事を頼むことができるみたいだけど。シエル、お腹すいてる?」
「いえ。私はまだ」
「そっか。じゃあゆっくりしよっか」
「はい……」
と、シエルがベッドにゆっくりと腰かけてじっと俺のことを見つめてくる。
――なにかを訴えるような目つきだ。
どこか煽情的な視線に、体温が高くなる。
「ユウ様……その……色々ありましたが、お疲れではないですか?」
「大丈夫だよ。シエルの方こそ大丈夫?」
「はい。ユウ様のおかげで……とても充実した時間が過ごせました」
「そっか。それならよかったよ。シエルも……横になる?」
俺の言葉に、少し目を見開いた後、倒れ込むように俺の横で寝そべるシエル。
無言のまま、甘えるようにもふもふの尾を俺の体にからませてきた。
――自覚があるのかどうかは知らないが、なかなかあざといことをする。
ゆっくりとその尾を撫でながらシエルに顔を近づけた。
「……なんか、こうして二人で過ごすの、久しぶりな感じがするよ」
「ふふ……そうですね。リリィさんやナギさんに会って間もないのに……」
「…………」
――無言になってしまった。
十数秒ほど、何もせずにじっと見つめ合うだけ。
さすがに気恥ずかしくなってきて、思わず体を起こす。
「とりあえず着替えようかな。今日はだらだら過ごそうよ。パジャマはどこかな」
「…………」
すると、シエルも追いかけるように起き上がり、俺の肩に頭を寄せてきた。
「シエル?」
「……二人きりですよね」
「そう……だな……」
言葉にはしないものの、その視線には多くの熱が込められている。
赤くなった頬に、しっとりと濡れた唇。
「っ……」
思わず、シエルのアナライズ情報が頭に浮かぶ。
性欲が強い――やはり、あの情報は正確だったようだ。
「今なら……いいですか?」
「えっ――」
「んっ……くっ……」
答えを返す間もなく、シエルに唇を塞がれた。
あっという間に口の中に舌が入り込んでくる。
「んぷっ……ん、んっ……あむっ……」
砂漠をさまよう者がオアシスの水をむさぼるかのように、俺の唾液を舌でからめとり、のどをならすシエル。
どこか苦しそうに目を閉じて、必死に俺を求めるシエルの顔で視界が埋まる。
「はぁっ……んぅ……んく、んむっ――れむっ、んっ……」
そのあまりにも情熱的なシエルの行動に呆けていると、シエルはおもむろに唇を離してきた。
「えへへ……もう、気絶しないですよ……」
「……そうだな」
――そういえば、シエルにはサドの傾向もあるらしい。
それを思い出す妖艶な表情を浮かべたまま、シエルが俺の肩を押してくる。
「ユウ様……」
いつの間にか、シエルに押し倒されるような姿勢になってしまった。
そのせいだろうか。シエルはぎゅっと唇を結んでいる。
申し訳なさそうに眉をひそめ、何かに耐えるように目を涙で潤ませている。
「ご、ごめんなさ……わ、私……」
荒くなった息を必死でこらえようとしているシエル。
そんな彼女を見上げているのが、たまらなく愛おしい。
「……ありがとね、シエル」
「え?」
シエルの頬に手で触れる。
すごく熱い。風邪でもひいているのかと疑いたくなるぐらいだ。
「すごく嬉しいよ。シエルの気持ちが伝わってくる」
「っ…………」
つーっと、シエルの目から涙が零れてきた。
シエルの想い――というか、欲望がまっすぐに俺に向けられている。
もしかしたらシエルは、そんな自分の気持ちのことを申し訳なく思っているのかもしれない。
だが、それは違う。
「もっとしたいんだけど……いいかな」
「ユウ……様……は……ははは……あははは……」
――なにかが切れた音がした。




