38話 恋仲……??
騎士団達の拠点を離れてから数時間。
ひたすらに山を登り続けていく間、俺達は何度も魔物の襲撃を受けた。
頂上に近づいているせいだろうか。俺達に襲い掛かる魔物の力はより強く、その形態はより禍々しいものへと変わっていく。
「んー……随分と派手な魔物が出てくるようになったな。皆、大丈夫か?」
今回の魔物は、一言でいえば巨大なカブトムシ――といったところだろうか。
岩のような装甲で体を覆いつくしたゴーレムのような虫だった。
「はい……私達は無傷です。ありがとうございます」
「凄いですっ! やっぱりユウさんは凄いですっ! あんなおっきな魔物が、ばーんって!!」
「そ、そうかな……」
毎度のことだが、そう無邪気に喜ばれるとくすぐったくて仕方ない。
だが、デレデレばかりもしていられない。この先にいる魔王とやらが本命なのだから。
――と思っていたのだが。
「…………」
どうもナギの顔色が悪い。
心なしか、拠点の小屋にいた時よりも息が荒くなっているようにも見える。
「……ナギ。大丈夫か?」
「ん……どういう意味か」
「顔色悪いだろ。休むか?」
「心配無用。戦闘に影響するようなことは何もない」
「でも……」
気のせい――で片づけるにはいささか看過できないような問題な気がする。
オールアナライズを使えば彼女の体調が分かる気もするが……リリィの時のように変なプライバシーを侵害してしまいそうで怖い。
「それより……ここから先は一層気を引き締めなければ。既に大結界の効力が弱まる場所まできているはずだ。いつミラ・エルツに襲われるか分からないぞ」
言葉の覇気というか、表情の鋭さは衰えていないのだが――どこか違和感を覚えてしまうのは、俺が心配性だからなのだろうか。
「……やっぱり休もう。ずっと歩き続けてるからさ。少しぐらい休憩したっていいだろ」
「何を言って……私は、別に……」
「遠慮しないで。今までずっと戦い続けてきたから、疲れてるんじゃないかな」
「そういうわけではないのだが……」
「頼むよ。実は俺もちょっと歩き疲れたんだ」
そこまで言うと、ナギは諦めたように苦笑してため息をつく。
「むぅ……仕方ないな……それでは、ここらで休むとするか……」
歩きにくい岩だらけの道だからこそ、腰かけるには丁度良い岩は山ほどある。
少し歩いてそこに座ると、ナギは一つため息をついた。
「それにしても……ユウ殿は常識外れだな。あの魔物は物理攻撃に滅法強いのだが……素手で瞬殺してしまうとは」
「はは……」
たしかに、あの装甲虫は、いかにも物理攻撃に強そうな見た目をしていた。
ゲームだったら火属性の魔法で攻めるのがセオリーなのだろうが……周囲を焼き尽くすと進みにくそうなので素手で倒したのだ。
「随分と謙虚だな。そこまでの力がありながら驕らないか」
「あはは……あまり褒めないでよ。なんか恥ずかしくなってくる」
言葉遣いこそ厳かだが、ナギもシエルやリリィに匹敵する美少女だ。
その方向性は違えど、じっと見つめ続けられると照れてしまう。
シエルと一緒に過ごしたおかげなのか、さすがにどもるほど緊張はしないが……それでもちょっと窮屈に思えて仕方がない。
「あ、あの……!」
「ん?」
ふと、シエルが俺の手をつかんでぎゅっと近づいてきた。
何事かと思って彼女の目を見る。
「ユウ様! 私も……尊敬していますっ。ユウ様のこと!」
「……そ、そっか。ありがとう」
「…………」
じーっとシエルが俺のことを見つめている。
一体何を考えているのか分からず戸惑っていると、ナギがくすりと笑って話しかけてきた。
「なるほど。ユウ殿とシエル殿は恋仲なのか」
「えっ――!? ど、どういうことですか!?」
ナギの言葉もそうだが、シエルの動揺の仕方の方に驚いてしまい、思わず絶句する。
「どうもこうも……シエル殿は、ユウ殿が好きなのだろう?」
「えっ、えっ……? えーっ!? ど、どういうことですか?」
「む? まさか、隠していたのか?」
「か、隠していたというわけでは……で、でも恋仲……恋仲……??」
ちらちらと俺のことを見つめてくるシエル。
いや――あんだけどっぷりとキスもしたのに、今更だと思うのだが……
たしかに、いざシエルが『彼女』と言われると……かなり気恥ずかしいものがある。
好きとは伝えた気がするが……そういえば、シエルとの関係は凄く曖昧な気がする。
もしかしたら、そのことでシエルを不安にさせてしまったのかもしれない。
「……うん。俺はシエルが好きなんだ。シエルは俺の彼女だよ」
「うっ――きゅっ――!?」
と、シエルが頓狂な声を出した。
そして――
「ぐっ……ペ、ペインインデュアッ!!」
真っ赤になった顔を隠すかのように俯いた――と思った瞬間、シエルは近くにあった大きな岩へ頭を叩きつけた。
あまりに狂気じみた行動に思わず絶句してしまう。
「シエル……さん? な、なにやってるんですか……?」
「大丈夫です……このスキルは苦痛耐性を付与します。だから……大丈夫ですっ!」
「え、何言ってるんですか……? リリィ、よく分からな……」
「私は屈しません!! 今は真面目な時ですからっ!!」
「いやいやいやっ! やめろシエル! 落ち着けって!」
「落ち着きますっ! これから落ち着きますっ! 大丈夫です!! 今は……違うことを考えないとっ! やああああああああっ!!」
――だめだこの子……早くなんとかしないと……
今シエルが考えていることは野暮だから詮索しないでおくが、それにしてもこの行動はやめさせないと色々な意味でヤバい。
リリィと俺が困惑していると、ナギはくすりと笑ってゆっくりと話す。
「……ふふ、シエル殿は面白いな。しかし、そこまで強く想うことができる殿方と会えたことは素直に羨ましい。そういえばセレンも……ふふっ、懐かしいな」
「セレンさん? どういうことですか?」
ふと、シエルが汗を垂らしながらナギを見上げる。
どうやら少し気がそれたようだ。
「セレンには想い人がいてな。その人を想えば力が出ると良く私に言っていた。それ以上に、私にも早く想い人ができればいいねと、よくからかわれたものだ」
「……ナギさんは好きな人、いなかったんですか?」
リリィがそう問いかけると、ナギは照れくさそうに苦笑する。
「恥ずかしながら。剣と飯のことしか考えていない人生だった」
「そうなんですか? でもナギさん、すっごく綺麗なのに」
「そうなのか? しかし……それを言ったらリリィ殿の方が愛らしい顔をしているではないか。まったく……憧れるよ」
「憧っ――! ほ、本当ですかっ!?」
「あぁ。私はよく目つきが悪いと言われていたからな」
「えーっ!? リリィ、ナギさんみたいな釣り目になりたいですよー。かっこいいのにっ! ユウさんもそう思いますよね!?」
「え、俺?」
素で俺を追い詰めてくるリリィに、思わず変な声が出る。
だがまぁ、たしかにリリィの言う通り、ナギも美少女なのは間違いない。
「うん……いいと思うよ」
「そ、そうなのか……それは……どうも……ありがたいな……」
と、ナギがぷいっと視線をそらした。
――もしかして照れているのだろうか。
リリィに綺麗って言われても特に気にした様子がなかったのに?
ふと、シエルが半目になりながらナギに話しかける。
「……ナギさん。今、少しときめきましたよね?」
「なっ――!? どういう意味だっ!」
「そういう意味です」
じーっとナギを見つめ続けるシエル。
――もしかして、これ、修羅場ってやつなのか?
「むむ……いや、侮ったな。シエル殿はこういう返しもできるのか」
「も、もう……知らないですよ……」
そう言いながら俺の後ろに座り込んでそっぽを向くシエル。
こういう時は――どうするのが正解なんだ?
「あー……その……結構いい景色だよなぁ。ここ」
それは一種の逃避なのだろう。
ふと思い浮かんだ言葉を口にする。
「ふふ……ユウ殿は面白い方だな。この状況で風情に浸るか」
「勘弁してくれって……俺だってこういうのは慣れてないんだ。せっかくの休憩なんだからゆっくりしようよ」
「す、すいません……別に変な空気にするつもりじゃ……」
そう言いながら俺にしがみついてくるシエル。
「はは、大げさだな。これから魔王様と戦うんだろ。少しは余裕を持とうぜ」
「魔王と戦うのに余裕って……そんなこと言えるの、ユウさんだけですよぉ……まぁでも、凄く綺麗な景色ですよね。ここ」
今まで自分達が登ってきた道のりが広大な景色となって広がっている。
これを頂上から見ることができたら、さぞかし気持ちが良いだろう。
登山家がそこに山があるからと言って登る理由も分かるというものだ。
「ふむ。では……私もしばし景色を楽しむとしよう。ゆるりと休めるのは、これが最後だろうからな」
そんな光景に目を奪われていたせいで――
俺は、ナギの言葉にこめられた言葉の意味を考えることを見過ごしてしまった。




