46 許し
兄のおかげでローズマリーは、勝算を得た。
ハリエットと話をして、委任状をもらい、事務院の貴族実務課にて必要な書類を手に入れた。
貴族実務課はおもに貴族同士の契約や身分を管理する課でありそれをもってして、父に対してセオドアとの関係について打ち明けることが出来た。
しかしそれでも第一夫人のマルヴィナがマルヴィナの実家と親類のつながりがあるジェンクス伯爵家のロレッタ嬢という令嬢とセオドアの結婚を進めようとしているのは事実だ。
博打になるし、手堅い決断ではないと言われたが、ローズマリーには事務官としての実績もある。
子供としてではなく一人の大人として尊重してほしいと言うと、案外、あっさりとセオドアと結婚するために動くことを許してくれた。
そしてセオドアも王宮魔法団としての仕事も開始し、準備が整った。
とある休日バークレイ侯爵邸へとローズマリーは向かった。
玄関ポーチでローズマリーのことを出迎えたセオドアの瞳は、覚悟が決まっている。
数年前には逆らうなど考えもしていなかったはずの母に反抗する日がやってきたけれど怖じ気づいてはいないようだった。
「ローズマリー、今日は来てくれてありがとう。君はそばにいてくれるだけでいいからね」
「……ええ」
もちろん、分が悪い様ならば応戦する構えでいたのだが、彼の決意のこもった言葉を否定する気にならず、ローズマリーは少しためらってから答える。
二人でバークレイ侯爵邸の中へと入っていく。
到着した応接間の中にはすでに、マルヴィナの姿があり、ローズマリーのことを見たあと、口元に手を置いて静かに思案した。
「……話と聞いて何かと思えば……その子はどこの誰かしら」
言葉の端々には、怒りの感情がにじんでいて、ピリピリとした雰囲気を感じる。
「……初めまして、バークレイ侯爵夫人、わたくしはメイスフィールド侯爵令嬢のローズマリーと申しますわ」
「ローズマリー…………どうぞ、掛けたら?」
彼女の向かいにつき淑女礼をして、言われた通りソファーに腰掛ける。
セオドアも座り、マルヴィナはローズマリーのことを睨みつける様に見つめて、そのままセオドアへと目線をやった。
「……で、話って?」
一言だけで、機嫌が悪いと示すような抑揚でマルヴィナは言った。
「僕の、結婚相手について、だよ。マルヴィナ母様」
「っ……」
セオドアの言葉を聞くとマルヴィナは苦虫をかみつぶしたみたいな顔をして「ああ」と納得したような低い声をした。
「そういうこと」
「うん。……僕は、まぁ、昔結構ダメな奴だったから、社交界でも浮いてて、母様の希望する婚約が出来なかった」
「ええ、そうね。本当に……不愉快だった。何度、屋敷の窓から放り投げようと思ったか」
マルヴィナは、セオドアの言葉に対してからっと乾いた笑みをうかべる。
彼女の言う言葉は過激なもので、冗談に聞こえない。
それをセオドアは「うん」と言って受け止める。
これがこの親子の普通の関係なのだろう。
「でも戻ってきて、それなりの普通の貴族になった。普通よりもちょっといいかな、いい跡取りに、なった」
「誰のおかげだと思ってるの?」
「……」
マルヴィナの言葉に、セオドアはチラリと横目でローズマリーを見た。
その目線はまるで、ローズマリーのおかげだと言っているみたいだったが、しかし、口にせずに続ける。
「だから、改めて、マルヴィナ母様が望む縁談を進めるのはわかる。そうすると思ってた」
「もういいっ! もういいわ、聞きたくない、あーくだらない。はぁー、たまらないわねこんなの」
マルヴィナはセオドアの話を途中で区切って、大げさに頭を抱えて、緩くかぶりを振った。
「なんのためにここまで育てたのか、もうわからないわ、わたくし、あぁ、頭が割れそう、お母様のこと困らせて、怒らせて醜い人間にしたいのね? お前は」
「……」
「お前はそうやって、わたくしのことをこんなに育ててあげたのに最悪の気分にさせる。恩返しもしてくれない、言うことも聞けない、無能でわたくしに恥を欠かせて、楽しんでるんでしょう?」
「……」
「楽しいんでしょう? ねぇ、ほんとこんなことなら、もっと厳しくしつけたら良かったわ。お前がそうやって、反抗する度もういやになる」
セオドアの言葉を遮ってからマルヴィナは、大いにセオドアを責め立てた。
あきれてみたり、怒ってみたり、すべての責任を押しつけて、自分の思う通りに操るためにペラペラとセオドアを傷つけるための言葉が出てくる。
いらだった声で、大げさな態度で、揺さぶって、嫌な手口だ。
「なんとか言いなさいよ、お前はいつもそう、黙ってればいいと思っているの? お前がやったことなのに、お母様をこんなに失望させて、謝罪の一つも出来ないの?」
「……」
「愛だか恋だか知らないけれど、ねぇ、いい加減にしてくれる?」
相手が怖じ気づいて謝るように、最大限の不機嫌を見せつけて、マルヴィナはセオドアに問いかけた。
そうしてやっとセオドアは口を開いた。
「僕は、この人以外と結婚させられるぐらいなら、この家を出る。跡取りとしての仕事もしないし、社交もしないよ」
マルヴィナは不可解そうに顔をゆがめる。
「僕は、魔法団にも入って自慢の跡取りじゃないかな、母様にとっても。でもこの人と結婚させてくれないなら、何もいらない。別に元から興味ないしね」
「……」
「僕の言い分はそれだけ、怒らせてごめんね、マルヴィナ母様」
セオドアの言葉に、マルヴィナは沈黙を返す。
きっと今までのセオドアには、マルヴィナのやり方は利いていたのだろう。
しかし、今は違う、誰だって変わるものだ。いつまでも親という存在に支配され続けるわけではない。
自分に取って必要な考えや人を選んで前に進んでいく。
それは当たり前のことだろう。
ただ、それでもセオドアはあまりにきっぱりと言い切ったので、ローズマリーの気分は良かった。
本当に初めて会ったときとは比べものにならないぐらい立派な人になったものだ。
「……なによそれ」
マルヴィナは地を這う様な低い声で言った。
セオドアはそれに答えずに、静かに母を見つめていた。
「……」
「……」
沈黙が部屋の中を包み込む、さてここからだ。
彼女がどう出るのか、ローズマリーは窺うようにじっとしていた。
「……はぁ……」
ため息を一つ。
それから、少し視線をそらしてからぱっとセオドアの方を見て、マルヴィナは困ったような笑みをうかべた。
「わかったわ。もう、仕方ないわね。そんなこと言われてしまったら、わたくしにできる事なんてないもの」
「!」
「ローズマリーと言ったかしら」
「ええ」
「これからよろしく、ね。……ああ、それなら縁談の発表をしようと思ってたパーティーにあなたも呼ばなくちゃならないわ」
「マルヴィナ母様……いいの?」
「いいもなにも、それ以外認めないと言ったのはあなただわ」
マルヴィナは、くるりと態度を変えた。とっさにセオドアは彼女に問いかけた。
マルヴィナは、美しく張りのある肌を歪ませてクスリと笑う。
「ありが、とう」
「いいえ? ま、もういいのよ。決まったことだから」




