50 再開
ローズマリーをなじる言葉がつきてきた頃、一人の夫人が、一歩も引かないローズマリーを見て立ち上がった。
そっとそばに寄ってきて、「さすがに、もう」とマルヴィナに言った。
「あなたも、帰りましょう、ここにいたって……」
そっとローズマリーの肩に触れて、帰らせようとするその夫人はとても優しい。
あまりに人の冷たさに触れすぎると、ほんの些細な優しさが酷く熱く感じられる。
けれどもローズマリーは、ここにいる。
そう返そうとしたとき、しめられていたホールの扉が勢いよく開いた。
そうして中に、転がり込むようにして一人の男性が入ってくる。
「ぎゃあ! 盛大に転びましたわ!」
「あわわ! しっかりセオドア! しっかりなさい!」
「大切な約束なのでしょう!?」
扉の向こうには、慌てるシェリル、クロエ、イーディスの姿があり、セオドアが慌てて転んだのを見て彼女たちも大慌てだ。
その様子はなんとも微笑ましくて、冷たく凍り付いていた体は、すぐに動き出す。
ローズマリーは、無意識に掛けだしていた。
セオドアはすぐに起き上がって、駆け寄ってくるローズマリーを見つけてぱぁっと表情を明るくさせた。
なぜか頭から流血していて、彼は死闘を繰り広げた後みたいな様子で胸が苦しくなる。
何があってもきっと、ローズマリーの元へと来てくれると思ったが、まさかこんなにボロボロになっているとは驚きだ。
嬉しいやら苦しいやら、涙がにじんで彼の手をつかんで、ぶつかるように強く抱きしめた。
「っ、よくっ……よく、来てくれましたっ、セオドアっ!」
「あ、う、うんっ!! ごめん、ごめんっ!! 僕、気が付いたらなんか外も暗くて知らない場所にいてっ、もうダメかもって、最悪だって、思ったけどっでも!!」
すぐに彼からもらった水の魔法具を取り出して、少し離れて彼の頬に触れて傷を癒やす。
「でも、頑張ったよ! ダメかもでも、絶対今日は君の元に行かなくちゃって、行くって決めてたからっ!! ローズマリィ」
セオドアが目をつむるとぽろぽろと涙が落ちる。
彼はやっぱり泣き虫で、でも今日ばかりはローズマリーも人のことが言えない。
涙はこぼれはしないけれどセオドアを見る視界が歪んで、揺らめいている。
「遅れて、ごめん!!」
「いいえ! いいえ……どうということはありませんわ。あなたは、わたくしの元へと来てくれた、それだけですもの」
彼を安心させるために微笑んだ。
ずっと、ただ信じて待っていたのだから、彼なら来てくれると思っていたのだから。
どうということなど無い。それだけが事実で大切なことだ。
「っ、う゛ぅ」
笑うローズマリーにセオドアは感極まって、まだ癒やしの魔法を掛けている最中なのに、再度ぐいと強く引っ張ってローズマリーのことを掻き抱いた。
あんまり必死に抱き寄せるのでローズマリーは苦しくて「ふふふっ」と笑う。
それから大きく息を吸って、彼の背中をぽんとたたく。
「さぁ、まだ、終わってはいません。きちんとけりをつけましょう」
「も、もちろんっ」
彼は涙を乱暴にぬぐって、ぱっとローズマリーを離してから自身の母の方を見やる。
「……」
マルヴィナは立ち上がって、信じられないものを見るようにセオドアのことを見つめていた。
夜会を楽しんでいた貴族達も皆ローズマリーたちの元へと注目している。
「……マルヴィナ母様、今日は僕とローズマリーとのことを認めて、それを周知させると約束したはず!! それをあなたはこうも易々と裏切った!!」
一歩前に進み出て、ホールに響き渡るような強く大きな声でセオドアが言った。
「僕をよそへやって、また自分の好きなように外堀を埋めて!! 自分勝手に操ろうとした!! もうそんな手には乗らない! 僕はっ、あなたの望む人となど結婚しない!」
大きな声で宣言されて、マルヴィナはわなわなと震える。
拳を握って、やっと状況を理解し、セオドアと同じように一歩前に進み出た。
「こっ、これだから、親の気持ちも知らないで、反抗して! わたくしがどれだけあなたのことを考えているのかわからないなんて、馬鹿な息子!」
そのマルヴィナの言葉で、彼女がこの場をどういうふうに収めようとしているのかわかる。
ただの子供の幼稚な反抗。マルヴィナは親としての責務を果たそうとしただけ。
心の底では彼を思っている、少し強引なだけの正当性がある人の親。
そう主張し、セオドアが折れなければ悲劇のヒロインになるのだろう。
彼女の周りにいる夫人たちはバークレイ侯爵家の家臣貴族や親戚筋の貴族達だ。
彼女たちがいなければバークレイ侯爵家は成り立たない。そんな彼女たちに、自分の正当性を見せつけることによって、まだ、自分の意見を通す余地を残そうとしているのだ。
しかし今、セオドアがただの母親に反抗するだけの考えなしの子供だと思われる訳には行かない。
だからこそ今が、ローズマリーの持っているカードを切るときだ。
その彼女の主張を潰すために、ここ一番のときのために託されていたものなのだから。
「あら、馬鹿な息子ですって? バークレイ侯爵夫人」
「本当のことでしょう? こんなに愚かで、親の優しさもまっすぐに受け取らない愚かな――」
「あなた、親なんですか?」
いいながらローズマリーは夫人たちがいるソファーセットの方へとセオドアとともに進んでいく。
「あなた、セオドアの親なんですか?」
「…………」
カツカツとローズマリーの履いているヒールが音を立てる。
再度問いかけると、マルヴィナは大きく目を見開いて、ぎゅっと唇を引き結んだ。
まさか、そう顔に書いてある。そう、そのまさかだ。
侍女に手を差し出すと、侍女はそっとローズマリーに書類を手渡した。
「身分登録原簿の写しですわ。あなた、セオドアの養母ではあれ、親なんかではないでしょう?」
「……あ、あの女、裏切った……のね」
マルヴィナは怨念のこもった声で言った。
彼女の言葉は正しい。その通り、裏切ったのはハリエット。バークレイ侯爵家の第二夫人でセオドアの本当の母親だ。
セオドアは生まれてすぐに第一夫人のマルヴィナの養子となっただけの存在。
ローズマリーが勤めている総務調整課とは別部署の貴族実務家ではそういった、身分登録原簿や家同士の契約、結婚なども管理していて、必要ならば写しを降り出すことが出来る。
ただしもちろん、他人がそれを受け取ることも閲覧する事もできない。
それを可能にしてくれたのがハリエットだ。
「え? うそ、僕?」
「ええ、あなた第二夫人のハリエット様の実子ですわ」
「えぇ……そう、だったんだ」
セオドアはきょとんとしてローズマリーを見るので、一応頷いて答える。
彼には後できちんとハリエットと話す機会を作ってほしいが、ともかく今はマルヴィナの方だ。
「屑だ、馬鹿だと言っていますけれど、そもそもあなた産んでいないじゃありませんか。マルヴィナ様、あなたの子供じゃありませんのに、ずいぶんと勝手な意見を押しつけて」
「…………」
「セオドアを操って」
ハリエットは、悔やんでいた。
自分が産んだ子供を第一夫人の子供として、跡取りとして遇し、大切に育てると言われて、契約を結んだ。
しかし、箱を開けてみれば教育というなのマルヴィナの横暴に息子は歪んでいく。
少しでも近づきたいけれど、養子縁組のときに結んだ契約が邪魔をして必要以上に接することができない。
少しでも、情報をローズマリーから得ようとしたのは、そういう理由からだった。
セオドアのために、なにかをしたい。
しかし、マルヴィナの目もあって血のつながりがあるということを証明するための書類も取りに行くことが出来ない。
ローズマリーの存在は彼女にとって渡りに船だった。
委任状をもらい、ローズマリーはきちんとした手順を踏んでこれを手に入れた。
そしてこれがあれば、マルヴィナの主張のすべてを瓦解させることができる。




