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4話 違いましたか……?

「えっ……?」


 一瞬、そういうものなのかと思いもした。

 だが、よく考えてみても、少女の放った言葉の方がおかしいという結論になる。

 少なくとも、俺の見てきたファンタジー世界では、獣人族に名前がないなんて設定は見たことはない。


「本気で驚かれているのですか……? ユウ様、貴方は一体……?」

「いやいやいや、どういうことだよ?」

「どうもこうも……え……?」


 淡々としていた今までの表情とは打って変わり、困惑した眼差しを見せてくる少女。

 念のため、もう一度記憶を遡る。


 ――うん、やはり獣人族に名前がない、なんてのはおかしい。


「えっと……名前がなきゃ呼びにくいよね?」

「手を鳴らしていただければお伺いしますが……?」


 ――ダメだ。

 困惑を通り過ぎて、まるで俺を憐れむかのような表情を向けてきている。


「ごめん……それはちょっと俺の常識とは違うかも。もし嫌じゃなかったら、名前をつけてもいいかな?」

「っ――!? そんな、私などに名前なんて! なんて」


 張り詰めた声をあげながら大げさに首を振る少女。


「頼むよ。やりづらくて仕方ないんだ。どんな名前がいい?」

「っ――!? な、なんて恐れ多い……あ、あうああ……」


 ついには、頭を抱え込んでしゃがみこんでしまった。


「……ごめん、やっぱやめとこうか?」

「ぅ、ぁ……」


 若干、涙目になっている。

 もしかして、この世界の獣人族は名前というものが嫌いなのだろうか。


「そ、そんな悲しそうなお顔、なさらないでください……ユウ様のやりやすい方法で構いませんので……その、どうぞ……」


 そう言って、ぎゅっと目を瞑る少女。

 まるで初めてのキスを受け入れる時のような、緊張と期待が満ちたような顔に見えるのは俺の心が邪なせいだろうか。


 ――いや、落ち着け……名前だ、名前……


 この流れだと俺がつけることになるのだろうか。

 それならまぁ――あまり変な名前をつけるわけにはいかない。

 ファンタジーな世界観のゲームでよくきくような名前をつけてあげよう――


「そっか。じゃあ……シエルとか、どうかな。特に由来とかはないんだけど……思いついたから」

「……っ!?」


 ふと、少女がびくりと体を震わせて顔を伏せる。


「シエル……私の名前は……シエル……」


 何度もその名前を呟きながら俯く少女。

 ――何を考えているのだろうか。表情が隠れていて察しにくい。


「えっと……気に入らなかったなら、他の名前も考え――」

「いえっ! 大丈夫ですっ! それで大丈夫ですっ! シエルですっ」


 と思いきや、いきなり顔をあげる少女。

 強く両手を握りしめながら、食い入るように俺のことを見つめてくる。


「わ、分かったよ……じゃあよろしくね、シエル」

「っ――!?」


 ――忙しい女の子だなぁ。


 まさか握手を申しこんだだけで、こんな飛びのくようなリアクションをされるとは思わなかった。


「あ、あのあの……ど、どういうことですか?」

「いや……握手しようとしただけなんだけど……」

「握手……?」


 もしかして、この世界には握手の文化がないのだろうか。

 怪訝に首を傾げる少女に、苦笑しながら答える。


「えっと、親睦を深めるために手をつなごうと思って……」

「な、なんですってっ――!?」


 声を裏返しながら、信じられないものでもみたかのように口をパクパクとさせるシエル。

 その動揺は、俺があの竜を仕留めた時のものとは比較にならないほどだ。


「……私、獣人族、なのですよ? 手なんて繋いだら、貴方の手が汚れてしまいます……」

「ごめん。その獣人族だからどうこうって、よく分からないな。何かあるの?」

「…………」


 ――まぁ、答えなくても、ここまでくればなんとなく察することができる。

 多分、この世界では、獣人族に対して差別があるのだろう。

 まったくけしからんことだ。こんなに愛らしい耳と尾がついているのに。どこが汚らわしいというのだろう。

 むしろ、アイドルなんて目じゃないほどの圧倒的美少女なのだ。ここが日本なら、握手会のチケットは即完売必至だろう。


 ともかく、これではいつまでたっても進展しない。

 少し方向性を変えて話しかけてみるとするか。


「はは、俺と握手するのが嫌ならしなくていいけど?」

「と、とんでもないですっ! そんなこと――」

「じゃあ、ほら。よろしくね、シエル」


 差し出した俺の手をじーっと見つめるシエル。

 おそるおそる、俺の手首に片手を添えてきた。


「……し、失礼します」

「…………」


 ――どうしてこうなった。


 俺は握手をするつもりだったのだが。

 シエルは俺の手に指を絡ませ、きゅっと手をつないできた。


「え……ちょっ――」

「あれ……違いましたか……? たしか、男女で手を繋ぐ時はこうするって……ゴンベルドン様は、お妾様とこうしてたのですが……??」


 ――妾って!!


 もしかして、彼女は相当な世間知らずなのではないだろうか。

 


「いや、だからこれは握手じゃなくて恋人つなg――」

「あ……ユウ様の手、あったかいですね……とても心地良いです」

「………………」



 ――グッジョブ、女神。サンキュー、異世界。



 少しだけ緩んだシエルの口元。

 その儚げな笑顔がとても愛らしくて――


 俺はただ、黙っていることしかできなかった。


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