ひったくり犯「トロオドン」
「被害に遭った住人は、どんな怪我をしたの?」
「主婦の方なのですが、背後から襲われ、右手首を噛まれました。傷そのものは深くないのですが……」
「つまり、主婦を捕食しようとしたのではないのね」
恐竜が人を襲った現場は、住宅街のごみステーション付近。襲われた主婦の出血量は決して多くないけど、逃げ帰った方向に点々と血痕が続いている。
もし恐竜が捕食するつもりで人を襲ったならば、こうは逃がさない。人間が小型獣脚類の足の速さに勝てるはずがない。
それに、急所を狙わず手首に噛みついたところからも、明確な殺意がないことが分かる。
とは言っても、こうして人をやっつけた成功経験を得たこの恐竜は、また人間を襲うだろう。
次も軽傷で済むとは限らない。
「それで、その小型獣脚類がトロオドンって言うのは確かなの?」
「被害者が見た恐竜の姿や、現場に残された羽毛の特徴からして、間違いありません」
二本指の足跡からしてデイノニコサウルス類とは確信していたけど、ロッキー支部の管轄内にはトロオドン以外にも近縁種がたくさんいる。見間違いもあり得るから確証が欲しかったけど、羽毛が残っていたなら間違いがなさそう。
今回の目撃情報に挙がっているトロオドンは、頭からしっぽの先まで2メートル、人間と並べば腰の高さくらいの華奢な獣脚類だ。体重も50キロくらいで、決して強力な肉食動物ではない。当然襲われたら重傷を負うこともあるけど、あの子たちだって人間を相手取るリスクを知っているはずだ。
「人間が強い動物だと分かれば、こういうひったくりをやめてくれるでしょう」
「ひったくり?」
ハレットさんが素っ頓狂な声を上げて聞き返した。
「このトロオドンの目的は、このごみ袋ってことっすよ」
鈴木くんも同じ結論に達したそうで、わたしの代わりにハレットさんに説明してくれた。
「トロオドンは残飯でも喰います。人間を狩るのは苦労するかもしれないっすけど、餌の入った袋を横取りするくらいなら簡単っすよね?」
「つまり、袋の中に食べ物があると知っているってことですか?」
コロニーのごみステーションは密閉された倉庫になっている。匂いが漏れ出したりすれば、肉食恐竜をおびき寄せ重大な危険が生じるからだ。
特にティラノサウルス科の嗅覚は油断ならない。風向きによっては数キロも先から獲物の匂いを嗅ぎつける危険な捕食者だ。
そのためにごみ捨てについては厳しいルールがある。破れにくいビニール袋を二重にすることになっているし、口の結び方にまで指定がある。
つまりは住人がルールを守っている限り、恐竜たちは袋の中に食べ物があることを匂いで知ることはない。
現場に残されたごみの残骸を調べてみたけど、この主婦はルール通りに袋の口を縛っている。
「トロオドンは経験上、人間が運ぶ袋の中に食べ物があると知っていたことになるわね」
「じゃあこの恐竜、また来ますね。今度住宅街にトロオドンが現れたら駆除――」
「駆除ですって!?」
鈴木くんの言葉をさえぎって、おばさんが話に割り込んできた。
これ見よがしなアクセサリーやブランド服。この自己主張が強そうなスタイルには、嫌な予感がする。経験上、わたしたちの理屈は通じない。
「ほんっとハンターさんたちってすぐ『駆除駆除駆除駆除』って。恐竜たちがかわいそうだと思わないの? あの子たちだって生きているのよ?」
二度と肉を食うな!
「……こんにちはモリスさん。えっとですね、今回は怪我人が出ているので、仕方がない――」
ハレットさんがあからさまに顔を引きつらせている。きっと役所でも手を焼いている市民なのだろう。
「どうせ誰かがごみをいい加減に捨てていたんでしょ? 恐竜たちは悪くないわ、その人の自業自得よ!」
「お言葉ですが! この被害者は無実です、奥さん。勝手に決めつけないでください」
つい腹が立って、二人の間に割って入ってしまった。
「あなた誰よ? どうして分かるの? この人のことを見ていたの?」
「証拠がそこにあるから言っているんです。あなただって現場を見ていないんでしょ?」
このおばさんがわたしの話を聴くとは思えない。それでも不運な被害者が一方的に悪く言われるのは聞いていられなかった。
わたしたちが興奮しているのを落ち着かせようと、ハレットさんが気まずそうに話しかけてきた。
「ホーナー組合長、ここは落ち着いて……」
馬鹿! 余計なことを――!
「組合長? あなたここの狩猟組合の組合長なの!」
駆除対象が増えたわ。




