おじさん釣り
***おじさん釣り***
「優花」さんには、おじさん釣りにハマっていた時期がある。
おじさんといっても、下あごに髭の生えたあの赤い魚のことではない。
釣りといっても、水面に糸を垂らして水棲生物を釣り上げる行為ではない。
さらに付け加えると、「優花」は彼のハンドルネームであって、性別は男性だ。
つまるところ、彼はインターネット上で女性を装って男性を誘因する行為にハマっていたということだ。
他人を騙す行為を「釣り」というのは、二〇〇〇年代に隆盛を極めた某大型掲示板が発祥の言い回しだ。
優花さんのネカマ(ネットオカマ)もまた、掲示板をおもな活動場所にしていた。
彼は草(w 笑いの意)を生やしながら語ってくれた。
「別に、性同一性障害というわけでもないんです。
肉体通りに異性である女性が好きですし。
ただ、なんていうんですか?
変身願望? そういうのがあったんだと思います。
リアルだと、けっこう粗暴な感じなんですよw
反射的に死ねとか殺すぞとか言っちゃうようなwww
でも、女性的な口調でタイピングしてると、気持ちも和らぐっていうか。
あとは射幸心かな。
若い女性のふりをするだけで、たくさんの男性から言いよられますしw
そういう方面だけじゃなく、純粋に質問をするさいなんかも、
女性であることをにおわせるだけで、レスポンスがよくなったりしますからねw
とうぜん、疑う人も多いですよ。
ネットには男しかいない、が当時の合言葉でしたし。
もちろん、本物の女性もいましたし、
女性の武器を使って、釣りではない形で男性を引き寄せる女神もいました。
でも、そこまでしなくたって、遊ぶには充分でしたねwww」
優花さんは当初、寄って来る男性をあしらい、それで満足していた。
会話を続けていくと、男性たちは個別に連絡を取ろうとしたり、時には会えないかと誘ってきた。
「会うなんて絶対に無理です。
なんせ中身は目つきの悪い男ですからw
うぇwwっうぇwっうぇwwwww
ちんちん生えてますがおk? www
メールのほうも、フリーメールを使ってやりとりを試したんですが、
当時はフリーメールを使いこなすだけで男だと疑われやすくなりましたし、
自撮りの要求もばんばん来るんで、言い逃れを続けるのが面倒でw
でも、頼みもしないのに男が自撮りを送ってくるのには笑ったなーwww
だいたいがぶっさい男で、なぜか高い服着てるんですよw
服やシワが硬いって感じって分かります? 着慣れてないんですねw
単なる自画像ならいいんですけど、
たまに自分の男性器を撮って送ってくるのがいましてね。
それはさすがに無理なんで、やられたら即切りでしたね」
メールのやり取りを長く続けるのは難しい。
女性のあいだでのトレンドや化粧品、生理周りの知識も学んだが、自分の体験でない以上、なかなか身につかなかったという。
「だったら、ネタばらしをしてやったほうが、トータルで面白いかなってw
釣り宣言ってやつですw
でも、単に文章で宣言するだけじゃ面白くないでしょ?
だから、会うことに承諾して、
待ち合わせをすっぽかしてから宣言することにしたんです」
優花さんがよく待ち合わせに使っていた場所は、大阪駅だったという。
「指定するのは、決まって大阪駅の中央北口でしたね。
自分が大阪に住んでいてやりやすいってのもあったんですけど、
ネットだと、住んでる場所がばらばらじゃないですか?
でも、男のほうは新幹線に乗ってえっちらおっちらくるわけです。
北は北海道、南は沖縄。ちょっとした旅行ですよw
むしろ、キャンプか。下半身にテント張ってますからwww
で、新幹線は新大阪でしょ?
そこからさらに大阪駅まで来させて放置ですw
わざわざ遠くまで乙wwwwww
なんだかんだ相手も調べてくれるんで、
ヨド〇シカメラ上階のレストランフロアでご飯食べようかってw
テナントで入ってる店はまあ、ウマいっちゃウマいんですけど、フツーの店w
遠征して女に驕るなら、もうちょいあるだろってwww
アパレルの店も入ってるんで、服も見てみる?
お、意外と気が利くじゃん?w
まあ、パソコンのことを教えてもらうために会う、
ってのが常套手段だったんで、舞台を整えやすいのがそこだったんですよ」
大阪駅はいつでも人が多い。
優花さんは自身も待ち合わせのふりをして、待ちぼうけを食わされる男性を観察した。
早いと一時間以上前から現場待機をする者もおり、忍耐力のある猛者は約束の時間を二時間も過ぎてもその場に留まっていたという。
「こっちのほうがこころ折れるってw
ツレと遊ぶついでとかにやることも多かったんで、
ひとしきりツレと笑って、飽きて飯や買い物済ませて帰りに通りがかったら、
まだいるよwwwwww つってw
ほんと、腹がよじれるくらい笑いましたねw
騙されたって気づいて、その場で怒鳴り散らすやつもいるにはいました。
周りの人もびっくりするんですけど、早足になって急いで通り過ぎます。
その光景を遠くから見ると、動画を一時停止してから早送りするみたいで、
面白いっていうか、なんか超能力でも行使したような気になりましたよw
つっても、そのパワーはおっさんの下半身由来なんですけどねwww」
優花さんは会うにあたって、いくつかの鉄のルールを設けていた。
「まず、絶対に近づかないこと。人混みにいる人間は他人に無関心です。
ちょっとした挙動でばれるかもしれません。
それから、ケータイのメールアドレスは絶対に教えませんでした。
その代わり、妹か友達に顔ナシで自撮りを用意してもらってそれを見せて、
ちゃんと会えたらアドレス交換しようと約束をします。
本当はリアルタイムで引き伸ばしたりしても面白いんでしょうけど、
絶対に足がつくようなことはしたくなかったですからねw
ケータイのアドレスを教えないと、そこそこの確率で男確定って言われます。
そこで釣り宣言することもあったんですけど、
看破されたらけっこう悔しいですし、
認めるより、傷心したふりを演じてフェードアウトするほうをよく選びましたw
ま、安全のためってだけでなく、良心なんすよね。
ケータイで連絡が取れないから、相手も待つしかなくって、
早めに見切りをつけやすくなるんですよw
優しいでしょwww そうでもないwww
まあ、ここまで深く釣り針の食いこむやつは、
テコでも騙されたって認めないんすけどwww
なーんで待ち合わせをすっぽかされたのに、
都合が悪くなったのカナ? とか、場所が分からなかった? とか言って、
次はいつ会う? なんて聞けるんだよwww
もうこっちの負けでいいよwwwwww
あと、こっちが見れないのも承知で、
フリーメールのアドレスに今どこ? って送ってくるのも多かったですね。
中には警戒してるのかケータイを持ってないのか、
ネカフェに入って行ってわざわざ連絡しようとしたやつもいました。
溜まったメールをあとで読むんですけど、
最初は穏やかにまだカナ? って聞いてきて、
そのうち、男だろクズだ殺すぞヤクザの知り合いが~って、キレるんですけど、
急に冷静になって、ゴメンゴメンみたいなパターンが多かったですねw」
優花さんがメールのやり取りをした人数は五十人を超える。
じっさいに大阪駅に釣り出すことに成功したのも、二十人以上だそうだ。
「信じたいって心理が働くんでしょうね。
自撮りはパターン用意してもらってましたし、
リアルタイムで頼んで撮ってもらったこともありました。
写真を見たらもう暴走状態っていうか、セクハラの嵐www
男ってカスだよなって、同性ながらに思いましたねw」
暴走まで来れば、釣り出しはほぼ成功したようなもの。
だが、優花さんはこのラインを突破するたびに、妙な気持ちになったという。
「嫉妬ってやつですかね。
けっきょく、本物の女体がいちばんなんですよ。
こっちがどんなに苦心して、頭を捻ってやりとりをしても、写真で一発。
悔しいじゃないですか。だから、写真も自前にしたらどうかなって……」
優花さんは細身で肌もきれいなほうだった。
「けっこー悪くなかったですよ。われながら綺麗だなって。
顔面だけはどうにもならなかったんですけど、そこ隠せば騙せましたね。
送ったあとに音信不通になったのもいましたけど、それは心残りです。
女の支度が遅いとか、美容にカネ掛けててバカなんて考えは消えました。
やっぱり、自分が綺麗になると嬉しいですよ。
手間は大変ですけど、自分に優しくしてるってことでもありますし。
そんとき付き合ってた彼女と別れそうになってたんですけど、
それが持ち直したのは、はっきり言って女装のおかげです」
優花さんは、今はきっぱりその手の釣り行為から足を洗っている。
女装も一時だけのことで、その姿で出歩くことまではしなかった。
「最後に騙したやつ……。そいつがやめるきっかけになったんです」
優花さんはしばらく沈黙した。
「いつもどおり、自撮りを送って釣って、会う約束をして……。
中央北口で会って、ヨドバシで自作PCのパーツを見てもらって、
それからレストランフロアでご飯。そういう予定だったんですよ」
この日の優花さんは、自身で定めていた鉄の掟をひとつ破ってしまった。
「会ったときのノリをメールで話してたのがいけなかったんですかね。
ごめん待った? 今来たとこ~、みたいなのを冗談で話してたんです。
吸い寄せられたっていうか、足が勝手に向かっちゃったっていうか」
待ち合わせ相手の男性を見つけた優花さんは、素の姿のまま近づいてしまったのだ。
「しかも自分、小走りだったんですよね。彼女がするみたいに。
ぎりぎりになって、あ、やべえって。
でもまあ、男の姿です。誤魔化して通り過ぎればへーきだろって」
男性の前を通過するとき、優花さんの手首がつかまれた。
「その瞬間に頭によぎったのが、やばいとか逃げなきゃとかじゃなくて、
自分の手首って、こんなに細かったんだって感想w」
そして男性はこう言ったという。
「優花ちゃん? 待ってたよ。さあ、行こう」
優花さんは腕を振りほどき、全力疾走で逃げた。
「悲鳴、上げてた気がします。
自分じゃなくて、誰か別の女性のものだった気がしないでもないですけど、
今でもあの時の女っぽい悲鳴と、手首の感覚は覚えてます。
なんなんでしょうね。
男でもよかったのか、それとも釣りだってバレてて、やり返されたのか。
でも、そんな感じもなかったと思うんですよね。
じっさいに、こっちを騙そうとしてくるやつもいましたし。
釣り返しとは違った気がします。
とにかく、それで足を洗いました。
やっぱ、騙すもんじゃないですよ。他人も、自分も」
そう言って、優花さんは話を締めくくった。
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