1 手紙
ローズマリーには魔法の才能があった。
しかし、誰かを助けたいとか守りたいという思想はまったく持ち合わせず、現実主義者で手堅い職業である事務官になることを願っていた。
『私の領地に嫁に来るのなら将来のためにも、絶対に魔法使いの資格があった方がいい』
『もうローズマリーもその気だと私の両親には言ってあるから』
『別に、事務官の資格なんていつからでもとれるだろ? 魔法学園の後に目指したらいいじゃないか』
ローズマリーの婚約者のレジナルドは一方的に、ローズマリーのやるべきことを決めつけて挙げ句の果てに外堀を埋めた。
たしかに彼が言っていることはさほど間違っていない。
彼の実家であるケンドール伯爵領は、ローズマリーの実家のメイスフィールド侯爵領よりも魔獣が多く危険な土地柄だ。
婚約者のレジナルドがその後に事務官の仕事をするための期間を許すとまで言っている以上、ローズマリーはその提案を拒絶する理由も方法もなかったのである。
そうして魔法学園一年目を終えたある日のこと。
二つ年上でもうすぐ卒業を控えているレジナルドからある日突然手紙が届いた。
魔法学園に入学しもう一年も終わるという頃なのに入学してから初めての手紙だった。
普段は、ローズマリーと文通などしても楽しくないと言う理由で何の連絡もしてこないのに不思議なこともあるものだ。
そう思って開いてみると丁寧な字で長々とした文章が記載されていた。
『私の愛する婚約者ローズマリーへ。学年末の試験も終わり、長期休暇に心を躍らせる日々だろうが、実は私の心はあまりすっきりとしていない。
というのも、君の学年末試験での結果が喉の奥に引っかかっているからだ。
学年首席という功績はとても華々しく、誰もが期待を寄せる代物であることはまず間違いないだろう。それを得るために君がどれほどの努力を重ね、どれほど苦労をしたのかと考えると尊敬に値するものだと思う』
奇妙な文章の始まりに、ローズマリーは怪訝な表情をして読み進める。
たしかに、ローズマリーは学年首席だ。
しかしそれを祝うためだけの手紙ではない様子だった。
『私も自分ごとのように嬉しい。君を誘ってこの学園に入れたのは間違いではなかったのだと実感するような思いだ。
君の才能をくだらない仕事で、使わずに腐らせるなんてそれこそ馬鹿のやることだろう。
それを私が阻止したんだ。君も自分の婚約者のレジナルドを誇らしく思っていい。
もちろん私も君を誇らしく思っている。
ただ、勘違いしないで読んでほしいが、学年首席という結果は素晴らしいと思いながらも、同時に配慮がないと言わざるを得ない。
特に長期休暇を前にしたこのタイミングの試験での結果だ。
君の身内も私の身内も、帰ってくる私たちがどんな成果を持ち帰るのかじれるような気持ちで待っているだろう。
そうして帰ってきた私たちがそれぞれ持ち帰った成績が、学年首席と平凡よりは優秀な成績。
そうなれば誰も彼も否応なしに君を褒めるしかない。
素晴らしい、さすがだと褒め称えるしかない。
心の底では皆、これがレジナルドの成績ならな、そう思っているのに。
私の成績は決して悪いものではないのに、君の成績があまりにも突出しているから私は比べられるしかない。
女がそんなにいい成績を残したって、なにができる?
将来は子供を産んで、ろくに研究も魔獣の討伐もしないのに、そんな成績を取って褒め称えられて天狗になった君など、嫁に迎え入れてもやっかいに思う人間が多い。
それって、君にとって賢い選択と言えるんだろうか?
夫になる人間よりも有能だと示さずにはいられない勝ち気な女で、どうしようもない自己顕示欲の塊ですと叫ぶようなことをして、君に得はあるのか?
賢い君ならわかるだろ? 私に当てつけをして、辱めを受けさせて、将来そんな男と結婚するのは君だぞ?
いい加減にして欲しい、君は自分の立場をなにもわかっていない。
こんなことなら婚約者ですらいたくない。
成績を落とせ。さもなくばもし結婚したって君のことなど妻としても遇さない。
女なら女なりに賢い生き方をするべきだ。
これ以上私のことを馬鹿にするのなら容赦はしない。
くれぐれも勘違いしないでほしいが、これは私の優しさから来る助言だ。
多くの人間は女というだけで君に厳しい。君が他人からそんな指摘を受けて傷つけられる可能性を考えてあえて、私はこういう手紙を書いた。
君のためのことを思っての配慮なんだ。
君を誇らしく思っている気持ちに変わりなどなく、心から愛している。だからこそ、お互いに良き結婚生活を送るために君にも協力をしてほしいんだ。
愛しているよ、ローズマリー。君の今後の配慮のある身の振り方を期待している。』
最後まで読み終えて、ローズマリーはその紙をクシャリと力を込めて曲げた。
それから、魔法具を取り出して水の魔法を使う。
魔法によって出現した丸いボールのような大きな水の塊に指をつけて、ポタポタといくつも水滴を落としていく。
インクは水を含んでにじみ、ローズマリーはそれを急いで拭った。
そうすると水滴を拭った跡ができる。
最後に『くれぐれも』から始まる最後のページは先をつまんでぶら下げて、持ち前の炎の魔法で端から灰にしていく。
跡形もなく消え去ったのを確認して、それから手紙を封筒の中に戻したのだった。
それから何事もなかったかのように長期休暇を過ごし学園に戻ったのだった。




