11 吐露
「なぜ倒れてしまったのか心当たりはあるかしら」
「あります、けど……話をしてもどうにかなるようなことでは……」
ベアトリスの言葉は拒絶というよりも、どうにもならないだろうという諦めが感じられる。
しかし、一人で抱え込んでいては解決できないことがある。周りの人間を頼ってみるのも手だ。
ローズマリーはそれなりに有能である自負がある。
「どうしようもないことかどうかはわかりません。あなたの兄からわたくしの話を聞いたことは?」
「あ、ある! お兄様はローズマリー様のことを魔法学園の学年首席で賢い婚約者だって、社交界でよく話していた、から」
ベアトリスの言葉をローズマリーは少し意外に思った。
あれでも、ローズマリーのことを誇らしく思っているという言葉は本音だったのかと。
しかしすぐに、違う可能性に気がつく。
そんな嫁を娶る自分の格を上げるために同世代の貴族たちにマウントを取っていたと考える方がしっくりきた。
まぁ、何はともあれ、ベアトリスはローズマリーのことを知っている、なら尚更、何か解決への道筋を探し出せる可能性もあることがわかるだろう。
「……お話します。ローズマリー様」
「ええ、それがいいわ」
「……私は、少し前まで、女の子なのだから賢くない方がいいって言われていました。父にも母にも、お兄様にも」
ベアトリスは、ソファーの座面で胎児のように足を胸に引き寄せて丸くなり、震える声で話し出した。
ベアトリスの髪は、レジナルドと同じ美しい金髪で、軽くウェーブがかかっている。
座面に乱れ散った髪は、涙を浮かべる彼女の横顔を縁取っている。
その姿は今にも壊れて消えてしまいそうなはかない神秘性を帯びていて、ローズマリーはそっと慰めたいような気持ちに駆られる。
十歳を超えていて、社交にも参加できる年齢であってもベアトリスはまだ幼く守られるべき子供なのだ。
そして一言目から、ローズマリーは少し驚いていた。
あの家で異常なのはレジナルドだけだと思っていた。ケンドール伯爵や伯爵夫人とも交流したことがあるが、至って普通の貴族だとしか思わなかった。
ローズマリーが退学したときにも何度も謝りに来たし、レジナルドがおかしいだけで、彼らはまともなはず。
であれば、レジナルドを正しく軽蔑し、きちんとした制裁を家庭内でも行うはずだと疑っていなかった。
ベアトリスにしわ寄せが行くようなことは、両親が許さないだろうと考えていた。
しかし違ったのだ。レジナルドがああならば、ああである理由があるのだ。
そこを見誤ったローズマリーのミスだろう。
「大人の言葉をよく聞いて、愛嬌と尊敬を持って接して、そうすれば女の子は幸せになれるのだからって」
「……前時代的発想ですわ」
続けて言われた言葉に、ローズマリーは思わず低い声で言った。
たしかに、百年前ぐらいまでは女性の爵位継承権が認められておらず、女性は付属品、結婚のための道具というふうに考えられていた時代もあった。
しかし女だって男と同様に、魔力を持つ、魔法も持つ、生まれる子供は女の魔力に依存する。
領地を経営することだってできる。それをどうして男性の付属品のような扱いを受けなければならないのか。
「そうなの、かも。……私、それは嫌で。お兄様みたいに私も頑張れるってわかって欲しくて、いっぱい頑張って、でも私の頑張りは誰も喜ばなくって」
「……」
「自己満足もいい加減にしろって怒られて……あ、でも。素敵なお嬢さんだからって婚約を申し込んでくれる人もいてっ、やっぱり嬉しくてぇ」
ベアトリスは声を震わせて、頭を抱えて、嗚咽を漏らしながら泣き始めた。
「それで、この間、次の跡取りは私だって、言われてっ……期待されて、頑張れって言われてぇ、うう、嬉し、くてっ、う゛、でもっ……言われた通り頑張れなくて」
ローズマリーは少し迷って、それから彼女の細く小さな肩に触れた。
腕には、縦に幾重も重なったあざがあり、彼女への過酷な状況が垣間見えた。
「ずっと、先生がいて、いろんな人がいっぱい私のためにぃ、来てたくさん来てくれて、覚えたい、のに。頭がだんだん真っ白で、眠たくて」
「ゆっくり話をしてかまいません。……あなた具体的にはどのぐらい睡眠がとれてるの?」
「……っ、……日が、変わってから、朝日が昇る前……ぐらい、です」
「……」
(短すぎる、倒れもするでしょうね)
ローズマリーはそう思ったが口には出すことはない。なぜなら、そうだとしても、他人が口を出すのは非常に難しい問題だからだ。
直接、レジナルドに指摘をすることはできるだろう。しかしそれはただの感情的な文句にしかならない。
第一に子供をどうしようと、お金を直接かけて育てる両親に権利がある。
子供は国の財産という考え方もあるが、だからといって国が貴族の子供を養育するという制度もない。
子育てについて文句を言うだけ言ったとしても所詮は他人の言葉でしかない。
証拠や正しい文脈がなければ、人を動かすこともベアトリスを根本から救うことも難しい。
「でも、今はお父様もお母様も、褒めてくれる。私が頑張ったこと……誇らしいって、お兄様もき、期待してくれる。私、皆が笑って応援してくれるの、嬉しいの」
考えながら、ベアトリスの背をローズマリーはゆっくりとさすった。
とめどないベアトリスの感情はただ純粋で、ローズマリーは鼻の奥がツンとして苦々しい表情をしていた。
それでもローズマリーがベアトリスを抱え込むには正当性がない。
どんな教育をしていても、親権は強いのだ。
「私、だから――」
まだベアトリスが話をしている途中だったが、控室にノックの音が響き、彼女はパッと扉の方を見た。
ローズマリーが入室を許可すると侍女は来客を告げたのだった。




