闇夜の饗宴
廃倉庫の周りを探索する。
入れる場所、出れる場所。
丁寧に、だけど素早く。
時間は有限だ。
屋根に上り、明り取りの窓より、中を見る。
仄かに見える屋内。
物の輪郭だけが、闇に溶けるようにぼんやりと浮かんでいる。
だが、いらっしゃる。
お嬢様が。
朽ちた屋根の穴から、屋内へと入った。
地面へふわりと、音もなく降り立つ。
静かに埃が舞った。
感じるままに、素早く、静かに、進む。
そこだけ明かりの灯った空間。
───お嬢様。
一人……違う、目の前に誰かいる。
見間違う事のない、ペールブルーのドレス。
───マリオネット!
カッと頭に血が上る。
私に気づいたお嬢様が、安堵したような、ホッとしたような表情を向ける。
「喜伊さん!」
その言葉にマリオネットが私の方を向く。
立ち上がろうとするが、がくりとバランスを崩した。
───私の動きの方が早い。
早く。
速く。
焦る思いが私を突き動かす。
もう数歩で、お嬢様の元へ馳せ参じる事ができる。
「───あらぁ、そんなに嬉しいの?」
そんな私の背後から、すぐ耳元で聞こえる楽しそうな声。
懐からシェフナイフを抜き、振り向きながら放つ。
ひらりと、少女はかわした。
「いい顔ね……ゾクゾクしちゃう」
頬を少し赤らめながら。
まるで、こちらの感情を味わうように。
その顔を見て、私は一瞬だけ、お嬢様を忘れるほど強く、怒りを感じた。
「サタン、よくも!」
追撃のナイフをひらりとかわしながら、サタンは声を上げた。
「マリオネット!」
サタンの一声に、マリオネットが弾ける様に走った。
足に巻かれたビニールが、その衝撃に飛び散る。
首をぐらつかせながら私に襲い掛かる。
順手に持ったシェフナイフで、払うように伸ばされた手を切り裂く。
私の怒りに呼応するように、その鋭さは増し、マリオネットの肘から先がなくなった。
だが、それでもマリオネットは止まらない。
そこにあるはずだったものを、最初から失っていたかのように。
ボロボロの足で、がくがくとおかしな動きをしながら、さらに曲がった腕を伸ばしていく。
───邪魔だ!
追い打ちをかけようと返す刃で残った首を払おうとする───。
「あっ!」
その動きを、お嬢様の悲鳴が止めた。
いつの間にか近くにいたサタンは、お嬢様を後ろから抱きかかえるように立っていた。
「嫌だわ、ヒステリックな女って」
舌なめずりをするように、サタンは手をお嬢様に這わせる。
「ふふ、どうする? ハウスキーパー?」
その手は蛇のようにいやらしく、腹を通り、胸を通り、首にかかる。
肉の柔らかさを楽しむように。
「あなた達が必死に守ってきたこの子」
その牙は、お嬢様の首に突き立てられた。
「どうしたら、いいのか。私、ずぅっと考えてたのよ」
面白くてたまらない。
そんな表情。
「ほら、声を上げて。あなたの素敵な声を、みんな聞きたがっているのよ」
サタンの手に力がこもる。
「あぁ、楽しみだわ。この子の為に踊るあなたも。それを見て歓声を上げるこの子も」
ぷつりと、深紅の球がお嬢様の首に現れた。
「───ッ!」
小さな悲鳴がお嬢様の口から漏れる。
「やめろ……」
口から思わず漏れる、懇願のような声。
サタンは高らかに笑った。
「いいわ、ハウスキーパー。今のあなたの顔、とっても素敵よ!」
笑い声が闇に木霊する中、シェフナイフを握った手がだらりと落ちた。
マリオネットの手が私に伸びる。
その手を呆然と見る。
───あぁ、この手の先に。
真様の幻影が見える。
走馬灯のようなゆっくりとした感覚。
申し訳なさ。
悔恨。
そして、ほんの少しの安堵。
笑い声が響く中、私はただ、その手の結末を見ていた。




