36 悪くない
堪えて、堪えて、堪えて、やっと手に入れた居場所だった。
ドローレス・ウェルズリーは、ウェルズリー伯爵家の長女として生まれて、魔法も持ち、将来の跡取りとして勉学にせいを出した。
爵位を持ち魔法使いの資格も持っていれば、女でも泊がつくといわれて学園に入れられた。
その間に、弟が生まれ、戻ったら跡取りの地位がなくなり、婚約者には婚約を破棄された。
さほど優秀ではなかったドローレスは、王宮魔法団に入ることが叶わなかった。
魔法団に所属せずに魔法使いとしてフリーで仕事を請け負うなんてとても、女である自分が続けられる仕事ではない。
頭を切り替えて、死ぬ気で勉強し二十代半ばにして試験に受かったが、見習いとして配属されたのは魔法局。出世コースの財務局や総務局ではない。
さらに言えば、同じ学園で優秀だった同学年の生徒たちは、すでに魔法団の中で多少の地位や居場所を得ている。
比べてドローレスは見習いとして、優秀な魔法使いの連中にこき使われる事務官のさらに下。
腹の底が常に煮えたぎっていた。
それでも、まだギリギリ結婚に間に合う年頃だ。
手に職をつけて、ここから爵位継承者に有能さをアピールし、才能があるだけで王宮魔法団に入り楽しげにしている彼らのことを見返してやる。そう意気込んだ。
しかし、結果は惨敗。
誰もドローレスに見向きもせずに今期が終わった。
可能性はあったはずだ……年齢で切られていた訳ではない。いろんな男と会った。
それでも、報われなかったのはなぜ?
誰も彼もがドローレスのことを笑っている気がする。
ドローレスはずっと必死になってやってきた。間違ったとこなんて一つもしていない。
それなのに人より劣るのはなぜか?
答えは単純、周りの人間が悪いからだ。
家族はドローレスを家の都合で振り回し、教師はドローレスを適切に成長させて魔法団に入れるだけの実力を身につけさせなかった。
結婚できなかったのは、若い女がドローレスの元から密かに男を奪い去っていったからだろう。
そんな奴らより、成功してやる。
あんな奴らが奪ったものなんてたいしたものじゃない。
長く勤めればドローレスも出世できる。
ドローレスを笑っていた魔法学園の同期や当時の魔法局の事務官の意見など聞くに値しない。
いくら文句を言おうと魔法使いの資格を持っているドローレスには叶わないのだから。
誰もドローレスには逆らわない、逆らえない、こんな素晴らしい立場を手に入れたのだ。
経費を削減すればドローレスの成果になる、代わりに魔法団の人間も魔法局の人間もどんなに苦しもうともそれが罰というものだ。
ドローレスは正しい、やっと堪えて、堪えて、堪えて手に入れば場所だ。
それなのに……ドローレスは放心して、生気のない老人のように背筋を曲げてうなだれていた。
ここは母方の実家領地にある地方の別荘。
あの後、ドローレスは暴行や公務妨害の罪を問われて有罪となった。
実家がお金を払って引き取ったのはいいものの、彼らはやっかいなドローレスを僻地に押し込んでもう二度と問題を起こせないようにした。
簡素で、閑静で常に見張りがいてどこにも行くことができない。今でも、誰もが自分を笑っている気がする。
部屋に一人男が案内される。彼はドローレスの向かいのソファーに座る。
それから事務的に私物の返却や、魔法局の関連でほかに抱えていた仕事についていくつか質問するが、ドローレスは答えなかった。
「……答えませんか。まぁ、ここまで来て直接、話をしても無理なら仕方ありませんね」
それは聞き慣れた声で、どうにも体が重たくて動くことができずに、放心しているドローレスの心を少し動かした。
視線を向けると、最後に会ってからそれほど日が経っていないと言うのに懐かしいと思う相手だった。
「では、ウェルズリーさん、私はこれで」
ドローレスのことを呼ぶ声にやっと、ピクリと指先を動かし、ぱっと顔を上げた。
懐かしい男だ。事務的な用事を済ませに来たとわかるが、こんな僻地まで、あんなことがあった後もやってくるなんて。
よく思い出すまでもないドローレスは彼、ホワイトリーのことをよく覚えている。
けなげだが空気の読めないかわいい男だ。
普通ならこんなところまで、やってくるのは見習に任せるか下働きの者に指示すればいい。
それでもやってきたということは、そういうことなのだ。
そう思うと心が軽く、堪えてばかりだった人生が、失敗し何もかも失った人生が色を取り戻した。
息を吹き返し、やはり自分は自分を邪魔する周囲の人間がいなければこんなにも人を引きつけてやまない魅力的な人間であると思う。
「まって、待ってくださいませ。……ホワイトリー君、ここにやってきたのはあなたやっぱり」
言いながら、痩せ細って骨張った手を、ローテーブル越しに伸ばした。
それを見て、ホワイトリーは少し意外そうな顔をした後、パンッとはねのけた。
「……」
「……え?」
「なにか勘違いしているようですが、私あなたのことをずっとかわいそうな人だと思っていましたよ」
「……」
「かわいそうなぐらいプライドも高くて、かわいそうなくらい醜くて、人をおとしめて笑う顔が悪魔みたいで。見習いがいじめられている時はさすがに大人が守らなくてはと機嫌を取っていました」
彼は、睨みつけもせず、淡々とドローレスを見据えて言う。
「そうすると色気づいて……ああこんなに人の道を外れながら、そういう感情だけは一丁前なのだと思うと、怖気に肌が粟立ちました……。それでも堪えたのは、若く小さな才能を守るためです。勘違いしないでいただきたい」
(これは誰のことを話しているんですの、わたくし?)
ぽかんとしながら漠然とそう思った。
「今日、ここまで来たのはきちんとあなたが、もう誰もその醜さで犠牲にしない環境か、見に来たと言うこともあります。きちんと孤独なようで安心しました」
「ふ、ざけてますの?」
「私はあなたのような人、たとえどんな絶世の美女でも、人間だと思いません」
ドローレスの言葉にホワイトリーは応えずに、言葉を投げかける。
息を吹き返した彩りのある世界は、鋭い矢によって粉々に壊れる。
それどころかその言葉の矢はドローレスの心の奥底にある、ドローレスが結婚に失敗した理由まで突き刺さる。
他人が邪魔したからという自分を納得させるための大事な大事な嘘にひびが入る。
どんな美女だったとしても、そもそもドローレス自身がダメだったから誰にも選ばれなかったのでは。
そんなはずがない。
「そんなわけが……そんなわけがないでしょう? ……そんなわけないでしょ!!! 何言ってるんですの!!??」
途端にドローレスは叫び出す。
しかしホワイトリーは「では失礼します」と短く言って、去って行く。彼にすがりつくだけの勇気などドローレスの中にはない。
壊れそうな心の均衡を保つべく必死になって叫ぶだけだ。
否定し続けるだけだ、周りが悪い、私は悪くない。
悪くない。




