心霊写真
***心霊写真***
この話の主役である「漆黒の堕天使シズマ」さんは、クラスの人気者を自負していた。
それは、小学校のころから神に背負わされていたディスティニー(彼談)だ。
クラスでケイドロが流行れば休み時間の開始と同時にまっさきに呼びかけ、四コマ漫画が流行れば自由帳にほかの子のアイディアを強化して描き、レースゲームが流行れば親にコントローラーをそろえろとキレるなどした。
中学になってもディスティニーは彼を縛り、今回の技術家庭科のパソコン授業でも中心的人物になることを宿命づけられていた。
技術科の教諭は熱心で、サーバーマシンを用意し、CGI(ウェブ上のプログラム)で自作した掲示板をクラスごとにあてがっていた。
今期の授業では、自由に決めたテーマで班ごとに書類をまとめさせ、プレゼンテーションのような形で発表させることになっている。
掲示板はプロジェクトの相談や、情報や素材のやりとりに活用させる。
もちろん、プロジェクト外の雑談なども、スレッドを分けることを条件に自由におこなうことができた。
めいめい勝手にスレッドを立てたり、なりすましていたずらをしたりと好き放題だったが、これも教諭が当時にしては珍しく、ネットリテラシーを教えるために経験させていたという。
「おれは心霊写真特集がいいと思う」
シズマさんはそう提案した。
だが、「子供っぽい」だの「どうせパチモン」だの、「先生が名前は本名にしろって言ってただろ」だのと、誰も賛同しなかった。
ちなみにこれは、掲示板上でのやり取りである。
技術教諭は肉声での相談を禁止しているため、教室はパソコンのファンの音をバックに、キーボードのタイプ音と、ときおりくすくすと笑い声が聞こえるだけの静かな空間になっていた。
「おもしろフラッシュ特集のほうがいいと思う」
「賛成!」
「いいの知ってるよ。棒人間のゲーム、マジ面白い」
「D〇RAEMOOOON!」
――どっちが子供っぽいんだよ。
シズマさんが心霊写真特集を選んだのには、理由があった。
本物と思われる写真を一枚所持していたからだ。
小学校四年生のころに父方の実家のひいじいちゃんの部屋で撮った写真。
中学生の姉に抱きかかえられるようにされて不満げなシズマさん、そのふたりの左上辺りに、赤い靄でできた男性の顔がぼんやりと映っている。
姉は不気味がって捨てるように強要してきたものの死守し、学習机の鍵付き引き出しに封印してある。シズマさんの宝物のひとつだ。
「先生はわざわざスキャナーまで用意してるんだぞ」
「絶対に使わなきゃいけないこともないでしょ?」
「おれ、写真持ってるし」
「シズマが持ってても、ほかの子が持ってなきゃ特集にならなくない?」
正論である。
班員たちは心霊写真を所持していないようだ。
シズマさんは、ほっと胸をなでおろす。
「持ってなくてもいいって。おれのやつ一枚を詳しく解析すればいい」
だが、誰もレスポンスを返さず、フラッシュ形式で作られた動画やゲームの話題でスレッドは盛り上がり続けている。
「分かった。心霊写真はおれが集めてきてやるよ」
相手にされない。
結果から述べると、シズマさんの班は学校内で生育する植物を調べて発表することに決まった。
どこの班でも「おもしろフラッシュ」を取り上げようとしたため、教諭に禁止されたのだ。
著作権がどうとかとも言っていたが、生徒たちからはブーイングだ。
とにかく禁止。まあ、残念だが当然である。
帰宅したシズマさんは、引き出しにキーを差しこみ、封印を解いた。
引き出しの中には、拾い集めた綺麗な石やレアカード、ギザ十(昭和のある時期に製造されていた十円玉。ふちに溝が刻まれている)、恐竜展で買ってもらった虫入り琥珀など、シズマさんの宝物がたくさん詰まっている。
写真は茶封筒に入れていたはずだ。かずかずの宝物の下に茶色が覗いている。宝物を押しのけて封筒を引っ張り出す。
開封するつもりだったが、やめておいた。
封筒には厳重に封がされている。
封筒自体も時間が経って少しぼろぼろになっていて、いい雰囲気だ。
どうせ開けるなら、みんなの前がいい。
光に透かせば、中身が入っていることは確認できる。
シズマさんは家のパソコンを使って心霊写真を検索し、よさそうなものを見繕って、URLをテキストファイルに保存し、それをフロッピーディスクに移した。
先に発表用の素材を集めてしまえば、あとからでも案を変えさせることができるかもしれない。
先生からデジカメを借りて学校内をうろつくより、さっさと作ってフラッシュの話題で盛り上がるほうが楽しいだろうと提案するのだ。
――これでおれが主役だ。
待ちに待った次の技術の授業。
シズマさんは満を持して茶封筒を取り出した。
わざわざ持参したペーパーナイフで封を切り、覗きこもうとするクラスメイトを手で制し、写真をスキャナーへと挟みこむ。
「ま、見てなって。掲示板にアップしてやるからさ」
写真を新たに作成したスレッドに添付して投稿。
――さあ、驚けっ! おれのディスティニーが今、始まる!
掲示板の最上位に、写真のサムネイル付きのスレッドが降臨した。
「え、ナニコレ?」
声を上げたのは、美人のクラスメイトのアヤセさんだ。
モブの男子どもも「え、すっげーじゃん」と続く。
シズマさんは、にやりと笑いつつも、「ディスティニーからは逃れられないのさ……」と、こころの中でつぶやいた。
「これってシズマのねーちゃんだよな? めっちゃ美人じゃない?」
「小さいシズマくん、けっこう可愛いね」
「ってういか、ねーちゃんに抱っこされて、シスコンじゃん」
――はあ? おれたちのことはどうでもいいだろ。
そういう形で注目を集めるつもりはない。
シズマさんは頬を熱くした。
更新ボタンを押すと、スレッドにはたくさんのレスポンス。
ざっと読んでみるものの、誰も幽霊については触れていない。
「あれ……?」
シズマさんは画像を見て愕然とした。
自分たちの左上に写っているはずの男の顔が見当たらないのだ。
慌ててスキャナーへと走り、入れっぱなしにしていた写真を回収する。
「ない……! ないぞ!」
顔はきれいさっぱり消滅していた。あり得ない。
「確かに写ってたんだ、ここに!」
シズマさんが訴えると、近くにいた男子が「言い訳は掲示板でな」と笑った。
なんの騒ぎかと、技術教諭がこちらに視線を送っている。
「先生、ここに写っていた幽霊が消えてるんです! マジで写ってたのに!」
教諭は写真を注意深く観察し、「汚れか何かだったとか?」と言った。
「違うって! 封筒に入れる前にはちゃんと幽霊が写ってたんだ」
「幽霊ねえ。レンズフレアとか、前のフィルムのが混ざったとか」
「だから、写ってたのが消えたの!」
「ふーん?」
教諭は顎をなでなで、スキャナーに目をやった。
「あれで取りこまれてネットに放流されたのかもね」
「マジで!?」
「写真から抜け出す話もあるでしょ? 知らんけど。とりあえず、授業に関係ないことは後回しにしてね」
あしらわれてしまった。
シズマさんは、班員がデジカメを持って校庭に出て行っても教室に残った。
モニターの前で腕を組んで考える。どうして消えてしまったのか。
先生の言うように、本当にインターネットに流れてしまったのか。
せっかく収集してきた心霊写真のURLも無意味になってしまった。
自分の所有する本物を抜きに進めても、なんの意味もない。
とにかく、これでは誰も自分を見てくれない。
シズマさんはどうにかしなければと、しばし頭をかかえた。
――そうだ、ないなら作ればいいんだ。
シズマさんはスレッドをいったん削除し、写真に手を加えることにした。
画像編集ソフトを開き、まずはレイヤーを作成。
元の心霊写真を想像しながら顔を描き、ぼかしツールでなぞる。
さらに、拡大しても捏造だとバレないよう、JPEG特有のノイズをドット単位で真似る。
「……できたぞ!」
満足のいく出来だ。会心の出来だ。これなら、前の学期にやっていた画像編集の授業でもディスティニーできたんじゃないか。
シズマさんは周囲を見回す。
今は資料集めで出ている生徒も多く、パソコン室は空席が目立つ。
せっかくだし、怪現象も起こしてやるか。
シズマさんは、サーバー上にある生徒それぞれのフォルダに写真をコピーしてやった。
それから、あらためて掲示板にスレッドを立て、みんなの反応を待つことにする。
授業時間も終盤に差し掛かり、班員たちも戻ってきた。
――さあ、驚けっ! おれに注目しろ! セカンド・ディスティニー!
ところが、クラスメイトたちはそれぞれの班のスレッドで活動を始めてしまい、まじめな作業用のスレッドが上位に上がり、渾身の捏造写真のスレッドはどんどどんと埋もれていってしまった。
しかも、写真に触れる者は誰もいない。
――おい、無視するなよ。無視するなよ!
自分で書きこんでスレッドの順位を上げるも、ノーリアクション。
腹を立てたシズマさんは、「おれを無視するな!」と怒鳴った。
「いや、おまえだよ」
男の声がした。
とうとう先生に怒られたと思った。
シズマさんは首を縮めつつ、上を見る。
……そこには、ぼやけた赤黒い男の顔面が浮いていた。
男は呆れたような、軽蔑するような半目でこちらを見ている。
シズマさんは顔面に釘付けになりながら、隣の席の男子を引っ張った。
「お、おい、マジで出たって。……おい、無視、するなよ」
引っ張ってるのに無視とはどういう了見か。
シズマさんは隣の席を見た。
彼もまた、同じように左上を凝視していた。
視線を追うと、そこにも赤い顔。移動したのか?
女子の悲鳴が上がる。
だが、シズマさんは気づいた。怖がっている場合ではないのだ。
こいつは、自分の写真から抜け出た幽霊に違いない。
――そうだ、これはおれの幽霊だ。みんな、驚けっ!
だがクラスメイトたちは、シズマさんのほうではなく、それぞれが自分の左上を見上げていた。
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