10話 もう少しだけ……
この世界に来てから三日目。
俺は、シエルに続きセドウェイの森をひたすらに進んでいった。
昨日の夜は、シエルと色々とあったが――あれが嘘のように、シエルは黙々と道を進んでいった。
互いに口数は殆どなく、だからといって気まずくはなく、ただひたすらに歩き続けること数時間。
森を抜け、再び日が落ち始めた頃、ようやく俺達の前にそれらしき光景が現れた。
遠目で見てもはっきりと分かる大きな防壁。その向こう側は良く見えないが、人がいそうな気配がする。
「あれがデクシア?」
そうシエルに問いかけると、シエルは神妙な面持ちでゆっくりと頷く。
眉をひそめながら、シエルはゆっくりと俺に振り向いてきた。
「ユウ様……私……」
そのまま、何かを言いたそうに潤んだ目を見せてくるシエル。
だが、しばらくすると、シエルは一度俯き……その後に、にっこりと笑ってきた。
「……ユウ様。疲れてないですか?」
「うん。大丈夫だよ。シエルは?」
「平気です。あの……楽しかったです。一緒に歩けて」
若干、顔を赤らめながら笑いかけてくるシエル。
そんな表情を向けられたら何も言えなくなってしまう。
しばらく沈黙を続けた後、シエルはもう一度微笑んで、ゆっくりとデクシアに向けて歩き出す。
その微笑み方は、どこか作り笑顔のようで――
「む……? なんだ、お前達は」
防壁の一部であるデクシアの門に近づくと、前の方から声が聞こえてきた。
数メートル程の幅のある鉄格子の扉が何重にもなっており、奥行きも十メートルはありそうだ。
その向こう側は兵士が一人立っている。
どうやら、その兵士に話しかけられたらしい。
「ガラ・ドーラ誘導任務を命じられました、戦闘奴隷です。ガラ・ドーラにつきまして、ゴンベルドン様にご報告したいことがありまして、戻って参りました」
と、いきなりシエルが敬礼をしながら大声をあげはじめた。
――さながら軍人を彷彿とさせるような凛とした姿勢に、よくとおる声。
「なに……? まさかお前、決死隊……? ということは、脱走兵かっ!」
「いいえ。私は任務に違背しておりません。奴隷紋をご覧ください」
そう言いながら、兵士に向かって背を向け、髪をたくしあげるシエル。
任務に違背すれば、奴隷紋が苦痛を与え、やがては死に至る――
それでもシエルがここにいるということは、シエルの言葉が真実であることにほかならない。
「…………」
兵士は、手元に持っている水晶のようなものをかざしながら、それを覗き込んでいる。
何をしているのか――そう思って兵士のことを見つめていると、彼はすっと水晶を懐にしまい、声をかけてきた。
「奴隷紋にゴンベルドン様の家紋が刻まれていることを確認した。嘘はついていないようだな。横にいる君は誰だ?」
「この方は通りすがりの冒険者です。職を探して放浪をしていたようで」
「ほぅ……野垂れ死にかけの放浪者に職をやるほど、ここは余裕のあるとこじゃないんだがな」
そう言いながら、嫌味な視線を向けてくる兵士。
だが、即座にシエルが兵士の言葉に反応する。
「この方の強さは本物です。少なくとも、戦闘奴隷の私より、強さは上であることは保証いたします」
「ふむ……まぁ、人間であればなんでもいい。無能なら無能なりに死んでもらうだけだからな。では、横にある水晶に手をかざしなさい」
「かしこまりました」
兵士の言葉に、シエルは淡々と答える。
言われて気づいたが、門の横には、手のひらサイズの水晶が防壁に埋め込まれていた。
「ユウ様、こちらに手をかざしていただけますか」
「あ、うん……」
シエルに促されるまま、水晶に手をかざす。
……特に何も起きない。なんの意味が分かるのかも分からない。
――だが。
「うむ、大丈夫だな。入りなさい。開門時間は10秒だ」
ガシャン、という大きな音と共に、鉄格子の扉が横に開いていく。
その派手な様子に驚いていると、シエルが俺の手を掴んできた。
「ユウ様、こちらへ。急ぎますっ!」
「あ、うん……」
シエルに手をひっぱられるまま、急いで走る。
いきなりことで驚いてしまったが――女の子にひっぱられて走るなんて生まれて初めてだ。
少し緊張してしまう。
「ありがとうございました」
「……ふん」
門をくぐり、門番と思われる兵士に頭を下げるシエル。
だが、兵士はこちらのことを見ることはしなかった。
職務に忠実なのか、それともただの嫌味なのか分からないが、彼はずっと門の外へ視線を向けている。
ともあれ、中に入れたのであれば、こちらも彼に用はない。
俺はシエルに手を引っ張られたまま、デクシアの中を歩いていく。
「……ユウ様は、安全地帯は初めてですか?」
「え? あ……うん……そうだね……」
手を繋ぎっぱなしなので、距離が近い。
だが、シエルの真面目な表情を見ていると、それを指摘するのも野暮だと思ってしまう。
「魔物の中には見た目が人と大差なかったり、人に擬態してきたりするものもいます。さっきの水晶は、そういった魔物の侵入を防ぐための装置なのです。手をかざした者が人か魔物かを判別する機能があります」
「へー……そうなんだ。教えてくれてありがとう」
「いえ……お役に立ててうれしいです。ゴンベルドン様のお屋敷まで少々歩きます。後少しだけ……」
と、そこまで言うとシエルの視線が下に向けられた。
その先は、ひしっと繋がった俺とシエルの手。
「あ、手……」
「っ……」
一気に、体の熱が上がる。
どうしていいか分からず固まっていると、シエルがゆっくりと俺のことを見上げてきた。
「……あの、お屋敷まで……このままでいいですか?」
「えっ……」
「ユウ様と握手をしていると……落ち着くんです……だから、もう少しだけ……」
――この悪魔的に可愛らしい上目遣いは無意識でやっているのだろうか。やっているんだろうな。シエルのことだし。
とはいえ、その言葉を断る理由なんてありはしない。
「……いいよ。一緒に歩こう」
「はい」
シエルはゴンベルドンの奴隷だ。
こんなふうに、シエルとずっと一緒にいることはもうできないのだろう。
だが、シエルに頼り切りで生きていくわけにもいかない。
だから俺は、シエルとの別れを受け入れなければならない。
でも、それならせめて、あと少しだけ――
シエルの温もりを忘れないためにも、手を繋ぐくらい許してくれたっていいだろう。
「ユウ様……行きましょう」




