48 獲物
パーティー当日、他の参加者よりも先に着いたのに、セオドアがローズマリーのことを出迎えに来なかった時点ですでに違和感は覚えていた。
聞いていた段取りとしては、彼とともにパーティーの参加者たちを出迎えて、開会後に話をするとのことだったが、ローズマリーが応接室で待っていても一向にセオドアはやってこない。
刻一刻と時間が迫る中で、ローズマリーにできることは特にない。
思案しながら時間を過ごして大人の社交の場である夜会が始まろうとしていた。
外は暗くなり、未だ現れないセオドアのことを思って外を見た。
空は晴天で星が輝いている。セオドアは今その星が見える位置にいるのだろうか。
どこにいるだろうか、危険な目には……遭っていないと言い切れない。いないということは、来られない理由があると言うこと。
なにかセオドアが酷い目に遭っていたら……。
想像すると、体に変な力が入って、呼吸が浅くなる。
必死に気持ちを落ち着けていると、ノックの音がして従者が来客を告げる。
入室を許可するとそれはマルヴィナだった。
「待たせてしまって悪いわね。すでにセオドアも参加しているから呼びに来たのよ。あの子ったら出迎えの約束を忘れていたみたい」
マルヴィナはにこりと笑って、ローズマリーに声を掛けた。
「……なるほど、失念していたのですね」
「ええ、そう。さぁいきましょう?」
こうなればもう、ローズマリーについていかないという選択肢はない。たとえセオドアがおらずとも、行くしかない。
それに何がどうなっているのかと言う疑問もあった。
この目の前にいるセオドアの母親が何を企み何を目的に動いたのか、それが知りたかったのである。
しばらく進むと夜会が開かれている会場へと到着する。
華やかに飾られたホールは豪華絢爛で美しく、楽師達の演奏する穏やかな音楽が耳に届く。
マルヴィナが進んだ先には、王都のパーティーでも彼女の周りを取り囲んでいた見覚えのある夫人達。
彼女たちは、エスコートする相手もいない状態でやってきたローズマリーにいぶかしげな目線を向けた。
上から下まで舐めるように見つめて、ざわざわと隣にいる仲間の夫人と言葉を交わす。
そんな中で、マルヴィナはローズマリーを置いて進む。
一番奥のソファーの上席に腰掛けて、座る場所がないので立ち止まったローズマリーを見やって「ふふっ」と笑った。
ローズマリーは、刺さるような視線を受けながら立ち尽くすしかない。
困惑している夫人達に対して、マルヴィナは腕を組んで話し始める。
「皆さんには、今日重要なお知らせがあることは伝えていたと思うけれど……」
夫人たちはローズマリーのことをチラリと見やって、このともにつれ来た女性のことかと窺う様にマルヴィナを見つめた。
「実は、わたくしの息子セオドアと、ジェンクス伯爵家のロレッタ嬢との正式な婚約を取り決めたわ」
「ジェンクス伯爵家の……?」
「ロレッタ嬢? ……」
マルヴィナはパチンと手を打って、にこりと美しく微笑み、そう言い放った。
すると、確認するように夫人たちはローズマリーの方を見やって、またマルヴィナへと視線を戻す。
「ええ、そう。素敵でしょう、わたくしの実家ともつながりのある由緒正しい家系のとても品のある女の子よ」
「……ま、まぁ、それはおめでとうございます」
「素敵ですわ……セオドア様は、その、難しい時期も長くてわたくしたち家臣貴族も心配していましたもの」
「ありがとう。わたくし本当に嬉しいのよ、親として、侯爵夫人として跡取り息子に正しい結婚をさせることができて」
話をするマルヴィナの笑みは、自分の言った言葉をまったく疑っていない様に輝いている。
それは正しい母の姿に見えるが、裏を知っているローズマリーはそうは思えない。
「ああ、当の本人達だけれど、婚約の話を伝えたら意気投合してまさに今日、少し気が早いけれど領地の屋敷の方で二人きりで、時間を過ごしているの」
「まあ、そうね、気が早いのはたしかだけれど節度あれば……」
「結婚相手と仲睦まじいのは良いことだし」
(なる、ほど……そういうこと、ですのね)
ローズマリーは静かにたたずみながらマルヴィナの策略について理解した。
詰まるところこの人は、ああしてセオドアを油断させて、まっすぐに嘘をつき、実力行使に出たのだ。
今日、ローズマリーの元に彼がやってこないのは、この場所にいないから、もしくはどこかに閉じ込められでもしているのだろう。
ローズマリーをおびき出し、当のセオドアは不在にして他の相手との既成事実があることにしてしまう。
そうすれば今後、ローズマリーとセオドアが結ばれたとしても噂は広まって後ろ指を指される関係になり、貴族として生活するのは苦しい。
物理的に彼の幸せをぶち壊して、跡取りとしてマルヴィナの望む相手と結婚する以外の選択肢を奪い取ったのだ。
以前セオドアから聞いた母の話では、そういうことを平気でする人だとは理解していた。
しかし実際目の当たりにしてみると、なんと言ったら良いのか……。
(あんなにまっすぐセオドアが自分の言葉でわたくしとの結婚について話をしたというのに、一切何も、感じ取ることはありませんでしたのね)
何も感じず、理解もしない、面倒だと思ったら嘘をついて騙して実力行使。
彼の母はこの人一人だ。そんな人とセオドアは一生懸命に向き合って生きてきた。消えてしまいたくもなるのかもしれない。
考えれば考えるほど、胸が苦しくなっていく。
「これで、わたくしも一安心。あの屑の教育には苦労したけれど、これでやっと肩の荷が下りるわ。本当に最後まで、親に面倒を掛ける最低な息子でしたわ」
「……お疲れ様ですわ。マルヴィナ様」
ほっと一息ついて目を細める彼女は、大げさにため息つく、けれどもとても機嫌が良さそうだ。
鼻歌でも歌いそうなぐらい。
そしてともかく、セオドアはこの場にいない。
今日ここには来られない、ローズマリーの策も彼がいない状態で出すのはただの無駄打ちに過ぎない。
打つ手なし。キラリと鋭いマルヴィナの視線がローズマリーを貫く。
ローズマリーは今、罠にかかった獲物だ。




