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3話 君の名前は?

「私は……死んだのですか?」

「っ――!」


 その少女の顔を改めて見たとき、俺は思わず絶句してしまった。

 さっきは全然気にしていなかったのだが、こうして近くで注意してみると、彼女の顔がよく分かる。


「大丈夫……なのか……?」


 彼女の顔は、およそ人のものとは思えないほどに崩れ落ちている。

 鼻や口は、まるで下手な整形手術でも受けたかのようにひんまがっている。

 目も潰れているようで顔は血だらけになっている。予想以上にグロテスクな光景だ。

 しかも、体中には、さっきのドラゴンとの戦いだけでは説明できない古い傷が大量に刻まれている。

 その体を申し訳程度に包み込む白のワンピースは、煤だらけでボロ雑巾のようになっていた。


「ゲホッ、ゲホッ……ごめんなさい、血が口に混じってて……ケホッ。わ、私……死んでいるわけでは、ないのですよね?」

「……死んでないよ。俺が分かるか?」

「……はい。分かります。あ、申し訳ありません、先ほどの戦いで目をやられたようで……どこに顔を向けたらいいのか分からず……えっと……助けてくれたのですか。ありがとうございます」


 ――胸が痛くなる。

 こんな凄まじい傷を負いながら、少女はその場で膝をつき、土下座をするように頭を下げている。

 なんとかしてこの子の傷を癒してあげられないか――そんなことを考えていると、自然と頭にある言葉が舞い降りてきた。


「ヒール」


 その言葉を口にした瞬間、エメラルドグリーンの光が少女の体を包み込んでいく。

 ヒール――ファンタジーでよく目にする、回復魔法の名前。

 ゲームの世界で見たようなエフェクトが、リアルな光景となる様に驚きつつも――どこか自然なことだと受け入れてしまう自分がいた。


「うわ……」


 みるみるうちに少女の顔が変化していく。

 爛れてグロテスクだった少女の肌は、まるでモデルのような白い肌へと変化していく。

 目や鼻の形も綺麗に変化して――


 いや、変化というより、もともと彼女はこういう顔だったのだろう。

 これはあくまで感覚に分かることなのだが、俺が使ったヒールは、おそらく傷を癒す効果しかない。彼女の崩れた顔は『傷』として残っていた――そういうことなのだろう。

 エメラルドグリーンの光が消え去った頃には、可憐な少女の顔が残っていた。



 ――いや、にしても変わりすぎだろ……



 長い銀髪に、藍色の瞳。

 銀と黒のグラデーションのかかった猫耳と、もふもふな尾。

 服装の貧相さが、逆に背徳的なエロスを感じさせてしまうほどの、あどけなくて愛らしい顔つき。


 正直、ヒール一つでここまで美少女になるとは思っていなかった。

 ぶっちゃけ緊張してしまう。せめて適度にブスであってほしかった。


「あ、あれ……? 目が……あ、やられてなかったのかな……」


 さっきと比べて、声も透き通った、綺麗なものになっている。

 喉にも傷があったのだろうか。


「どうかな。傷、痛くない?」


 ともかく、困惑している少女に、童貞丸出しの邪な感情をぶつけるのは良心が傷む。

 そうでなくても、さきほどまで生きているのが不思議なほどの傷を負っていたのだ。

 見た目どおり、彼女の負担が消えてくれていればいいのだが。


「何が起こったのですか……?」


 目をこすりながら、俺のことを見上げてくる少女。

 やはり、状況がよく分かっていないらしい。


「さっき君が戦ってたドラゴンは、ちゃんと倒したよ。よく一人で頑張ったね」

「倒した……? あの、ガラ・ドーラを……?」

「あはは……なんか、消えちゃったけどな」

「これはっ――」


 竜の肉体は俺が剣で貫いたせいで塵のように細切れになって消滅してしまった。

 後に残ったのは――血だろうか。

 渓谷全体が、絵具で塗られたかのように赤色に染まっている。


 ――これはこれでグロテスクな光景だ。あまり見たくない。


「貴方は……神様なのですか……?」

「え? 俺が?」

「…………」


 こくりと頷く少女。

 どこか畏怖したような表情で俺のことを見上げてくる。


「ごめん、俺は神様じゃないよ。何か期待させちゃってるなら……その、ごめんね」

「……そのようですね。マナの流れは人そのものです。お強いのですね。ありがとうございました」

「うん。元気そうでよかったよ……」


 あまりに綺麗にお辞儀をする少女に、俺の方が気圧されてしまう。

 だが、少女も少女で、俺のことを少し警戒しているようだ。

 おそるおそるといった感じで俺に話しかけてくる。


「貴方はなぜここに? ゴンベルドン様が助っ人を……というわけではないですよね?」

「ゴンベルドン……?」

「……? ゴンベルドン様をご存じないのですか?」


 怪訝に眉をひそめる少女。

 ――失言だったのだろうか。とはいえ、本当に知らないのだから仕方ない。

 ここは正直に話してしまった方がいいだろう。


「ごめん、その……俺、本当に遠くからきたからさ。このあたりのこと、全然分からないんだ」

「あ、そうだったのですね……失礼しました……」


 それにしても――と言いたげに首を傾げる少女。

 だが、それ以上詮索はしてこなかった。

 代わりに、少女は淡々とした声音で俺に問いかけてくる。


「あの、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「ん、あぁ。朱谷 悠だよ。よろしくね」

「アカヤ・ユウ……ユウ様ですね。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 もう一度、綺麗にお辞儀をする少女。

 ――本当に綺麗だ。ここまで姿勢の良い女の子を俺は見たことがない。


「そうだ。俺、行く当てがなくてさ……近くに人里があったら教えてほしいんだけど」

「え……?」


 と、少女が驚いた様子で目を見開く。

 その意味が分からず言葉を詰まらせていると、少し慌てた様子で少女が言葉を続けてきた。


「あ、失礼しました。その……ただ、このあたりは危険区域です。安全地帯なんてありません」

「え、そうなの?」


 こくりと頷く少女。


「ここはライドレード渓谷という場所です。多数の魔物が蔓延る上に、ガラ・ドーラの支配領域ですから、人が住めるところはないですね……」

「そうなんだ……」


 ――あの女神、なんてとこに飛ばしてくれたんだよ……


 俺の能力についても何も説明してくれなかったし、なんて適当な女神なのか。

 まぁ――なぜだか分からないが、能力の使い方は、感覚で分かってしまうから別に構わないといえば構わないのだが。


「もし行く当てがないのなら、私を御供にしていただけないでしょうか。デクシアへご案内いたします」

「えっと……そこが人が住んでいる所なの?」

「はい。ゴンベルドン様が統治されていらっしゃる安全地帯です。貴方の強さがあれば、生活には困らないと思います」


 それはありがたい。

 この世界の地理について何の知識もないまま、ひたすら野宿を繰り返すなんてきつすぎる。


「そうなんだ。じゃあ、お願いできるかな」

「はい。よろしくお願いします」


 そう言いながら、再び綺麗にお辞儀をする少女。

 ――何かある度に、こんな綺麗なお辞儀をされては、やりにくくて仕方ない。

 フレンドリーに、とはいかないまでも、もう少し打ち解けられないだろうか。


「それで、君の名前は?」

「えっ……?」


 そんな考えもあって、そう彼女に問いかけたのだが。

 少女は『何を言っているの?』とでも言いたげにきょとんとした顔で俺のことを見つめている。


「……ん? どうしたの?」

「いえ……その、私、獣人族ですよ……?」

「え? あぁ……そうみたいだね」


 ファンタジーあるあるの亜人ってやつだろう。

 猫耳も尾も非常にキュートだ。素晴らしい。


「……? あれ、名前は?」

「???」


 困惑した表情で首を傾げる少女。

 その意味が分からず、俺もつられて首を傾げてしまう。



「あの……獣人族に名前なんて、あるはずないじゃないですか……?」


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