同じ願い、違う選択
「おはよう」
いつも通り、挨拶をしながらリビングへと入る。
「おはようございます」
いつも通り、喜伊さんも台所から出てきて、微笑みながら頭を下げた。
いつも通りの笑顔。
なのに、なぜか───そう見えてしまう自分に、違和感を覚えた。
───喜伊さんを、本当に信じていいの?
昨夜からずっと、頭の中をぐるぐると回っている言葉。
考えれば考えるほど寝付けず、悶々とした夜を過ごした。
「大丈夫ですか、お嬢様。少しお疲れの様子で───」
気にかけるように、私の頬に触れようとする。
いつもの優しい喜伊さん。
でも。
「だ、大丈夫」
その手をかわすように、いつもの椅子へと座る。
「……そうですか」
少し寂しそうに微笑み、伸ばしかけた手を引っ込めて、また台所へと戻っていった。
その動きに、少し自己嫌悪を覚えながら、食事が並べられるのを待つ。
待ちながらも、ポケットに入った重みを確かめるように触れた。
父の部屋から出てきた、白いカード。
取り上げられるかと思ったが、喜伊さんは何も言わず、そのままだ。
だけど、いつか無くなってしまうのかもしれない。
そう思うと、肌身離さず持っていたくなる。
並べられた食事に手を付ける。
喜伊さんは台所から私を見ていた。
かちゃかちゃと、フォークが食器を叩く音が、やけに響く。
こんなにも静かな朝は、初めてだった。
喜伊さんは給仕をするたび、何かを言いたそうに私を見るが、結局何も言わない。
私も聞きたいことがたくさんあるような気がして、でも、それを言葉にすることができずにいた。
いつも通り、美味しいはずの朝食。
なのに、不思議と味を感じられなかった。
居心地の悪い空気。
不意に、喜伊さんがポケットを探る。
取り出したスマートフォンの画面を見て、少し逡巡した。
「少し、席を外します」
そう言ってリビングから出て行った。
扉が閉まる瞬間に見えた横顔は、これまで一度も見た事がないほど、冷たく、強張っていた。
リビングに残されたのは、私が食事をする音だけ。
何も答えてくれない。
いや、答えてはくれた。
けれど、それがすべて本当ではない。
なんでも答えてくれて、教えてくれた喜伊さん。
その人が何か隠している。
何かから私を遠ざけようとしている。
それが、優しい嘘だということは分かっている。
私の気持ちも、たぶん、父さんの気持ちも、尊重していてくれている。
このカードを無理やりにでも取り上げなかったのが、その証拠だと思う。
でも。
これが何なのか。
喜伊さんの考えも。
何もかも、分からない。
あの日の決意は嘘ではない。
それでも、足元がぐらぐらと揺れるような感覚が消えない。
私は、どうすればいいのか。
どこへ行けばいいのか。
「教えてよ、喜伊さん」
冷たく閉じられた扉に向かって投げた言葉は、答えを返されることなく、静かに吸い込まれていった。




