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昨夜の出来事を思い出すと、レティア姫は再度首を傾げた。
美しい夕焼けを一緒に見て、沢山のキスをして、部屋に戻って1度お別れをして湯浴み。その後、一緒にチェスをして、夜風が気持ち良くなってからベランダで星空鑑賞。それで寝た。
「やはり喧嘩なんてしていません。ヴェガ修道院のこと、ユース様に聞いてみます」
「いや、聞くな。こっそり根回ししているのをたまたま知ったんだ。酷く憔悴した顔だったそうだから、レティアが原因でないのなら、汚職でも発見したのか?」
ディオク王子の発言に、レティア姫はまた首を傾げた。
(逆ではないのでしょうか。そもそも、私と喧嘩したら修道院に引きこもるだなんて突飛な発想、ディオクお兄様はお疲れかしら)
ディオク王子は立ち上がり、礼を言ってレティア姫の書斎から退出。
「ユース宰相のことは放置で良いと思います。本当にヴェガ修道院に引きこもるなら、レティア様に何か一言あるでしょう。それか既に寝込むくらいの酷い有様か」
「寝込む? まさか、ユース様……。ご病気で? カールさん、何か聞いているのですね」
「違います。レティア様と喧嘩して、知らないなどと言い放たれると寝込むくらい落ち込むという意味です」
ケラケラ笑うと、カール令嬢もソファから立ち上がった。
「そんなことありません。ユース様なら、拗ねた私を追いかけてきて、折れてくれます。それで、私も素直に謝れます」
照れ照れ笑うレティア姫を無視して、カール令嬢はそそくさと部屋を出て行った。
彼女は軽い恋愛話くらいでお腹いっぱいになるので、主だが友人でもあるレティア姫が幸せそうなので、もう満足だった。
むしろ、これ以上話しを聞くには満腹過ぎて無理である。
(相変わらず、レティア様の前では猫被りしているのか、あのアホは)
レティア姫の書斎を後にしたカール令嬢は、そのままユース宰相を探し始めた。
祈念日はレティア姫の帰城が遅くなる。なので、ユース宰相も定刻で仕事を終わらせずにいるだろう。
カール令嬢はそう予想を立てて、ユース宰相の執務室を目指した。
政務室の前に、近衛騎士が2名いて、ノックをすれば部屋の主から返事あり。
カール令嬢の予想は的中だった。
「カールです。失礼します」
「どうぞ」
カール令嬢がユース宰相の政務室に入室すると、先客がいた。
ユース宰相が座る政務机の前、ソファに腰掛けて目を瞑っているのは、フィラント王子だった。
「丁度良かったカール。私は今夜からヴェガ修道院に潜入する。汚職調査が名目だ。レティアに伝えてくれ」
フィラント王子が目を開き、無表情でコーヒーカップを手にした。
「ユース、本当に1週間もレティアに会えなくて平気なのか?」
「むっ、無理だーー! 無理だよフィラント君。でも一緒にいるのも、答えが出てないから無理! しかし今も無理! あと調査も必要!」
ベシベシ政務机を叩くと、ユース宰相は政務机に突っ伏した。
カール令嬢は、タイミングの悪い時に来訪したと即座に判断。回れ右した。
「かしこまりました。失礼します」
「カール令嬢、女性のことは女性だ。身重の妻と息子が待っているので任せる」
コーヒーを一気飲みしたフィラント王子が、スッとソファから立ち上がる。
カール令嬢とフィラント王子の視線がぶつかり、バチバチと火花が散った。
2人はほぼ同時に動き、ドアを開けさせないと手をついたのはフィラント王子で、ドアノブを掴んだのはカール令嬢だった。
「帰らないのですか? フィラント王子」
「俺は貴女にユースを任せた、カールさん」
無表情のフィラント王子としかめっ面のカール令嬢が見つめ合う。睨み合うのほうが正しいかもしれない、少々不穏な空気。
「あー、フィラント。浮気だ浮気。エトワールに言い付けてやろう。美女に鼻の下を伸ばしていたってな」
ユース宰相は突っ伏すのをやめて、頬杖をついてニヤニヤ笑いを浮かべた。
「おい、ユース」
フィラント王子はギロリとユース宰相を睨みつけた。
戦争で数々の武勲を挙げた歴戦の英雄騎士、黒隼の異名を持つフィラント王子の目は殺気立っている。
近くにいるカール令嬢の腕にぶわっと鳥肌が立つ。
フィラント王子がチラリとカール令嬢を一瞥し、その眼差しも殺気を放ったままだったからだ。
睨まれたユース宰相はというと、兄弟のように育ってきたので、もう慣れっこ。涼しい顔で「冗談だもん」と口にした。
「その気持ちの悪い語尾を、いい加減やめろ」
「やめないんだもん。金髪美女に目がない、鼻伸ばしフィラントには言われたくないんだもん」
「おい! 俺が好むのは金髪美女ではなくてエトワールだ!」
「うげえ。惚気るなよ。友がこんなに困っているのに、好きにしろって何のアドバイスもくれない酷い浮気男。薄情者!」
シッシッと手を動かすと、ユース宰相はそっぽを向いた。
フィラント王子はジト目になったが無言。
「あの……。フィラント王子。何を相談されたのですか?」
雰囲気が丸くなったフィラント王子に、カール令嬢はそろそろと問いかけた。
ユース宰相はそのカール令嬢に向かってウインクを飛ばした。
(フィラント王子を恐れたことを見抜かれた上に、もう大丈夫だっていうあの薄ら笑い。クソッ、相変わらず腹立たしい男め)
カール令嬢はユース宰相に対して、少々同族嫌悪を抱いている。それは、人を自分の都合良く操るところだ。良く言えば視野が広いということ。
カール令嬢を怖がらせて、何も気がついていないフィラント王子は逆に視野が狭い。良く言えば、余計な思考をあまりせず、注意力散漫になりにくい。
カール令嬢は、何となくこの後の展開に気がついた。
「よし決めた。じゃあなフィラント。晩酌出来なくなるのは、少し寂しいな」
切なげに微笑むユース宰相に、フィラント王子は無表情で無言。
(1人で考え事をしたいから、ついでに気になっている汚職調査をしてくるか。宰相なのに1週間不在とは、根回しが終わる前に陛下とディオクに相談しよう。ユースに説得なんて無駄だ)
心の中でボヤきながら、それを表情に表す筋肉が上手く動かないフィラント王子は「ああ」とだけ返事をして、無表情で政務室から出て行った。
「よーし、フィラントは私を怒らせた。相談に乗ってくれるようで乗らないって酷い酷い。ノーアドバイスってムカつく。カールちゃん、レティアと私は1週間お引越しするよ」
パチンッと指を鳴らしたユース宰相に、カール令嬢は冷ややかな視線を送った。
「推測すると、汚職調査はフィラント王子にさせて彼の名誉を高める。彼が不在の間、東塔で暮らし、レティア姫をエトワール妃やクラウス王子に押しつけて、1人で考え事。ですか?」
「少し違うけど、さすが物音に怯えるハムスターちゃん。賢いね。今回は根回しを手伝ってね」
「チッ」
盛大な舌打ちをすると、カール令嬢はドサリとソファに座り込んだ。
(この国で暮らすようになってまだ半年少々。まだまだ人脈不足で、このアホにはまだ勝てない。変な噂は御免だ。相変わらずムカつく)
本人の希望と、尊敬する人に頼まれて聖女レティア姫の近衛隊長となったカール令嬢は、時折ほんの少しだけ後悔する。
彼女は人にこき使われたり、不自由な目に合うことが嫌いだ。
自国だと完全にユース宰相よりも格上のカール令嬢も、アルタイル王国内だとユース宰相からの、常識的な範囲の命令だと装われた場合、突っぱねられない。
今から頼まれる事は、その常識の、いや近衛隊長や世話係としての業務範囲内だろう。
カール令嬢はそう推測して、また舌打ちした。
「ディオク君が、最近一緒に寝てくれないんだ。部屋の鍵を変えて、隠し通路も塞ぎ、近衛騎士に私を追い払わせる。陛下を寝不足にする訳にはいかないしさ」
んー、と両腕を天井に上げて伸びをしながら、ユース宰相は首を回した。
「純情レティアと破廉恥レティアが喧嘩してて、どちらが正しいのか結論が出ない。1週間くらい考えたら、答えが出るだろう。あっ、言うなよカール。レティアの気持ちではなくて、私の心構えの問題だからな」
「勝手にしろ。私に害が無ければ協力する」
カール令嬢は腕を組んで目を瞑った。
(今回の犠牲者はフィラント王子か。可哀想に。離れて寝ると浮気していない証明が出来ないって、今のレティア様は浮かれ過ぎていて、浮気の心配なんて全くしていないというのに)
この夜から1週間、フィラント王子は地方の治安視察に旅立たされた。
ユース宰相の「エトワールは以前暮らしていた街のお菓子が食べたくて仕方がない」という嘘にまんまと釣られて、急な治安視察をアッサリと了承。
互いに支え合って育ったユース宰相とフィラント王子の、この妻で振り回されるところはそっくり。
しかし、ユース宰相を似たような手で釣ろうとしたり、操ろうとすると、恐ろしい逆襲が待っている。私の可愛いレティアを駒として使うなんて、許されると思うのか? という思考回路を知らないと痛い目を見る。
ユース宰相は1週間、フィラント王子の不在中、妊娠中で子育てをしているエトワール妃を手伝うという名目で、レティア姫と共にフィラント王子邸である東塔で暮らした。
毎晩、レティア姫をエトワール妃か甥っ子のクラウス王子に泣く泣く押し付けて、妻の胸をもう揉むか揉まないかを自問自答。
寝不足になり、昼寝時間確保の為に仕事をするスピードを早め、側近達に悲鳴を上げさせたが、同時に昼寝しているなんて知らない側近達からは尊敬も集めることになる。
ユース宰相はレティア姫のことではバカでアホだが、食わせ者の策略家。色々とちゃっかりしている。
次回予告
「純情な乙女心」仮




